ざまあみろ

確かに本丸は、結界が張り巡らされていた。完全に余所者を排除する目的で。この結界に許可されないものは、触れたらその手が焼け爛れるだろう。恐らく。結界自体が攻撃性を持っている。相当本気の結界だ。だというのに、私の体はすんなりと結界の中に招き入れられ、苦労することなく本丸の正門に手をかけた。
どうせ私がやってきたことなど筒抜けだろう(というか今外部のものは私以外入れないことになっているらしいし)と、呼び鈴も鳴らさず、扉を押した。鍵もかかっていない。すんなりと扉が開いた。ただ驚いたのは、扉の向こうに誰もいなかったからだ。誰かしら出迎えてくるんじゃないかと思っていただけに、ちょっと自意識過剰が過ぎて恥ずかしい。勝手に中に入っていいのだろうか、と迷ったけれど、もう勝手に扉も開けてしまったし、向こうも私に用があるのだから、まぁいいか、と思い直して、後ろ手に扉を閉めた。
先日訪れた時より、随分と本丸の空気が綺麗になった気がする。神しかいなかったのだし、清浄に近づいているのなら言うこともないが、しかし早いとこ新しい審神者を寄越さなければ後がキツくなる。神の清浄な気というのは、人にとって結構な毒になるからだ。審神者が常駐している本丸であれば、人が自然に持つ汚れによってそれらは仲裁され、普段は気にすることもない。



「あぁでも、次の審神者は……」



私になる可能性の方がすごく高いのだったか。
これから、出来うる限りの説得を試みるけれど、期待はできないだろう。上も諦めているんじゃないかと思う。けれど私にだって意思を尊重される権利くらいあるのではないだろうか。いかにクズだとしても。どうせ審神者をやるのなら一からやりたい。そう思うのは当然だと思う。どうしておさがりなの、って。しかも相当癖のあるおさがりだ。いや、やめよう。考えるだけ無駄だ。まだ顔を合わせて話してもいない内に諦めるのは早すぎるだろう。
玄関口に着く。扉に手をかけて開けようとした瞬間、扉が開いた。目線の少し下に頭が見える。



「あ、やっぱりそうだった!」



いち兄ー! と楽しそうな声で奥に向かって声をかけている。あまり話したことはなかった刀だったはずだ。乱藤四郎。この本丸で2番目に来た刀だと報告を受けたことがある。奥から呼ばれた一期一振と、一緒に堀川国広がやってきた。そこで、さっきまで扉を開けるために浮かせたままだった右手に気付いて、手を下ろした。間抜けな格好に一人恥ずかしくなる。



「お迎えに上がれず、申し訳ありません。殿」



後ろに桜でも待っているかのような顔だ。実際嬉しそうに見える。隣にいる堀川国広も笑っていた。微笑ましそうに。



「……お待ち、しておりました」



どうぞ、と手を取られる。
触れられて、始めて、自分がぼぅ、っとしていたことに気がついた。急いで取られた手を離す。



「どうされました? どうぞ、中に」

「いえ。長く話をするつもりはないのです。全員に聞いていただく必要もありません。政府は提案をしに参りまいた。あいにくあまり時間を作ることはできませんが、私が帰ったあと、皆さんで話し合ってください。明日、また来ます」



そこまで言って、何枚かの資料を取り出した。
この本丸についての処遇。引き継ぐ審神者の情報。それらがまとめられている。それを堀川国広に渡した。



「え? さんが主になるんじゃないんですか?」



審神者の情報について目を通し始めた途端、弾かれたように顔を上げた。それを聞いた乱藤四郎が左腕にまとわりついた。一期一振は目を大きく開いてこちらを見ている。



「どうして? 僕たち、さんに主になってほしい、ってあの黒服のおじさんに言ったんだよ?」

「らしいですね。聞きました」



黒服のおじさん。多分処理班の誰かだろうが、あそこは異様に人がいいのだ。情に厚いというか。多分、刀剣男士に同情して、「何か要望があれば聞こう」とでも言ったのだろう。まぁ確かに、ブラック本丸の引き継ぎの際には、なるべく上手く行くように、刀剣男士に新しい審神者の要望を聞くこともある。それは大体、男がいいだとか女がいいだとか、年だとかその辺りなのだけど。今回のように、かなり限定的……というか個人を指定してきた例は初めてだ。処理班も相当困惑しただろう。しかし上に報告しないわけにも行かず、こんなことになった。



「私はあくまで、監査官です。審神者としての研修を受けていませんので、審神者にはなれません」



研修に参加したことはあるが、言う必要もないだろう。確かに、その研修に審神者として参加したことはないのだ。一応、審神者は資格職なのだ。免許がなければ働けない。そして、その免許を取るのに、1ヶ月かかるのだ。1ヶ月も本丸に主がいない状態は非常に好ましくない。



「例え私が審神者になるとして、時間がかかります。そんなに待っていられないのです」



それこそ、本丸内の空気が神域そのものになってしまい、入った瞬間神隠し、っていう笑えない状況になりかねない。



「しかし、私は貴女以外の人間に、忠誠を誓うことは出来ません」



一期一振達の後ろに、こちらの様子を伺っている刀剣男士の姿がちらほら見える。



「あの地獄から救ってくれた貴女だからこそ、私たちは次を迎える気になったのです」



お願いします。と横の堀川国広も頭を下げた。
わらわらと集まってきた刀剣男士に囲まれる。大も中も小も揃っている。逃げ場がない。どこに目をやっても刀剣男士と目が合う。ギリ、と右手が強く握られた。蜂蜜色の瞳と合った。少し濁り始めているように見えた。
これ以上はあまりにもこちらに部が悪すぎる。何を言っても同じ答えしか出てこないだろうし、何よりここに入れた事実がある。これで新しい審神者を寄越しても、本丸に入ることもできないで終わるだろう。
上になんて報告すればお咎めが少なく済むだろうか。考えただけで胃が痛い。






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次あたりから、楽しい(笑)本丸生活のスタート。
の、予定。


2015/05/31
碓氷京