05.Action is eloquence.






正直あまり、保健室というのは好きじゃなかった。それは小学生の頃からずっと感じていることで、私の中で保健室に行く=学校早退という方程式が出来上がっている。なにより、私には保健室の先生が苦手だったのだ。
忍たま長屋の、そこそこ見慣れた廊下を進む。誰ともすれ違うことがないのは幸いだ。自分で自覚しているように、ほとんどくのたま長屋から出ない私が、忍たま教室・長屋でよく行く場所が食堂と保健室、そしてとある馴染みの先輩の部屋だ。
その先輩は、先輩曰く『引きこもり』の私を自分の委員会活動に連れまわした。それでも、私の出不精は今だ改善されていないと思う。
今回、そんな私が重い腰を上げて保健室に向かっているのは、自分ではもう、どうしようもなくなってしまったからだ。正直相談なんかしたくないんだが、しょうがない。これ以上、ふみや久々知君にどうしたのか、と聞かれるのはごめんだ。

目的の部屋の前に立つ。中から話し声が二人分。馴染みの先輩と、その先輩と同室の人だ。あぁ、よかった。ここにいると小耳に挟めて幸運だった。
癖で、いつものようにノックをしてしまう。ぽすぽすだかかんかんだか音がする。全く、障子にノックって、自分でやっておきながら言うのもなんだが、全然意味をなさない。



「入っていいよー」

「失礼します」



それでもノックをやめないのは、忍術学園の中で私しか使わないからだ。



「お前なぁ、いつも言ってるけど、それやめろ。前、俺の部屋の障子に穴開けたの忘れたのか」

「それはすみませんでしたって。ちゃんと張り替えたじゃないですか」

「そういう問題じゃないだろ」

「まぁまぁ留三郎、ちゃんもわざとじゃないんだし」

「いや、こいつはわざとやってんぞ」



室内には、腕に包帯を巻いている善法寺伊作先輩と、巻かれている食満留三郎先輩がいる。後ろ手に障子を閉めて、馴染みの先輩の横に座った。



「お茶いれますけど、どうですか?」

「あ、僕ほしいな」

「わかりましたー」

「俺の話聞いてんのか?」

「茶は?」



話は聞いてなかった。障子とノックについては無視することにしているのだ。すると、空いている手で頭を叩かれた。
黙って3人分淹れる。



「ケマトメ先輩、また喧嘩ですか」

「そーなんだよー。また文次郎と喧嘩してさぁ……」

「またですか。飽きないですねー」

「おいコラ。喧嘩じゃねぇよ。あっちが絡んでくるから仕方なく相手してやってるだけだっ」

「なるほどです。ケマトメ先輩。仕方なく相手してやって怪我してるんですね。理解です」



そう言ったら頭をグリグリされた。容赦なく。黙り込んで蹲っていると、善法寺先輩がケマトメ先輩を諌めてくれた。



「で? お前何しにきたんだ? お前が自分から訪ねてくるなんて珍しいじゃねーか」

「怪我……はなさそうだけど……もしかして具合悪かった? ちゃん顔に出ないから……」

「いえ、保健室に用があったんではなくて。先輩方に用があるんです。こちらにいらっしゃると聞いたもので」

「それこそ珍しいじゃねーか。個人的用事で来るなんて」

「……いや……まぁ。自覚してます……」

「それで? どうしたの? あ、僕も居ていいのかな」



お茶を口に含む。何だか無性に口の中が乾く気がする。



「構いません。実は……折入ってご相談したことがございまして……」



言った瞬間のケマトメ先輩の顔。この時代に携帯があれば写真を撮りたかった。鳩が豆鉄砲を食らったような顔の手本と言えるだろう。



「相談……? お前が……? いや、いい。もちろん、相談には乗るが……」

「僕たちでいいの? ほら、ふみちゃん、だっけ? その子とか、最近久々知たちとも仲良くしてるみたいだし。そっちの方が気楽じゃない?」

「いえ……そういう訳にいかないんです」

「まぁ、お前がそう言うなら……。で、一体どうしたんだ?」

「その……ちょっと、学園内だと……その……アレなんで」



ケマトメ先輩がどれだよ、と小さく呟いた。この人は短気でいけない。
Action is eloquence.何か事情があるんだろうと察してくれたのか、善法寺先輩がニコリと人のよい笑顔を浮かべた。



