07.There is nothing in this world constant but inconstancy.
新しく出来たという水茶屋は、かなりの盛況を見せていた。
「これくらい混んでて騒がしい方が都合いいんじゃない?」
道中、これから行く予定の店は善法寺先輩が選んでくださったということを教えてもらった。本当に、いい先輩達すぎる。
何とか空いていた席に座り、メニューを見る。とりあえず、御薦めと書かれているものを頼むことにする。
「それで? まぁ大体想像がついたんだが、相談したいことって何なんだ?」
こういうところがケマトメ先輩らしい。すぐに本題に入ろうとするところ。私も元々その気があったが、それが助長したのはケマトメ先輩の影響を受けたに違いない。
「……それが、ですね……。どう話せばいいのか……。私、気づいたんですけど、人に悩みを話すのって初めてで……悩みの話し方がわからないんです」
「は」
相当情けない声になっていた自覚はある。ぽかんとした顔が二つ私の前にあって、少し笑ってしまった。
「……普段から一人で抱え込むタイプの人間だとは思ってたが……そこまでだったのか……」
実は、そうなのだ。
こちらに来る前から遡っても、記憶にない。大して悩まなかっただけかもしれないが、誰かに自分の考えを相談するなんてしたことがなかったし、何よりそうすることに意義を見いだせなかったのだ。
だって、個々の考えというものがあって、それは必ずしも他人に理解されるわけじゃない。私は、否定されるのが一番嫌いなのだ。
「……そっかぁ……。じゃあ、こうしよう。話の順序とか、そういうのは一切考えないでいいから、とりあえずちゃんの思ってることを吐き出しちゃおうか。で、分からないところがあったらこっちから聞こう。それでいいかな?」
「お願いします」
そう言ってくれた善法寺先輩に頭を下げる。ここは正直に甘えさせていただこう、と軽く息を吸った。
「正直、どうすればいいのかわからなくなったんです。それで、色々な文献とかも参照したんですけど、納得できる答えがなくって、でもこの答えが私の納得する答えが出てくるかどうかもわかんなくて、どうにもできなくなって、自分じゃどうしようもなくなって、身動きが取れなくなって……。そんな折に、不破ちゃんが『そういう時は誰かに相談するといい』と言ってくれて、それで先輩方にお願いしたんです。もうお気付きかと思うのですが……」
「あぁ、俺たちに相談するってことは、内容は五年生……特に久々知兵助について、だな」
「……しかも、ちゃんにとってはまさかの、恋愛相談、っていうわけなんだよね?」
「……仰るとおりです」
やっぱり、と言って善法寺先輩は笑った。それに首を傾げると、軽く手を振って、
「まぁ、正直見てればわかるよ。多分そうだろうなーってあの日、ちゃんが保健室から出ていった後、留三郎と二人で話してたんだ」
「久々知はお前のこと好きだってこと、隠してないしな。お前もすぐ気づいたろ」
先輩方の洞察力に驚かされるばかりか、そんなに兵助は分かりやすかったのか、とそれにも驚く。
「隠してないっていうか、もう牽制だよね」
その言葉に、顔が熱くなった。
「それで、ベタなパターンで言うと……久々知に対する答えに悩んでるのかな?」
「まぁ、そんな感じです。先輩方の仰るとおり、私も、兵助が、その、私のことを、好いてくれているのは、知ってるんです。でも、それ以前に、最近仲良くなった他の五年生と一緒にいると罪悪感を感じるんです。私、今までっていうか、今もですけど、意識的に忍たまを避けてます。同じことを兵助や他の皆にやってるんです。でも、何か、その、それを急にやらなくなる訳にもいかなくて」
「どうして? いいじゃない。仲良くなるのはいいことだと思うよ? 月並みな答えだけどね」
「仲良くしたいとは思うし、薄っぺらい壁なんか突破らってしまえばいいってことはずっと思ってるんです。けど、それをした後、どうなるのか考えると」
「……つまりお前は、変わるのが恐ろしいんだな」
「……変、わる」
その言葉は、まるで初めて聞いたように感じた。変わる、変化、チェンジ。
「なぁ、お前は初めて会った時から変に大人びて、人から数歩下がったところから物事を見ていたよな。今でもそうだ。自分のことでさえどこか他人事のように話す。まぁ、今現在のお前はそうでもないが。もう少し自分の思いを他人にぶつけてもいいんじゃないかと前々から思ってたんだ」
「いつかストレスで倒れちゃうんじゃないかと心配してるんだよ?」
「お前は変わらない。変わろうとしない。知ってるか? この世で変わらない事は『変わる』ってことなんだぞ?」
There is nothing in this world constant but inconstancy.
