「……という点を持って、彼女は城の間者・くのいちであるという可能性は皆無だと思われます。また、一介の街娘を雇ったにしては設定が雑すぎますので、その線も無いと言っていいでしょう」
放課後学園長の庵に呼ばれ、尋ねれば学園長とシナ先生(若い姿)の二人がいた。呼ばれた内容は、やはりというか、世話役を任された若菜ちゃんについてだった。
とはい言っても、報告したことは私に一任される前には先生方で出た結論と相違ないだろう。きっと、先生方が聞きたいのはこの答えではない。けれど、知りたいであろう答えについて私から切り出すことはできないのだ。
私の報告を聞いていたシナ先生が口を開いた。
「……飯塚若菜さんが言っている、『平成』という未来について、アナタはどう思ってるの?」
聞きたいことはそれじゃないだろうに、そして、私は聞かれるであろうと予想していたその問いに、用意していた答えを返す。
「私ではそれを判断することは出来ませんので、何とも答えかねます」
「出来ない、とは?」
「信じてないわけではありません。……信じてるわけでもないですが。嘘をついてるわけでもないみたいです。けれど、まだ何か隠している・と感じることがあります。それは」
「聞いた話だと、アナタと彼女が既知であると言っているとか……」
あぁ、きた。これだ。一番聞きたいことで、一番聞かれたくないことだ。何しろとても答えにくいのだ。特に先生方には。
「……先生方の耳にも入られてたのですね。彼女曰く、私は彼女の同郷で、そこからやってきたときに身体が縮んだと言うことになっておりますが……改めて言いますけど、それは彼女の勘違い・人違いです。私には彼女の言うような記憶はありません」
「君は……10の時にご家族を亡くされておったな……」
「はい。正直当時のことはあまり覚えてはおりませんが……」
「ごめんなさいね、辛いことを聞いてしまって」
「いえ、大丈夫です」
先生方がそのように辛い顔をする必要はないのだ。この時代、別に珍しいことではないのだから。そして、私はそれにこれ幸いとあやかっているだけで、真実を話しているのは若菜ちゃんの方なのだ。
私はよっぽど苦しそうな顔をしていたのか、シナ先生が背中をゆっくりと撫でてくれる。
本当に酷い人間だ。顔も名前も知らない人たちの死を利用して自分の居場所を作っている私自身に吐き気がする。けれど、引き返すことは出来ないのだ。こちらにきた当初は夢見が悪く、よくうなされふみに迷惑をかけた。
「……ふむ、それでは引き続き彼女の世話役を頼む」
「はい」
深く礼をして、立ち上がり、部屋から出ようとした。
「さん」
ふいに、後ろからシナ先生に呼ばれ、振り向く。シナ先生は少し苦笑気味に、それでも真剣さはなくさず、忠告よ、と小さく口元を歪めた。
「さんの長所は、集中力がとても高いことです。けれど、言い換えれば周りが見えていない、ということにもなります。さん、気を付けてくださいね」
授業のことだろうか。
私は気を付けます、とだけ応えて部屋を出た。
⇔
私はそんなに授業をおろそかにしていただろうか。いや、むしろ授業ばかりで別のことを、ということだろうか。最近の自分の行動を振り返ってみても、とにかく若菜ちゃんへの対応に追われ、神経をすり減らしているのを悟られないように行動してた記憶しか出てこなかった。
でも学園長に言われたように、まだしばらくこんな日々は続くのだ。
廊下を進む。とりあえず、若菜ちゃんのところに行かなければ。今の時間帯ならきっと中庭の掃き掃除中だろう。
「……おい、お前。一人か?
久々知はどうした?」
外を、木材を担いで歩いていたケマトメ先輩に出会った。
そう言えば、最近兵助たちと一緒にいない、ような。
「どこ行くんだ?」
「若菜ちゃんのところですよ」
「……あぁ、あの、天女サマとやらのことか」
ケマトメ先輩が舌打ちでもしそうな顔で吐き捨てた。そして徐に私に真剣な顔をして、先程のシナ先生のように、忠告だ、と言った。
「あの不審な女に絆されるなよ。……色々と噂は聞くが、お前を見失うな。周りにも目を向けないと……後悔しても助けてやれないぞ」
俺が言えるのはここまでだ、と意味深なことを言って去っていった。あんなことを言う人だっただろうか。いや、まぁ結構不思議ちゃんだからな、あの人。
先生といい、先輩といい……何を言いたのか。周り? 何のことだかさっぱりだ。
……あぁ、いけない。若菜ちゃんを探しにいかないと。
再度足を進める。中庭に続く廊下の角を曲がる。ドサリ、と前方から物が落ちる音がして、顔を向ける。
「……、っ、!!」
驚いたような顔をしているけれど、驚いたのは私の方だ。兵助は持っていた荷物を取り落とし、次の瞬間にはきつく抱きしめられた。
「へ、兵助、ここ、廊下……」
「、、」
話を聞いてない。
「……がこんなところにいるのは珍しいな。……どこか行くのか」
何かを期待しているような、でも泣きそうな顔で兵助が聞いてくる。兵助ってこんなに感情的表現をする人だっただろうか。
「若菜ちゃんが中庭で掃除をしてるだろうから、そこへ」
びくり、と兵助の身体が震えた。
「……」
少し緩んでた腕がまた強くなった。
「ど、どうしたの……?」
「どうして……あの女ばかり気にするんだ? なぁ、3日も俺とまともに顔を合わせていないんだぞ。気づいてたか?」
呆然と兵助を見上げる。そのまま抱き上げられて、兵助は道を引き返し始めた。廊下に落とした手荷物には目もくれていない。
すれ違う人たちは驚いたような視線を向けてくるが、誰も止めようとはしてくれない。
ついた先は兵助の部屋で、器用に障子を開けていた。
「あれ、兵助」
中には勘ちゃんがいたらしい。
「あぁ、ちゃん捕まえてきたんだ? じゃあ俺八の部屋に行ってるねー」
バイバイ、と勘ちゃんは肩越しに手を振って早々に部屋から出ていった。
兵助に降ろされ、そのまま腕を強く引かれて、床に転がされた。目の前には兵助の顔と、その先には天井が見える。つまり、私は押し倒され、組み敷かれたわけで。
頬に手を当て顔をそらせないように固定され、兵助の顔に焦点を当てさせられる。
兵助の表情を見て、私はようやく、シナ先生やケマトメ先輩の言っていた意味を理解した。
To be continued......
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日本語がうまく使えなくて悔しい。
そろそろペースダウンの予感。
2011/09/12
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