急転直下

下手なことをしてくれたな、というのが感想だ。
夕食という名の上辺だけな宴を、適当にやり過ごしたのがまずかったのか、食事にも酒にも一切手を付けなかった事に不機嫌になった審神者が余計なことをしでかした。まぁ、審神者自身に酒が入っていたのもあるのだろう。酒癖が悪いらしく、暴言の数々を吐いてきた。刀剣男士達は審神者と私を交互に見やっている。さてその視線の意味はなんだろうか。これで私が怒って審神者を処分することを心配しているのか、それとも私の身を案じているのか……ここがブラック本丸であることを鑑みれば、後者の気もするが……にしてはあまり期待の色も見えない。まさか本当に私の身を心配してはいないだろう。なにせ何の関係もない人間を心配するほど神は慈悲ぶかくないだろう。特に彼らは、人間に不当な扱いを受けているのだし。しかし頭に入ってこないとは言えこの罵詈雑言の数々はやかましいことこの上ない。いつまでもしゃべり続けて、飽きないのだろうか。暴言に関してはそれはもうたくさん語彙をお持ちのようで、何よりだ。その低俗な脳内をもっと別の方向に機能させられなかったのか、と悲しくなってくる。
食事にも酒にも、茶にも手を付けないのは訳がある。一つ目は、ここがブラック本丸である以上、何をされるかわからないからだ。そしてもう一つ。食べることに納得できるものしか食べたくない。作ってくれたであろう燭台切には申し訳ないが。彼が審神者の刀剣である以上、恐ろしくて食べられない。
黙って暴言を聞き流していれば、審神者はどうやら私が怯えていると勘違いしたらしい。本当に、酒の力とは恐ろしいものだ。己の気を大きくさせる。素面だったら絶対やらない間違いをさせてしまう。そこまで飲む方もどうかと思うが、どうやらあの男には自制心がなかったようだ。まぁ、審神者の気持ちもわからなくはない。もし、自分が一生懸命傅いていた相手が、自分より力のないものだと思ったら、私だって「なぁんだ、そんなもんか」と思って、途端相手を見下すだろう。ただ、今回は審神者の勘違いだけど。間違いなく私のほうが強いんだけど。もうそれもわからない審神者は調子に乗った。何だか訳の分からないことを叫んだかと思ったら、力任せに組み敷いてきた。うっわぁ……と顔を顰めたね。もうこのスーツは処分しよう、そう決めた。ふんふんと荒い息を吐いて近づいて来る。臭い。どうやらこれは見せしめの一環にするらしい。刀剣男士達に、監査官すらも己の言いなりになる瞬間を見せて反抗心を削るつもりなのだろう。それっぽいことを言っている。控えている刀剣男士達は中途半端に立ち上がった状態で、絶望を顔に浮かべていた。おいおい一期一振、君の美麗な顔が真っ青だぞ、勿体無いな。



「馬鹿なことを」



心の中で言ったつもりが、口からこぼれ落ちていた。審神者は顔を真っ赤にして、手を振り上げた。それが私に当たる前に、審神者の体を蹴っ飛ばした。審神者は潰れた声を上げて畳の上に転がる。



「あれ……外まで飛ばしたつもりだったんだけど、やっぱり肉厚な分、重かったかな」



シワの寄ったスーツの上着を脱ぐ。



「あーぁ。審神者殿、このスーツ、お気に入りだったんですよ。私が働き始めて一番最初のお給料で買ったものだったんです」



黒地に細い白のストライプが入ったリクルートスーツは決して高いものではなかったけど、思い出のものだったのに。まぁ、そんなスーツでここに来たのが間違いだったな。
審神者は口をはくはくさせているが、言葉が出てこない。不思議そうに喉に手を当てている。



「あぁ、声ですか。正直、もう貴殿の声を聞きたくなくて……すみませんね。さっきまでで一生分聞いたからもういいかな、って。騒がれるのも面倒ですし……」



これから増えるであろう仕事も面倒だけど。あぁ、ホントにもう失敗した。この審神者の馬鹿さ加減を測りきれてなかった。これは私のミスだ。やっぱり何が何でも帰ってればよかった。
部屋の隅に置いていた鞄から連絡端末を取り出す。



「こんのすけ」

「はい。監査官」

「現時刻をもって、当本丸を処分対象とする。速やかに全刀剣男士をここに集めるように」

「かしこまりました」



職場に電話をかけながら、この本丸のこんのすけに指示を出す。コール音が途切れて、女性の声が流れた。



「日本国史改変災害特別対策部歴史犯罪対策第一課所属、です。所沢部長はいらっしゃいますでしょうか」



いつも思うが、このクソ長い正式名称を毎回言う必要があるのだろうか。非常に面倒だ。いつも私たちは略して歴一と言ってる。ちなみに、審神者達は第三課の所属ということになっているが、多分彼らがそれを名乗ることはほぼないだろう、管理上での部署だから。でも略すと歴三で、非常に言いやすい。
女性が、少々お待ちください、と言った後JS・バッハのメヌエットが流れる。それを楽しむ間もなく、上司の声がした。今回は随分と出るのが早い。



