No/Knows;U

Inganna













一つだけ嘘をついた。先輩と帰るのに、別に刺し合う必要なんてない。私があの男に預けられたナイフで先輩の体に傷さえ付けられればそれでいい。先輩にああ言ったのは、その方が公平だと思ったからだ。年齢退化してトリップしたとはいえ、5年間この時代で過ごしてきたのだし、それなりの愛着もあるだろう。どうやら親友さんもいらっしゃるみたい。この世界を先輩から奪ってしまう代償、と言ったらいいのだろうか。ほんの少しの罪悪感はある。
けどやっぱり、私は先輩に、「馬鹿だなぁ」と笑って言ってほしい。ただ、それだけのため。私の大好きな先輩をくれてなんてやるものか。















































結局昨夜は離してもらえなかった。出来れば最終確認とかしたかったんだけど、仕方ない。
いつもより兵助は荒々しかったし、何というか、こう、眼力がいつもよりすごかった。見つめてると、こちらの思惑を見破られそうなくらい。
ちょっと重い体を寝転して、ぼけーと天井を眺める。ここ数ヶ月で随分見慣れた天井になった。いつも起きるのは大体兵助の方が早いんだけど、今日は私が先に目が覚めたらしい。珍しいな、と思いつつさっきまでは寝顔を眺めてたんだけど、やめた。自分より綺麗な顔(しかも男)なんて、ちょっと傷つく。
確か出発は朝からだと言っていたし、どうせだからそれを見送ろうと思う。確かに出発したという確証も欲しかったし。



「何考えてるんだ?」

「特に何も?」

「俺のこと考えてないの? 俺はいつものこと考えてるけど」

「別に兵助のこと考えてるのって特別なことじゃないから……」



早く用意したほうがいいよ、と声をかけて自分も起き上がった。



「学外実習、早く終わらせてくるから」

「無理しないようにね……だって3日間でしょ?」

「最長で、な。頑張れば1日で終わるよ」

「……無茶しないでよ、頼むから」



きっと兵助には私がいじらしく見えたことだろう。恋人を心配する子って。間違いじゃない。もちろん心配はしてる。怪我なんてして欲しくないし。いや、実習の内容は知らないんだけど。まさか五年生にもなって微温いもののはずがないことだけは見当つく。
けど、無茶も無理もしてほしくないのは、別の理由。1日で帰ってこられたらまずい可能性がある。



「いままであまり会えてなかったからかな、少しでも離れていたくなくて。昼も夜もずっと一緒にいたい」

「……それは」



仕方ないのだ。若菜ちゃんには悪い、って思ってる。もちろん。忘れたわけじゃない。だって私だって帰りたかったのだから。けど、関わって、関わりすぎてしまったから。もう私はこの世界で生きていくと決めたのだから。どうしても、そう決めたから。
若菜ちゃんが大人しく帰っってくれれば、きっと。きっと前みたいに穏やかな日々に戻れるはずだ。兵助もふみも他のみんなも笑い続けられる日が戻ってくるはず。

だから笑って兵助を見送った。
私がやることは間違ってなんかいない。









































「若菜ちゃん、準備はいい?」



満月だ。忍者ならば避けるべき光源だけど、若菜ちゃんにはこれでも十分暗いだろう。
ふみが深く寝静まるまで、そんなに待たずに済んだ。昼の実技でかなり扱いたから、きっと疲れ果てたのだと思う。それに自主練にも付き合わせたし。
とにかくふみを疲れさせた。それ以外はいつもの日常を送ったつもりだ。



「大丈夫です」



若菜ちゃんに与えられた部屋は、もちろん片付けられていない。整頓された部屋を誰かに見られて勘付かれるわけにはいかなかった。



「とりあえず、出て。あぁ、それは畳まなくていい。『天女様はある日忽然と姿を消しました。それは誰にも予測できなかったことなのです。天女様自身にも』っていう設定で行くから」

「そうなんですか。でもお世話になったのに片付けもしないなんて……」

「……誰かがやるよ。さ、行こう。時間が惜しい。あ、なるだけ音立てないように、静かにね」



まず第一の関門は、小松田さんだ。まぁ、茶にかなり強い眠り薬入れてるから、今頃ぐっすりだろう。先生方には絶対に使えない手だ。小松田さんだからこそ、使えるのだ。
巡回の先生とはさっき挨拶して、今はこことはちょうど対極のところにいるはずだ。
つまり、いまここはフリーなのだ。若菜ちゃんがここに来た当初は一日中監視の目があったが、今はそうでもない。もともと、ここにさく人員に余裕などなかったのだ。セルフで六年生がやってる時もあったみたいだけど。今日はいない。これも確認済みである。
何だかここまでくると「なんかやれ」と誘導されてるような気がするが、しかしここしかないのだ。罠だろうがなんだろうが、やるしかない。たった一瞬だ。たった一瞬で終わる。刺すだけだ。やれる。やらなくちゃいけない。



「……だれにも会いませんでしたね」



少しだけ息の上がった若菜ちゃんが首を傾げている。
ここまでは順調だ。順調すぎて怖いくらいだ。



「まぁ、ね。極力そういうの避けてきてるし……運がいいのかもね……」



藪を漕いで奥のほうに入っていく。かき分けて前に進んで、充分に生い茂っているところで足を止めた。



「ここら辺でいいかな。見通し悪くて、周りに背の高い木もない……。見つかりにくいでしょ、ここなら」



くるりと振り返る。若菜ちゃんの髪に葉っぱがついている。



「早く済ませよう。見つかったら面倒だし」



そう言うと、若菜ちゃんが大事そうに持っていたナイフを出した。



「え、っと……先輩は……」

「これでいいかな」




苦無を取り出すと、若菜ちゃんは少し考えるように黙ってから、頷いた。



「構いません。何でもいいんです」



じゃあ、やりましょうか。
そう言って距離が近くなる。



「腕、あたりですかね? あまり痛くないようにしないと……」

「そうだね」



早くしないと、夜が明けてしまう。
若菜ちゃんを返して、朝日が昇る前に部屋に戻らなくてはならない。もしかしたら兵助達が帰ってきてしまうかもしれないのだ。あまり面倒なことにはなってほしくない。

左手で、軽く肩を抑えた。
刺す。これから、後輩を、刺す。
駄目だ。気がおかしくなりそうだ。いやに心臓が暴れている気がする。駄目だ。しっかりしないと。若菜ちゃんを返さないといけないんだ。私がやらないと、殺されてしまう。



「じゃあ、やりましょう。いち、にぃ、の」



右手に力を込めた。
さん、を言う前に手を動かす。騙し討ちみたいで申し訳ないけど、私は刺されるわけにはいかなかった。
若菜ちゃんの口が、さんを言う前に、刺そうとした。なのに、若菜ちゃんはそれよりも早く、私の体を力いっぱい押して、倒す。見事に私は地面に背中から着地した。辛うじて受身は取れたけど、どういうことなのかがよくわからない。



「ごめんなさい、先輩」



若菜ちゃんは月を背にして、震えた声で言う。



「嘘ついちゃいました」



泣きそうなのに、顔は笑っていて、右手をおおきく振りかぶっていた。








To be continued......






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更新してなさすぎて笑える。







            2013/12/31