「明日、授業ないよね。町の茶屋とかでいいかな?」

「そうだな。じゃあ、朝食食べたら門に集合な」

「すいません……お時間いただいてしまって」

「いいのいいの。留三郎の妹だし、協力するよー」

「いえ、妹ではないです」



妹にしていただいても構わないのだけど。



「あぁ、でも妹になったら苗字ケマトメかぁ……」

「……何度も言うようにだがな、俺の苗字はケマトメじゃねぇ。食満だ!」



じゃあ明日、お願いしますね。と言って早々に退室した。






























「何か、気に食わないのよね」



いつものように。最早習慣となった7人での夕食中、いきなりふみが話し出した。しかし主語がない。話が見えない。ふみがそういう切り口で話し始めるのはもう癖だ。



「一体どうしたの、御園さん」

「それよ!!」



不破くんが問いかけると、またもやふみが訳の分からない行動に出る。突然の大声に、食堂は一瞬静かになる。視線が集まるのがわかる。ため息が自然に出てきた。



「『御園さん』って呼び方、何か嫌なのよね。あまり呼ばれ慣れてないっていうか? あと、が『さん』って呼ばれてるのも何か気になる」

「呼び方なんて、人の自由でしょうが……」

「いや。呼び方って重要。『ふみ』って呼ばれた時と『御園さん』って呼ばれたときじゃ反応に違いがある! って気がする!!」

「いいじゃない。別にどんな呼び方でも」

「言っとくけど、にそんな風に言う権利ないわよ。善法寺先輩に呼び方指定してるじゃない」



それを言われると、何も言えない。
確かに、善法寺伊作先輩に呼び方を変えてもらった。『ちゃん』から『ちゃん』に。



「え、さん。善法寺先輩と仲いいの?」



ふみの隣に座ってる尾浜くんが意外そうに言った。



「ううん。が仲いいのは善法寺先輩と同室の食満留三郎先輩。付き合い年数は私より長いわよねぇ」

「……まぁ、忍術学園に入る前からだから、ね」

「何だっけ。あぁ、そう。『ちゃん付けで呼ばれるの嫌なんでやめてください!』だったっけ?」

「いや、まぁそんな感じだったかな……。覚えてないけど。いやだって、名前+ちゃんって何かいずいっていうか……落ち着かないっていうか……気持ち悪いっていうか……ねぇ?」

「え」

。久々知君に振ってもわかんないと思う」



隣に座っている久々知兵助君に問いかけると、久々知君は固まってしまった。



「あぁ、久々知君はちゃん付けで呼ばれなさそうだもんね。さん付けのイメージもないけど。みんな久々知君のこと兵助って呼んでるし、その印象しかないね」



そう言えば。あまり久々知って呼ばれてるのも聞かない。先輩後輩は除くけど。くのたまは基本フルネーム呼びをしているし。



「ま、私が言いたいのは、いい加減他人行儀な呼び方やめませんか? ってことなんだけど」

「偉く遠回りしたな……」

「いいんです。鉢屋く……いや、三郎。とにかく! えー私御園ふみはこの時間を持って全員を呼び捨てにさせていただきます! いいよね?」

「いいぜー。俺もふみって呼ぶわ」

「僕も構わないよ。ふみちゃんって呼ぶね」

「じゃあ私もそうしよう」



ふみがそう宣言したあと、ちらちらと私を見てくる。



「ほらほら。これに乗り遅れるとぉ……」

「……竹谷、不破ちゃん、鉢屋、勘ちゃん、兵助。私のことは名前+ちゃんじゃなければ何と呼んでもらっても構いません」

「りょうかーい。ちなみに、善法寺先輩ってなんて呼んでるの?」

「善法寺先輩は『ちゃん』って呼んでる。あの先輩、くのたまはちゃん付けするから」

「……食満先輩は?」

「ケマトメ先輩は基本名前で呼ばない。お前とかだけど、呼ぶときは『』って呼んでる。……はず」



そう言った後、久々知君はしばらく考え込むように黙ってしまった。



「じゃあ俺もちゃんって呼ぼー。いいよね?」

「いいよ」



結局、尾浜君と不破君と鉢屋君は私を『ちゃん』と呼ぶ方向で落ち着き、竹谷君はそのまま『』。久々知君は『』と呼ぶことになった。
特に久々知君に名前を呼ばれるたび、まだ慣れていないからか、心臓がびっくりしてドキドキする。学園内で私のことを名前で呼ぶのは、日常的に一緒のふみと、馴染みの先輩・ケマトメ先輩、そして久々知君……もとい、兵助だけだし。







                               To be continued......



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長くなりました。
不破ちゃんは完全に碓氷の趣味です。ちなみに、苗字+ちゃんは碓氷の仕事先での碓氷の呼ばれ方です。







                             2011/08/31