「帰ってなかったんですか」

『帰っていると思うならどうしてかけてきた』

「いえ……すみません。どうせ残業されていると思いまして」

『……お前のせいだろ。で、どうしたんだ。いや、もう分かりきってはいるが』

「5月19日20時54分をもって、審神者No.526を暴行の現行犯として拘束しました。つきましては早急に随行人の手配をお願いします」

『今からだと、どんなに早くても明日の朝だぞ』

「そうですね。朝まで私が拘束しときますんで。あ、これ残業代入ります?」

『それは経理課と相談しろ。……手配はした。詳しい時間は後で端末に送る。……大丈夫なんだろうな?』

「問題はありません。ありがとうございました。ゆっくりお休みください。……では」



通話を切る。その頃には刀剣男士は集まっていた。あぁ、確かに、一年も審神者やってたとは思えないくらい刀剣の数が少ない。こうして実際に目にすると思うところの一つや二つ出てくるものだ。刀剣男士達はみな、一様に戸惑ったような顔をしている。まぁ、それもそうか。自分達の主が床に転がっているんだし。
軽く身だしなみを整えて、畳に座り直した。しっかりと刀剣男士達に向かい合う。私が姿勢を正したのを見て、彼らも座り直した。
手をついて頭を下げる。



「刀剣男士の皆様に置かれましては、大変急なことと相なり、誠に申し訳ございません。本日を持って当本丸の審神者を解任いたしました。以降の本丸の処遇に関しましては、後日改めてお話に伺わせていただきます。明日の朝、審神者は引き渡されます。思うところは多々ありますでしょうが、審神者に対し手出しされます事の無いようお願い申し上げます」



刀剣男士が審神者に手を下しちゃうと、それはもうめちゃくちゃ面倒なことになるので、本当に遠慮したい。



「あ、あの、殿……」



しばらく静寂が続いたのだけど、それを裂いたのは一期一振だった。



「審神者の解任とは……私たちはどうなるのでしょう……」



その質問に、頭を上げて一期一振を見る。



「貴殿らの主は裁かれます。今後については、必ずしもこうなる、とは言い切れませんが、恐らく後続の審神者が新しく派遣され、今まで同様歴史修正主義者と戦っていただくことになります」

殿は、先程暴行の現行犯で拘束したと仰っていましたが、その、証拠が……」

「そうですね。監査官に対する暴行で審神者を拘束することはできませんからね。……よくご存知ですね」



一期一振が口篭ったけれど、どうやら審神者が酒に酔って私を組み敷いた時そんなことを言っていたらしいと、隣に座っていた薬研藤四郎が教えてくれた。全然聞いてなかったから分からなかった。口篭ったのは、私が組み敷かれたにもかかわらず、助けには入れなかったことを悔やんでいるらしい。



「法で監査官に対する項目がないことまでは知っているのに、それがどういう意味を持っているのかまでは考えなかったんですね」



ちらりと転がっている元審神者を見る。つくづく、馬鹿だ。



「証拠なんてものはいくらでも用意できます。まぁ、皆様の証言というのも一つですが……本人はここを問題ない本丸だと言っていましたし、皆様の状態もまぁ、見た感じでは問題ないようですからね。証言は期待してませんが……」



一応私は見て見ぬふりをしてきたわけで、間違っても「いやぁだって貴方がた今まで暴行受けてたでしょ?」とは言えない。もし言って「何で知っててもっと早く動かなかったんだ」って言われたら返す言葉もないし。
確かに、この状況って立件するには心もとないかもしれない。が、しかし。先に言ったように、証拠なんていくらでもでっち上げられるのだ。あることないこと報告書に書いたって、この本丸を隅々まで捜査すればどんなに取り繕っても綻びはあるものだ。
転がっている審神者がばったんばったんとそろそろうるさくなってきた。もう柱に縛り付けてやろうか。



「さぁ、皆様お疲れでしょう。もうお休みください」



笑顔でそう言い切れば、まだ納得はいってないようだったけれど、それでもゆっくりと広間から少しずつ人が減っていった。
最後まで席を立たなかったのは、加州清光と一期一振、薬研藤四郎の3人だ。



さんも休むんでしょ? 部屋、用意してあるから……」



どうやら案内してくれるらしい。薬研藤四郎が私の荷物を持った。
ここはお言葉に甘えるか、と立ち上がり、そう言えば、と転がった審神者に近づく。その形相は凄まじく、顔を真っ赤にして目なんか血走っている。拘束を解こうと必死なのだろう。無意味なことを。まぁ、私も鬼ではないので一応忠告しておこう。



「貴殿と私じゃあ霊力に差がありすぎますのでね、大人しくしてたほうが利口ですよ。どう頑張ってもその不可視の拘束は解くことができませんから」



血走った目で睨まれるが、全く迫力に欠ける。それに笑顔で答えてやった。



「ね、監査官って強いでしょう? 貴方がたと違って法に守られる必要がないくらいに、ね?」



額ギリギリに人差し指を近づける。数秒後、元審神者は眼を閉じ、体から力が抜けた。せめてもの優しさだ。朝まであの状態じゃあ、流石にかわいそうだろう。何より私もゆっくり寝たいし。一応息をしているのだけ確認して立ち上がった。一期一振と薬研藤四郎に促されて部屋から出た。外は明るい。あの審神者の霊力じゃ景趣の時間変化すら起こせないようだ。これから寝るというのに、こんな明るいのは嫌だな、と思って指を鳴らした。一瞬のうちに夜に変わった。満月に照らされる。



「やはり夜はこうでないと」



後ろを歩いていた加州清光が少し笑った。






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本丸の刀剣男士
加州清光(初期刀)
一期一振(近侍)
薬研藤四郎
乱藤四郎
五虎退
愛染国俊
小夜左文字
今剣
堀川国広
鯰尾藤四郎
陸奥守吉行
大和守安定
宗三左文字
燭台切光忠
大倶利伽羅
獅子王
江雪左文字
太郎太刀
計18口


2015/05/20
碓氷京