"Action is eloquence";feat.久々知兵助
御園さんがいきなり言い出した内容は、渡りに船だった。これでさんを名前で呼ぶことができるからだ。ある言葉を聞くまでは、そうやって思いを馳せていることができた。
「善法寺先輩に呼び方指定してるじゃない」
彼女の交友関係を把握しているわけじゃない。けど、彼女のある意味引きこもりとも言える生活に、俺たち以外の忍たまの影なんてないとばかり思っていた。しかも、善法寺先輩だけにとどまらず、
「ううん。が仲いいのは善法寺先輩と同室の食満留三郎先輩。付き合い年数は私より長いわよねぇ」
「……まぁ、忍術学園に入る前からだから、ね」
愕然とした。表現が大げさになった気もするが、構ってられない。彼女にそんな近しい存在の男がいるとは把握していなかった。
話題はその後、また呼び方に変わってしまったから、どういう経緯で食満先輩と知り合って、今どういう関係なのか聞くことができない。
彼女も少しずつではあるけれど、俺のことを意識してきてくれているっていうのに、ここで新たな人物の出現はいらない。もし食満先輩とさんが恋人だなんて関係だとしたら……この状況と様子を見る限りそれはなさそうだ、と思いたいけれど。例えそういう関係でないとしても、これからそうならない保証はないだろう。どうすれば……。
「……。ねぇ?」
「え」
しまった。聞いてなかった。
「。久々知君に振ってもわかんないと思う」
「あぁ、久々知君はちゃん付けで呼ばれなさそうだもんね。さん付けのイメージもないけど。みんな久々知君のこと兵助って呼んでるし、その印象しかないね」
どうやら、名前の呼び方でちゃんがどうこう、という話らしい。
それはともかくとして、呼ばれたわけじゃないのに、『兵助』と彼女の口から紡がれたことに心臓が震えた。
そうだ。彼女の名前を呼べるだけじゃなく、俺の名前を呼んでもらうようにすることも出来るんだ。
「えー私御園ふみはこの時間を持って全員を呼び捨てにさせていただきます! いいよね?」
御園さん……もとい、御園がそう宣言したあと、意味ありげにさんを見る。さんは諦めたようにため息をついて、
「……竹谷、不破ちゃん、鉢屋、勘ちゃん、兵助。私のことは名前+ちゃんじゃなければ何と呼んでもらっても構いません」
とはき出した。名前で、呼んでもらえるし、名前で呼ぶことができる。
「りょうかーい。ちなみに、善法寺先輩ってなんて呼んでるの?」
「善法寺先輩は『ちゃん』って呼んでる。あの先輩、くのたまはちゃん付けするから」
勘右衛門の言葉に、それなら、と俺も聞くことにする。
「……食満先輩は?」
「ケマトメ先輩は基本名前で呼ばない。お前とかだけど、呼ぶときは『』って呼んでる。……はず」
が食満先輩を『ケマトメ先輩』というあだ名で呼んでいることに、ある程度の親しさが伺える。俺はあまり食満先輩と面識があるわけではない。だから、食満先輩がのことを呼ぶときが全く想像できない。
それに。が食満先輩について語るときに、若干の甘えがあるように感じるのは、やっぱり俺の考えすぎなんだろうか。正直悔しい。
けれど、俺が『』と呼んだときの顔―顔を赤くして、恥ずかしそうにはにかんだ顔を見ると、少しだけ心が軽くなった。
END