No/Knows;U

Affetto














何やってるんだろう、と迫る切っ先を前にぼんやりと思った。
このままじゃまずいと分かっているはずなのに、どうにも身体が動きそうにない。完全に油断をしていたんだろう。
嘘つきました、なんて。私は最初から嘘ばかりだ。本当のことなんてほんのひと握りしか言ってない。だから謝る必要もないしそんな泣きそうな顔をすることもないんだと言ってあげたいけど、きっと無理だろう。
あのナイフで切りつけられたらどうなるんだろう。平成に行ってしまうんだろうか。そしたら……あぁ、駄目だ。私は……。
せめて若菜ちゃんの姿はしっかりと見ておこうと、目は開けたままにした。こうしてさっさと諦めてしまうとこが悪いとこだといろんな人に言われ続けてきたけど、あまりそんなに悪い気はしない。

兵助やふみ、ケマトメ先輩に申し訳ないけど。何も挨拶できなかったけど。許してほしい。

黙ってナイフが突き立てられるのを待っていると、視界一杯に黒い影が広がって、結局若菜ちゃんのナイフは刺さらなかった。
意味を持たない驚きの声が口から漏れた。



「何してるんだ」



私に覆いかぶさっていた若菜ちゃんは今、尻餅をついて、呆然とこっちを見ている。ナイフは手から遠く離れたところに飛んでしまったようだ。



「どうして……」



若菜ちゃんが信じられないように黒い影と私を交互に見る。



「兵助……」



ゆっくりと振り向いた黒い影は兵助で、その眼はただまっすぐに私を見ている。



「何、してたんだ」



伸びてきた手が私の腕をぎっちりと掴んだ。



「どうしてこんなところにいるんだ。しかもこいつと。どうして長屋にいないで……」



そこまで言って、兵助は口を閉じた。そのまま少し黙っていたと思ったら、ちらりとだけ若菜ちゃんを見てまた口を開いた。



「まあいい。に話を聞くのは後だ。それより先にこっちを始末しよう。に怪我させようとしてた」

「ちょ、ま、待って!」



そのまま握った苦無で若菜ちゃんへと向かおうとするのを慌てて止めた。



「どうして庇うんだ! はアイツに攻撃されてたんだぞ、敵を庇うな!」

「て、敵って……。若菜ちゃんにも事情があって……」

「そうやって親しげに呼ぶな。事情? そんなの知ったことじゃないだろ。俺からを奪おうとした、それだけで十分だ」

「そんな……」



衣を引いて、辛うじてまだ兵助はそれに甘んじてくれてる。本気を出せば私の静止なんて簡単に振りほどけてしまうのはわかりきったことなのだ。話をする気はあるんだろう。



に早く会いたくて実習をすばやく片付けて、長屋に戻ってきたらがいない。しかも天女もいない。……なぁ、なら今日を選ぶと思ってた。けど、だからこそ長屋にいてほしかった。天女なんかより俺を選んでほしかった。天女のことなんか放っておいて、ただ俺の帰りを待っていてほしかった。それだけだったんだ。それ以上は望んでなかった。いや、本当はもっと望みはあるけど、それでも、それだけだったんだ。なのには本当に天女なんかを守るためにこんなことをして……結果はこうだ。もういいよな、



呟くような声量なのに、しっかりと聞こえてきた。
きっと計画してることはバレてるだろうってのはわかってた。けれども、それでも邪魔が入らないように気は配ってた。
兵助たちが向かった実習も、内容はわからないけど、3日はかかると聞いてた。兵助が日帰りでどうこうと言っていたけど、希望的観測が入ってるのだと思ってた。
なのに兵助はここにいる。実習帰りなのだろう、少し装束が汚れている。



が、天女のことに関して何か隠しているのもわかってた。けどが隠したいのならと思って黙ってた。結局最後に俺の元にいてくれればいいと思ったからだ。でも、もう駄目だ。もう我慢できない。此奴がいる限りは……」

「へ、兵助、待って!」

。どうして何も抵抗しなかったんだ? 黙って刃を受けようとした? 相手は素人だろ、なら遅れをとることもないはずだ」

「それは……油断してたから……」

「違う。天女に甘いからだ。もういいだろ? 天女に構うのはやめるんだ。がわずらわされることはないんだ。だから……俺が消すよ」



まるで私に言い聞かせるように優しく話しているけど、その眼はとても冷たく感じた。



「お願い待って!」



すぐにでも若菜ちゃんに向かおうとする兵助にすがりつくように止める。もう装束を掴むだけじゃ兵助の動きを止められない。



……どうして止めるんだ」

「それは……」



ちらりと若菜ちゃんを見やると、青い顔で震えているようだ。
きっと若菜ちゃんにとっても想定外だったんだろう。



「……私がここにいたのは、若菜ちゃんを元いた場所に帰すため。兵助が心配してるようなことは何一つないの。だから、ここは私に任せて先に戻って休んでて」



疲れたでしょう? と何とか笑って言えば、兵助も笑顔を返してくれた。けど。



「……、やっぱり分からないんだな。そうじゃないんだ。どんな目的があったか、じゃないんだ。俺じゃなくて天女なんかを選んだのが問題なんだ。元いた場所に返す? 必要ないだろ。放っておけばその内いなくなる。わざわざが俺から離れて天女に施すことなんかないんだ」

「けど、若菜ちゃんは……」

「そうやって天女を親しげに呼ぶのも気に食わない。もういいだろ。これは俺の手で消したいんだ。を独占してた報いだ。俺がそうしたいのに、何が悲しくて先越されなきゃならないんだ」



そういって兵助はゆっくりと私の手を離すと、私の持っていた苦無をとった。


「前に、満月の夜話したよな。の手に怪我させてしまった時だけど。あの時は言ってたな。やらなきゃいけないけど、やりたくないことがあるって。その時は俺が代わりにやってあげるって言ったんだ。だから俺がやる」



頬に軽く兵助の唇が触れた。
兵助は溶けるくらいに笑顔だ。どうしてそんなに嬉しそうなんだ。


そして、それからが早かった。
止める暇もなく、兵助は若菜ちゃんに迫って。
暗い夜なのに、はっきりとその赤が見えた。地面に染み込んで、その場所が黒ずむ。
若菜ちゃんが仰向けに倒れてて、ぴくりとも動かない。



「わ、若菜ちゃ……」





首に一閃。
けれど、徐々にその姿が薄くなっていく。
駆け寄ろうとした身体を抱きとめられた。
愛してるなんて耳に直接吹き込まれたけど、それに何て答えればいいのか分からなかった。



「これでもう邪魔されないな」









                  To be continued......




-----------------------------------------
笑える。
次で最後。





              2014/05/04