審神者

審神者になるためには、いくつかクリアしなければならない条件というものがある。というよりかは、審神者として活動するためには、の方が正しいか。別に難しいことはない。審神者自身には、だが。最低でも一月の時間を要するっていう面倒があるくらいだ。まず最初に、政府による講習を受けて、最終日に行われる試験に合格しなくてはならない。この試験に合格しなければ、様々な場所を繋ぐゲートを開けるIDカードが発行されない。このカードはその人が審神者であることを証明する免許証みたいな役割もするし、そもそもがゲートの鍵なので、生命線のようなものだ。そして、個人の霊力を蓄えさせ、GPSの真似事もできるし、中々に多機能なのだ。このカードの発行に1週間弱かかる。そして、本拠地となる本丸の構成や、その他諸々の手続きを終えると、1ヶ月はかかってしまう。中には、試験に合格できず、再試験に臨む者も少数ではあるが、いる。とは言っても、審神者の数が足りない現状で、最終的には全員審神者になれるように試験は非常に簡単なものだ。運転免許証を想像していただければ、まぁ間違いはない。それにカードキーの機能がついていると思えばまず理解いただけるだろう。ただ、半年に一度という短いスパンで更新の手続きがあるという違いがあるだろうか。政府は審神者がずっと本丸に居続けることを良しとしていない。なので、何かと審神者を本丸から出そうとする。大規模な演練だったり、報告会だったり、会議だったり、健康診断だったり、理由は様々だ。審神者で居続けるためにもいくつか条件がある、ということだ。面倒なことだけど。まぁ表向きは公務員ということで雇っているのだから、社会貢献だのなんだの色々あるのだ。もちろん選挙権もある。「あまり現実的でない職業なのに、ものすごくリアルを感じるわね」とは私が監査官となった時、一番最初に担当した本丸の審神者の言葉だ。彼女は数ヶ月前、現世に住む恋人と結婚し、半年もすれば母親になると聞いた。彼女に社会人の何たるかを叩き込まれたのはいい思い出、にしとこう。ちなみに、私が審神者になることはまだ伝えていない。
刀剣男士達に、「時間がかかるから無理」と言ったのは、別に建前でも嘘でもないのだ。私がまともに審神者になるためには、どんなに急いでも2週間ちょっとはかかってしまうのだ。まともに手続きをすれば。しかし、2週間少々でも、本丸に審神者がいない状態っていうのはものすごくまずい。刀剣男士達の持つ神気が濃くなりすぎると、そこで人は生きていけない。入った瞬間、良くて昏倒、運が悪ければ死亡、そんな感じだ。実際、それが原因で亡くなられた方が数名いるのだ。ほんと、神様って怖いよね。そういうわけで、本丸の引継ぎは1週間以内に行われるのだ。だが、今回はまずかった。刀剣男士達が立てこもって、私以外の人間が本丸に入れないようにしてしまった。本丸に張り巡らされた結界は、最強の拒絶タイプ(笑)で、何人か火傷を負ったらしい。まぁ、火傷で済んでよかったね、という感じである。こんな交渉もクソもあったもんじゃない状況で、私も政府も刀剣男士の要求を飲んだ。だって、私が審神者になりさえすれば、全て解決するのだから、穏便に。
さてそこで、1週間以内に私は審神者として本丸に入らなければならない。しかし、私が説得に行って何も成果をあげられることができませんでしたーな日で、審神者を拘束してから4日経っていた。3日で審神者になるのは、上記のとおり、無理なのだ。
具体的に言えば、まともに私がこれから審神者になるためには、1週間に渡る審神者の講習を受け、最終日に試験を受けて、それに合格し、それをもってしてIDカードの発行(1週間かかる)をする。IDカードさえあれば、本丸はすでにあるので、そのまま就任できる。つまり、2週間かかるのだ。まともにやれば。
もうお気づきだろうが、まともにやれば、そうなのであって、まぁ裏技的なものがある。これは私が監査官だったから出来る裏技だ。これなら、1日もかからず審神者になれる方法だ。
まず、審神者に絶対必要なIDカードだが、すでに私は持っている。そう、監査官としてのIDカードだ。審神者の持っているカードとは少し異なるのだが、審神者のカードの持つ機能は一通り備えてある、上級カードなのだ。これで、生命線は確保された、次に、講習に関してだが、私は審神者としてこそこの講習にさんかしたことはない。けれど、役人としてその場にいたことはあるし、講師の真似事をしたことだってある。これも問題ない。そして、諸々の手続きだが、こんなの、本丸に入ってからでも出来る。特に私は監査官としての仕事の引継ぎをしなくてはならないのだが、まぁ本丸に着任して3日くらい籠って仕事してりゃあ何とでもなる。いや、するしかないんだけど。
最後に、後出しで申し訳ないが、監査官は、自身の緊急避難場所として、審神者の本丸と同じように本丸を持っている場合が多い。持ってない監査官もいるが、いくらでも後で作ることができる。私は、監査官の時分、一度しか入ったことはないが、本丸を持っていた。
今回は引き継ぎだし、本丸の用意をする必要は本来ならなかったのだけど、少しゴタゴタしすぎてしまい、私が初期刀を貰い受けた時には1週間以上経ってしまったのだ。このゴタゴタは今は触れないでおきたい。
いくら私にそこら辺の審神者と訳が違う霊力を持っていたとしても、人間であることに変わりないし、1週間以上審神者が不在だった本丸に訪ねられるほど、私は命を捨てていない。なので、あまり例はないが、本丸を引越しさせることにしたのだ。まぁ、実際引っ越すのは刀剣男士達なのだけど。
これで、神気の問題もなくなった。こうして私は、審神者になったわけである。
裏技というか荒技なのだけど、これは本当に特例だ。仕方なくこの手段を用いたのだ。本来ならまともな方法で審神者になった方がいい。これは確かだ。



