08.The art of being wise is the art of knowing what to overlook.
帰り道、お土産を手にして先輩方と談笑しながらずっと考えていたことがある。
悩みの大半は解決したが、重要なことを一つ、忘れていたのだ。何か、っていうと、兵助に対する態度についてだ。
私が兵助のことを好きだと思ってることはわかった。ケマトメ先輩が言うように、変わることが悪いことだとはもう思っちゃいない。けど、いきなり変わりすぎるのもおかしいじゃないか。しかも、今このタイミングで変わると、明らかこの外出が原因だとわかってしまう。それを知られるのは避けたいのだ。
「それじゃあ、先輩方、今日は本当にありがとうございました。しかも……奢ってもらっちゃって……」
「いいんだよ。可愛い妹が頼ってきたんだから、これくらい、な」
「そうそう。また行こうね」
こうして二人と別れた後、真っ直ぐに、兵助たちがいるであろう不破ちゃんの部屋に行く。いや、行こうとした。
部屋が、分からない。とりあえず、五年長屋の方まで来てみたはいいものの、誰も通らない。誰かくらい通るだろう・そしたら部屋を聞こうと思ってたのに。
いや、ホント、誰か来てくれないだろうか。
名前を呼んでみる、というのも考えたが、それは恥ずかしいし、あちらも恥ずかしいだろう。
「……!」
廊下でうろうろとしていたら、名前を呼ばれた。その声に顔をあげると、
「っ、兵助!! よかった、会いたかった!!」
救世主・久々知兵助。迷える子羊・私を助けに来てくれたんですね!! と、テンションが高くなって、ついつい駆け寄ってしまった。
「よ、よかった……。実は不破ちゃんの部屋が分かんなくって、誰かに聞こうと思ってたんだけど、誰も通ってくれないしで……途方にくれていたところだった。よかった、兵助が来てくれて。もう、ずっと助けを求めてて……」
「……そういう……」
私のマシンガントークに、兵助は押されたみたいで、何を呟いたのか聞こえず、聞き返したけど何でもない、と返されてしまった。
早口に捲し立ててしまったのは申し訳ないと思う。けど、私はこんな廊下にぽつんと一人だけで、心細かったんだから、仕方がないでしょう?
「何にせよ、ちょうどよかったな。……がいるんじゃないかと思って来てみたんだけど、本当によかった。俺たち通じ合ってるな」
固まったのはわかった。さっきの今でこれはキツイ。だって、さっき茶屋で自分の気持ちを認めたっていうのに、これは酷い。そう、そうだよ。私は今まで通りの態度でいようとこれに関しては決めたっていうのに。この態度、は、絶対に今まで通りじゃない。
「……何でそういうこと言うかな……もうちょっとこう……手加減? 的なものを要求したいんですが……」
「ん? 、今なんて言ったんだ? よく聞こえなかった」
小声で言った言葉は、案の定聞こえなかったみたいで安心した。
兵助が何を考えているのかは知らない。きっと、私が、兵助の気持ちに気づいていることはもう知っているだろう。だって明らかにそれを踏まえての行動が多いのだから。けれど、私はまだ一度も面と向かって「好きだ」と言われたことはないのだ。それを匂わせるようなことは何度もあったけど。
じゃあ私はどうしようか。今の私は確かに兵助を好きだろう。けど、それを表に出してやる気はないのだ。The art of being wise is the art of knowing what to overlook.賢しく生きたいと思う。そのための取捨選択を見極めなくてはいけない。
「何でもないよ」
「……そうか? じゃ、雷蔵の部屋に行こうか。の分もちゃんと残してある。それに、三郎が美味い茶葉を持っていて、それが菓子によく合うんだ」
「それは楽しみ。あぁ、ちゃんとお土産も買ってきたよ。森本の団子セットだけど、間違いがないと思って」
「あぁ、森本のか。うん、皆好きだよ。……それ、私服ってことは、真っ直ぐ来たのか?」
「え? あ、うん。早くお菓子食べたかったし……ふみが私の分も『いない奴のことは知らん!』とか言って食べられてるんじゃないかと思って、これでも早く戻ってきたんだけど」
「ふ、確かに。御園、一字一句違ってなかったな。でも大丈夫。ちゃんと俺が守っておいてあるから」
「よかった! ふみは食い意地張ってるんじゃないかと、ずっと心配してて」
こういうところだ。さりげなく私の手を取って先を行く兵助の背中を見て思う。この人のスキンシップが周りにわかりやすさとして見えてるんじゃないんだろうか。別に嫌なわけじゃない。認める前からも、嫌だと感じたことはない。兵助は、限りなく優しく触れてくる。手でも髪でも、何でも。だから抵抗の一つも私はしなかった。敵意なんてのがなければ結構放っておくタイプなのだ。
