No/Knows;U

Il palcoscenico













若菜ちゃんに対する視線があまりいいものじゃなかった。特に、兵助やふみ達の纏う雰囲気が酷い。
私に内緒だと言って、皆が集まって話すようになってから顕著だった。

本格的に、天女に帰ってもらおうという排除運動が始まるな、と思った。
殺されることはないだろうけど、でもやっぱり後輩には辛い思いをして帰ってほしくない。だから、まずは若菜ちゃんが目を付けられてしまった一番の理由に対処することにした。
つまり、私が『19歳の』と同一人物であるという事実を認める、ということだ。



「……何で、早く言ってくれなかったんですか!! 絶対そうだとは思ってたんですけど、でも先輩があまりにも厳しい顔で否定するから自信なくなっちゃってきてたんですよ、もう!」

「だって、私はもうこの時代に馴染んで生活してるんだもの。それに、間者だと疑われたくなかったし……」

「でも、よかったです。先輩がようやっと認めてくれて……。これで私も帰れます……!」



先輩、さっさとこんなところ、帰りましょう?
涙ぐんだ後輩が安堵したように言ってくる。私はそれに首を横に振った。



「え……?」

「帰らないよ。さぁ、若菜ちゃん。金輪際人の前で『先輩』について触れてはダメ。嫌われてる、とは言わないけれど……若干名に疎まれてはいるんだから、ね? 痛い思いしたくないでしょう?」

「い、痛い思い……?」

「何されるかは……わからないけど。ここは忍者の学校だし、時代は室町なんだよ? 平成の理が通じるわけないの」

「それは、わかってるつもりです」

「そう。じゃあ、早いとこ自分のいるべき時代に帰りなさい」

「先輩も……! 私は先輩を連れ戻しに来たのに!!」

「私はここが生きる場所だと、決めたから」



ごめんね、とは心の中で呟いた。
もう、今から平成に戻ったとしても、前と同じように生活なんて出来ない。私の手は既に、汚れている。それでも気が狂わないのは、兵助やふみ達、ケマトメ先輩達がいるからなんだと思う。



「どうすれば帰れるの? 出来るだけ早いほうがいい。色々裏で計画立てられてるから……若菜ちゃん、ここから追い出されたら、それこそお終いでしょう」

「何で先輩、そんな意地悪言うんですか!! ……先輩のお母さんやお父さん、友達だってみんな心配してるんです!! 先輩はそんな人たちみんなを見捨てるつもりですか!!」

「っ! そ、れは……」

「聞きましたよ。先輩のお母さん、先輩のことが心配で、ついには体調を崩されたそうですよ。病院でも、お見舞いにいらした人に先輩の行方を訪ねてるらしいです」



悲鳴を上げそうだった。心臓を刺されて、グリグリと捻られているような……血が吹き出している。
それは、ずっと思ってたことだ。そんなこと、言われなくてもわかってる。娘が失踪して平気でいるような親ではなかった。わかってる。けど、それでも。



「わ、私は、『』は死んだの。死体でもあればよかったのかな……母さん達には申し訳ないけど、7年待ってもらうよ」



もう決めてしまったのだ。私はここで生きていくと。



「……今更平成に戻っても、私はもう、あの人たちの娘として暮らせないよ。もう5年生だもの」

「先輩?」

「……とにかく、私は平成にはいかない。若菜ちゃんだけ早く帰りなさい。それだけ言いたかったの。……おやすみなさい」



言い逃げだとは思ったけど、これ以上部屋に居られなかった。若菜ちゃんと話せなかった。引きちぎれそうだ。誰も助けてなんかくれない。
廊下を駆け抜けて、自室に戻る。ふみはいなかった。
助かったような、そうじゃないような。

今は、きっと誰かに縋りたかったんだ。















































「……鍛錬、ですか?」

か。夜に出てるなんて珍しいな。お前はいつも夜は寝るもんだと忍者に或まじきこと言ってただろ」

「……最近兵助もふみも内緒話してるので、ケマトメ先輩のところに行こうかな、と思いまして」

「……あぁ」

「この間、清水さんからお手紙が来たんですよ。いつも通り、こちらの安否を気遣ってから……そうそう、子供はあと2月くらいで生まれるそうです」

「そうか。弟か妹か楽しみだな」

「……そうですね。ね、ケマトメ先輩」

「何だよ」



忍術学園一の武闘派であるケマトメ先輩は夜の鍛錬を欠かさず行なっている。場所はいつも同じところだ。案の定、行ってみればそこにいた。



「血は繋がっていないですけど、私、あの家に帰ればあの人たちを父さん母さんって呼びます。本当の親じゃないのに。これっておかしいですか?」

「おかしくねーよ。お前らは家族だからな」

「そうですよねぇ」

「一体どうしたんだ? また天女絡みか」



流石ケマトメ先輩、なのか、流石六年生、なのか迷うが、とにかく凄いことに変わりはない。



「まぁ遠からず、って感じです。あの子は悪くないんですけど……全く、正しいことしか言ってません」

「……正しい、だと。どういうことだ?」

「どうもこうも、ピンポイントに心の弱っちい所を串刺しにされました。もう、抵抗すら出来ませんでしたねぇ。まさかそう来るとは、って感じです。予想してなかったわけじゃないんですが、そこまで頭回らないんじゃないかな、って油断してたせいです」

「意味がわからん」

「気にせず。つまり、天女サマはもうすぐお帰りになられるってだけです。さっさと帰っていただきます。これ以上は私が持ちません」



父さん母さん、ごめんなさい。せっかく大学まで行かせてもらったのに、こんな結果になって。親不孝もいいところです。家の将来は弟に任せます。いや、最初からあいつにしか任されてませんが。
どうかあまり弟を甘やかさないように。

まぁ、届きませんが。



ケマトメ先輩と別れて、長屋の廊下を適当に歩く。



「……だから…………」

「俺とふみで……天女が……」

「兵助が……実行……いいか?」

「……絶対に……」

「あぁ、だけには知られるな。天女を殺すなんて、知られたら絶交ものだからな」



前方に明かりの漏れている部屋があった。足跡と気配を消して近づく。中には兵助達が集まっているらしい。
聞こえた言葉に、固まった。

まさか。

急いでその場から立ち去った。気づかれてはいないらしい。


兵助たちが、まさか。
確かに、若菜ちゃんに対して良くない感情を持ってるのはもちろんわかってた。それは、私が曖昧だったせいもあるんだろう。
殺そうとしてるだなんて。流石にそんなことはしないだろうと、思ってたのに。


……決行はいつだ。阻止は無理だ。あんな人数を撒ける実力はない。他の誰かの手を借りるという手もあるけれど、あまり望めないだろう。

まさか。まさかまさか!
何で、そんなとこまで行ってしまったのだろう。どうして誰も止めないのだろう。



ここは、室町だ。
平成の理が通じない時代。

ある程度の実力行使が許されている。
ここはそんな時代だ。


私が一番分かっていないじゃないか。









                           To be continued......






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後、2、3話ってところです。
ようやっと次、この連載を始めたかった理由になるシーンの1つが書けます。
楽しみです。







                              2011/10/07