「……嗚呼、とても、お逢いしたかった……」



跪いて私の左手をとり、手の甲に口付けを落とした一期一振に、隣にいた山姥切国広が目を見開いてこっちを凝視している。ついさっきまで、本人と自己紹介をしあっていたのに、その相手がいきなり私に跪いたのだ。気持ちは察する。しかしドン引きまではしなくていいじゃないか。目が「おい……マジか……おい……」と言っている。
会うたび会うたび、一期一振を筆頭に、刀剣男士達の感謝の気持ちがオーバーになっている気がする。短刀達なんて、この本丸に入って私の姿見たとたん、泣き出したからね。それが嬉し泣きだって言うから理解できない。「ふぇーん、さんがいるぅぅぅぅ、よかったぁぁぁ」後ろにいる太刀や大太刀が「イイハナシダナー」とでも言いたげに目尻を拭っている光景に違和感を感じているのは私と山姥切国広だけなのだ。まんば、君の気持ちはわかるが、ぜってぇここから逃がさねぇからな。



「アンタ……一体何したんだ……?」



ぼそ、っとつぶやいたまんばの声に、むしろこっちがそれを知りたい。



「本当に、殿の元に来ることが出来てよかった。皆、貴女に感謝しているのです。……いえ、感謝してもしきれないのでしょうな。あの地獄から我々を救ってくださったのですから」



言うほどのことでもない。どんどん感謝が大げさになってきている。何、実は私の知らない新事実でもあったの。ものすごく、想像以上にブラックだったの? 最早そうとしか考えられないくらいの感謝っぷりだよ。近年稀に見る感謝っぷりだわ。ブラック本丸だったところの刀剣男士って結構な確率で人間不信になるのに。まぁ、信頼関係の修復から入らなくて済むのは楽でいいのだろうけど、なまじ私自身にブラック本丸を進んで解体するつもりなんかなくって、本当に自分のためだけに起こした行動故に、ものすごく罪悪感が……。そもそもが私のせい、みたいなところもあるし。
だから、本当に、そんなに眩しい笑顔で礼を言われる筋合いはないのだ。むしろ、言われれば言われる程にグリグリと心を抉られていく感覚に陥る。私が悪いんだけども。むしろこれは私が仕事を怠った罰だと思った方がいいのかもしれない。そんな気がしてきた。

するりと取られていた手を抜いて、一期一振に立つように言う。驚くだろ……ずっと跪いてたんだぜ……?



「……私は、仕事をしただけです。ですから、そのように畏まらないでください。私じゃなくても、役人なら皆同じことしますよ」



キリ、と胃の辺りに引き攣るような痛みを感じた。







--------------------------------------
中々……中々進まない不思議。

いつになったら一期一振来るのかな……鶴丸2体目来ちゃったよ……お前じゃねーよ……。




2015/06/20
碓氷京