悪いことしかなかった。
あれからは姿を見せなくなった。まるで片思いをしていた頃みたいだ。それより酷いかもしれない。あの頃、くのたま長屋に引きこもって中々出てこなかったけど、自分の意志で図書室や食堂に来ていたから。
だというのに、今はどうだ。まるっきり天女の予定でくのたま長屋から出てこない。
もう3日になる。
もう3日もに会ってない。
こんなに。こんなにダメになるなんて思ってなかった。
いくら嫌がっても、先生方からのいいつけだから、どんなに言ってもはそっちを優先するだろうとは思ってたし、理解してたつもりだった。
それなのに、たった3日会えないってだけでこんなに苦しくなるなんて思わなかった。に気持ちが届く前は会えなくても思ってるだけで十分だったのに、付き合って欲が増えた。
ずっとそばにいたいしいてほしい。そう思うのは間違っているんだろうか。俺の我侭なんだろうか。
はどう思っているんだ。
⇔
授業で使った資料を戻すために、自室から向かう途中だった。
昨日、ついに食満先輩に言われてしまった。様子が変だ、と。そして食満先輩もをここ最近見かけてないそうだ。
が天女の世話係になったことはもちろん知っていて、それについて食満先輩と善法寺先輩は二人とも苦言を呈していた。
「アイツ、後輩とかに弱いからな」
「でも、あの女はより年上ですよ」
「先輩、なんて呼ばれてるからだろ。呼び名ってのは結構影響するもんだ。それに、雰囲気だけで見ればやお前らの方が上に見える」
にも困ったものだな、と言って先輩は俺の肩を叩き去っていったけど。
励まされても、全く気分は向上しない。それより何より、がいてくれればもう、何もいらないのに。何でがいないんだ。
落としていた視線をあげると、ちょうど前の角から人が来る気配があって、抱えてた荷物を抱え直して……落とした。
「……、っ、!!」
願いが届いたんだろうか、目の前にがいる。夢じゃない。夢じゃない、よな?
が不足しているからか、もう、何か……ダメだった。夢中でを引き寄せた。腕の中にが確かにいる。本物だ。
「へ、兵助、ここ、廊下……」
「、、……がこんなところにいるのは珍しいな」
胸の中に黒いものが湧き出してきた。それを払拭して欲しくて声を絞り出した。
「……どこか行くのか」
頼むから。頼むから、お願いだから。
俺に会いに来たって。たったそれだけの言葉でいいから。そう言ってくれ。お願いだから。それだけで俺は満足しておくから。
「若菜ちゃんが中庭で掃除をしてるだろうから、そこへ」
期待っていうのは裏切られることを前提としている言葉であるらしいとか、前に聞いたことがある。
やっぱりな、とどこか諦めていた部分もあったのだけど。
「……」
「ど、どうしたの……?」
もう、ダメだ。もう、もう。
どうしては。
「どうして……あの女ばかり気にするんだ? なぁ、3日も俺とまともに顔を合わせていないんだぞ。気づいてたか?」
そう言ってやって、の顔を覗き込む。
は呆然とした表情をしていた。それを見て、肩が落ちた気がした。気づいてなかったんだな。
そうか。
動かないを抱き上げて、道を引き返す。そのまま部屋に向かう。
「へ、兵助荷物が……」
どうでもいい、そんなの。
少しはに清算させよう。そう決めた。今日は絶対に離してやるものか。
障子を足で開ける。
「あれ、兵助。……あぁ、ちゃん捕まえてきたんだ? じゃあ俺ハチの部屋に行ってるねー」
手振って勘右衛門は部屋から出ていった。
悪いな、と思うけど。それよりが優先だ。
抱えていたを降ろし、そのまま腕を引いて床に押し倒した。何が起こっているのか、いまいち理解が追いついていないらしいに、少しだけ笑えた。
視線をさまよわせて俺を一向に見ないの頬に手を添えて、顔を固定する。ようやっと目があった。のこの目が好きだ。ずっとずっと、この瞳の中に俺を映して欲しくて今までやってきた。
それが最近叶って、ついには俺だけの権利を手に入れた。それに胡座かいて油断してたのがいけなかったのか。俺からを奪おうとする奴が今更出てくるなんて思ってなかったんだ。
が、俺のことを好きだって。それは疑ってない。自負している。それでいい、って言ったのも覚えてる。それでも、もっと、と欲が出てきてもう、俺の中だけで留めておける自信がない。
こんなにこんなに俺を追い詰めたお前が悪いんだからな。
何か言おうとしたの口を自分のを重ねて塞いだ。どうせ俺の聞きたい言葉は出てこないんだろう? だったらいっそこのまま……。
俺の気持ちを全部、直接教え込むのがいいんじゃないか。
END
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書いてて思うけど、久々知って恥ずかしいやつじゃないですか。
いや、私が書くからなのか。結構苦行ですよ、久々知って。
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