チュートリアル

呼ばれた部屋には、3振の刀が並べられていた。
ちょうど、自分のデスクを片付けていた時だった。ダンボール二箱用意して、持っていくものと捨てるものに分けていた。たまに同僚がやってきては、適当な激励を言って、捨てるものの箱から物色していく。希に、持っていくものの箱の中に餞別と称して色々入れていく人もいた。チロルチョコを急いで買ってきて入れていった馬鹿もいる。片付けが終わったら引継ぎをして、各部署に挨拶回りをしてこようと思ってた。そんな折、「ちょっと来い」と部長に手招きされて、会議室に入った。そこに、あったのだ。刀が。
それらに見覚えがあった。審神者になった者が最初に選ぶ事が出来る……いわゆる初期刀の面々だ。近くに寄って見てみたけれど、残念ながら刀だけを見てもどれがどれなのか全く分からなかった。金、黒、紫。違いが一目瞭然なだけマシなんだろうな、と思考を飛ばしたところで、部長に声をかけられた。



「餞別だってよ。ひと振り選んで持ってけって」

「へぇ、いいんですか?」



部長は肩をすくめて、左の金でまとめられた刀を指差した。



「あの金ピカが蜂須賀虎徹。黒いのが山姥切国広。で、右の紫で雅なのが歌仙兼定。選べる初期刀のうち、あの本丸にいない刀剣だ。悪いな、選択肢が少なくて」



部長のおススメ、というか気に入ってるのは歌仙兼定だというのが分かった。名前を聞いて、刀と合致させてからもう一度目を向けた。今まで視察やら何やらで見てきた刀剣男士と、この刀の拵えなんかを見て、あぁ言われてみれば、ぽいな、と頷く。



「じゃあ遠慮なく戴いていきますね」



真ん中の、黒――山姥切国広を取った。柄巻きの皮が何となく手に馴染んだ。とは言っても、私が彼を握るのはこれ以降そうないだろうが。



「迷わないんだな」

「当たり前じゃないですか。監査官として見てきたんです。初期ステータスくらいは頭に入ってます。……まぁ、最終的なことを考えれば蜂須賀虎徹が一番強くなるんですが、あの本丸でしかも一から育てること考えて、機動と衝力トップの山姥切国広がいいかな、と。他のステータスも特に欠点ないですし。バランスいいんで」



まぁ、問題はネガティブなところだけかもな、と片隅で思ったけど。私には関係ない話だ。何とかなるだろう。同じ国広の脇差がいたし、世話してくれそうだ。



「俺は歌仙兼定が好きだなぁ……あの紫、上品じゃねーか」

「では部長が審神者になられた時、歌仙兼定をお選びになればいいんじゃないですか?」

「ねぇよ」



会議室の時計を見ると、そろそろ時間になる。急いで挨拶回りに行かないと、こんのすけに伝えていた時間に間に合わない。



「あぁそうだ、。お前、自分の本丸、覚えているのか?」

「CN-140130-936725。コードは覚えてます。パスワードも問題ありません。まだ中身を確認してませんが、清掃業者を一応手配しておいたんで、大部分は大丈夫なんじゃないですかね……。まぁ、約20人もいるんです。片付け要員は足りてますね」

「……刀にさせる気かよ」

「どの審神者もやってますよ、このくらい。内番みたいなもんです、って」



失礼します。と頭を下げて会議室のドアを閉めた。そしてダッシュで部署に戻る。時間がない。
同僚たちに刀をを貰ったことを何かしら言われていたが、返事をしっかり返すこともせず、生返事だけして、荷物を持って挨拶回りに向かった。
まぁ、大体の人に「頑張ってね」「気をつけてね」などのテンプレをいただいて、ゲートの前に立つ。時間ギリギリだ。本丸の刀剣男士を迎え入れる前に、山姥切国広を顕現させておきたいから、やっぱり時間がない。
IDカードをかざした後、本丸のコードを打ち込む。
今回審神者になって、元来私の本丸になるはずだった空間が再構築された。なので刀剣男士達には引越しをしてもらわなければいけない。全く時間がなかったので、そこら辺の連絡はこんのすけに任せた。
ロック解除音がして、ゲートが開く。懐かしい匂いがした気がした。



「山姥切国広だ。……何だその目は。写しだというのが気になると?」

「いやぁ……。本丸付いた途端顕現するとは流石に思ってなかった。急いでたから無意識だったのかな……」

「……おい」

「よろしく。主のです。もちろん偽名。事情はご存知?」

「……あぁ、大体聞いてた」



刀の時の記憶もあるわけだ。なら楽だな。


「そう。じゃあ急いで着替えてきてくださいね。本当ならまずチュートリアル戦闘に行かなきゃいけないんだけど、事情が違うから。後1時間もしないで皆来ちゃうからさぁ……」



そう言って箒を手渡す。



「庭、よろしく。抜いた雑草はゴミ袋の中ね。私は屋敷内の雑巾掛けしてるから、何かあったら呼んで」



まずはジャージに着替えてこなきゃだけど。山姥切国広は雑用結構だのなんだのぼそぼそ言っているが、何度も言っているように、時間がないのだ。後にしてほしい。



「大丈夫。終わらなくても1時間後には助っ人たくさん来るから」



ぽん、と肩を叩き、頑張ろーぜ!と拳を握っておいた。そしたらため息をつかれた。










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迎え入れられなかった。




2015/06/01
碓氷京