私は、19歳の自分でいようと、これまで生きてきた。いや、生きている。
「俺と会った頃のお前と、今俺の目の前に座っているお前とは、確実に違うんだ。身長とかそういうんじゃない、精神的なものだ。あの頃と今で考えが違うのは当たり前だ。当たり前なんだ」
「……考えが違う、の、が、当たり前」
「お前は変わらないように変わらないように生きてきたかもしれないが、俺の目から見れば、お前はすごく変わってきている。あの頃、お前はどっか別の場所にいるようで、まるで現実感がないっていうか、」
「この地に足をついてないって感じ? どっかに飛んで行っちゃいそうだと思ったよ。この世界を生きていないっていうかさ」
「あぁそう、それだそれ。伊作ナイス。……それが今じゃ、お前ちゃんとこの世界に足をつけてる。この世界を生きてるよ」
ガン、と頭を鈍器で殴られたような気がした。そんな風に見られていたのか、っていうのと、そんなに分かりやすかったのか、というのと。
ケマトメ先輩に出会った頃、体は子供だけど、中身は19歳だから、と知られることはない、と。自分はこの世界の人間じゃないのだと。
そう言えば、最近、そんなことは考えてなかった。明日の授業の内容だとか、この頃何か、本当に、平成のことだって全然考えてなかった。あの頃の友人の顔も思い出すことはなかった。それはそれで、私は薄情なんじゃないかと思う。
兵助が現れて、知ってからは、取ってつけたように当初の考えを引っ張り出してきた。
「今お前が悩んでることは、『今』のお前の考えで考えないと駄目だ。『昔』のお前が考えをわざわざ持ってこなくていいんだ」
それも、そうだ。今の私はどうしたい? 皆と仲良く話したいんでしょう? 罪悪感なんて感じないでいたいんでしょう? でも。
「けど、先輩。今の私が判断して、それで将来に影響を及ぼすようなのは……」
「だから、未来のことは未来のお前に任せとけって。そりゃあ、先のことを見通して考えるってのは重要だ。でもその時に、何でお前は悪い方向ばかり考える? いい方向に考えてみろよ少しは」
未来のお前には、俺たちだけじゃなく、久々知や他の五年もいるじゃねぇか。
目から鱗だ。
「お前は、お前のしたいように、正直に行動すればいい」
「ちゃんは、難しく考えすぎだね。もう少し単純になればいいのに、ね」
二人の優しい笑顔に、泣きそうになったのは秘密だ。
「……私、兵助に会うたび罪悪感と何かよく分からない感情が押し寄せてきて泣きたくなるんで困ってるんです。で、何かよくわからない感情の方は色々調べたんです。最初、この感情は掘り下げちゃいけないと思ってたんですけど、そういうわけにもいかないな、って思って」
「うん。話飛んだねぇ。さっきのは解決?」
「え、あ、はい! 解決です。私、皆と『この地に足のついてる』として付き合っていきたいです!」
「それはよかった。それで? 調べてみて、どうだったの?」
「……はい。認めたくないんですけど、私、兵助の事、好きみたいです。どうやら」
その答えに善法寺先輩と、ケマトメ先輩はにっこり笑った。
「相手のことを思うと胸が苦しくなって、でも視線は相手を否応なく追ってしまう……完璧に恋してる症状ですよね、これ」
用意してきた資料を見ながら言う。先輩方は苦笑している。
「正直言って、予感はしてたんです。だって、好きだって示してくれてる相手を無碍になんてできないですもん。だから、このままじゃ流されちゃうんじゃないかと思ってたんですけど、その通りになっちゃって、私は不満です」
「情に流された、じゃないと思うよ。ちなみに、先に言っておくと、負けたわけでもないよ。ちゃんの言い方じゃ、好きになるのが悪いことみたいだ」
そりゃ、悪いことだとさっきまで思ってましたからね。
「先輩、今回のことは絶対に誰も言わないでくださいね」
「わかってる」
「それじゃ、帰りに森本のお団子でも買って帰ろうか」
「あ、私皆にお土産買ってくって言ってきたんですよ」
「じゃあちょうどいいねぇ」
後もう一つの懸案事項を残して、私たちは店を後にした。戻った時のみんなの顔を想像して、思わず顔がにやけてしまった。
To be continued......
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遠回りに遠回りを重ねて、ようやっと終着点に落ち着かせました。
久々知が一回も出てこないですよコレ。あ、あれです。ケマトメ&伊作好きーのための……とか言ってみる。
と、いうか。私まだケマトメ&伊作と主人公の出会い話を書いてないですよね。まぁ、本編に関係ないので書いてないんですが。
ちなみに、主人公と出会った順に並べると、
ケマトメ→ふみ→伊作→五年(尾浜→久々知→不破→竹谷→鉢屋)になります。
いつか番外とかでそれぞれとの話を書きたいです。
でも先に書きたいのがどんと構えてるんですよね……それを書きたいがために今この話を急いでるんですけど。
天女とか、面白いよね。
2011/09/03