それに、あんなに幸せそうな顔をされれば、誰だって、好きにさせてやりたくなるだろう。
「さ、て。ここが雷蔵と三郎の部屋。その一つ空けて隣が八の部屋。反対側のちょっと奥に行けば俺や勘右衛門の部屋がある」
「結構固まってるんだ?」
「組みごとに、な」
「へぇ。くのたまは大体ひと組ずつしかないから仲いい同士で固まるよ……ねぇ、ふみ?」
障子の閉まっている部屋の前で止まると、中から賑やかな声が聞こえる。……男子より大きい声ってどうなんでしょうね、くのたまとして。そこは是非今度見解を聞かせてほしい。
まるで自動ドアのように障子が開くと、苦笑いしている男子たちと、大きく『お土産』と書かれた紙を掲げているふみがいた。
「私の帰りじゃなくてお土産を待ってたの? いや、いい。答えないで。流石に泣きそうになるかもしれないから。……あーぁ。まぁ分かっていたとはいえ土産ばかり気にされてるとは……悲しい。私は非常に悲しい」
「お土産、ちょーだい」
よよよ、と泣き崩れるマネをしてみせても、それに付き合ってくれたのは兵助だけだった。ふみは相変わらずお土産コールだし、他の五年はただ見守っているばかりだ。
「ちゃんも、ほら、中に入って座って。疲れたでしょ?」
「ありがとう、不破ちゃん。これ、お土産ね」
気遣ってくれる不破ちゃんに笑顔で返す。そりゃあもちろん疲れたけど、心は今とっても清々しいんだよ。これも『相談するといい』と言ってきっかけをくれた不破ちゃんのおかげだ。だから、今回のお土産も前に不破ちゃんが好きだと言っていたものにした。まぁ、結局は森本の団子ではあるんだけど。
「……不破ちゃんは意識してないかもだけど、私不破ちゃんに助けられてるからさ……」
「え、いきなりどうしたの! そんな神妙な顔しちゃって」
「何だ。今頃雷蔵の素晴らしさに気づいたのか? だがしかし、お前に雷蔵はやらないからな!!」
「あ、ふみ。そっちのまんじゅうはこしあんだから、反対側の食べたほうがいいよ」
「無視か!!」
不破ちゃんに渡したお土産は、すでにふみの手の中にある。予測してたことではあるけど、非常に残念だ。
ことり、と傍に湯のみが置かれた。
「はい、。湯のみないから……悪いけど、俺の使って」
「え、あ、いいの? 何なら自分の持ってくるけど……」
「いいよ、使って。飲みたくなったら他のやつからもらうから」
「いや、じゃあこの湯のみ使おうよ。兵助のなんでしょ。私あんまりお菓子食べるとき飲み物いらない人だから」
気にしないで、と言っても兵助は譲ろうとはしなかった。だからもう放っておくことにした。
「で? 新しく出来た水茶屋とやらはどうだったの? 美味しかった?」
「うん。すっごく混んでて、座る席見つけるのが大変だった。オススメって書いてあるやつを頼んだんだけど、」
あれ。そう言えば、どんな味だったかな。わらび餅だったんだけど……話に夢中であんまり味わってなかった。
「……今度、食べに行こっか。次の休みにでも」
「え、結局美味しいの、どうなの?」
「やっぱり個人の好みっていうのあるじゃない。ここで私がすっごい薦めても、ねぇ?」
まぁ、覚えてないからなんだけど。それに、
「そう言えば皆で出かけたことないよなぁ、って思って。どうだろう?」
実を言うと、ふみともあんまり出かけたことはない。私が外に出たがらないからが理由だと思う。
周りを伺うと、大体がポカン、とした顔をしている。まぁ、柄でもないことを言ったかな、という気はしてるんだけど。
「次の休み、空けとくよ。行こうか、皆で」
一番最初に口を開いたのは兵助で、それに続くように皆が頷いた。よかった、と人知れず肩をなでおろす。
「……ありがとう」
食べきれなかったお菓子は置いてきた。どうせ、そんなに私もふみも食べないし、他のくのたまにあげようとしても、きっと受け取ってくれないだろう。私からのだと、特に。もう最近はくのたま相手に仕掛けることなんて、しかも同学年にはしていないのに、こういう方面にあまり信用がない。
ふみに、何も言われなかったから、心境の変化については気づかれなかったんだろう。きっと一番気にかけてくれているであろう兵助の対応も変わっていなかったように思えるし。
私の変化が落ち着くまで、気づかれるわけにはいかない。
人は急には変われない。兵助には悪いが、もう少し知らないふりさせてもらう。
To be continued......
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もうちょっと。もうちょっとです。これなら九月中にこれは終われそう。
早く次に行きたいんです。
2011/09/04