の高くて耳に心地いい声が聞こえた。あぁ、やっと来たんだな、と思ってつい顔がほころぶ。
ちょうどいい時間だし、このまま食堂で駄弁って夕飯も食べようと思う。
ただ、足音が一人分余計についてきた。
「、それ、どういうこと?」
の持っている小袖の内の一枚を纏っているのは、さっきも見た不審な女。学園内じゃこの女を天女だなんだと呼んでいるようで、さっきも下級生がそう言って噂していた。
問いかけると、は後ろの女を隠そうとするように前に半歩出た。じっと女を観察してみる。ダメだ。絶対相容れない。その気もないが。
「彼女、飯塚若菜さん。こことは文明の違うところからやってきたらしく、帰るまで学園で保護することになって。その間の世話役が、私」
「何でがそんなことするんだ」
「くじ引きで決まったから」
ギリ、と歯ぎしりしてた。何でそんな、何でも無いように軽々と言うんだ。お前がそいつに拘束されるってことだろ。なんで。
「初めまして、飯塚若菜です。しばらくの間お世話になります」
が監視もするからなのかもしれないが、果てしなく邪魔だ。早くどっかいけ。むしろもういなくなれ。
俺だけじゃなくて、誰も声ひとつ出さない。三郎と勘右衛門は特に、厳しい目で見ている。いや、俺も自覚してるけど。
見かねたらしいがため息をついた。
「……せっかくだから、さっき言ってた仕事について説明しましょうか。どうぞ、座ってください」
「先輩、敬語なんて使わなくていいんですよ?」
気味が悪かった。ハチが首を傾げて問いかけて、その答えにもっと気持ち悪くなった。
「あぁ、彼女、私を同姓同名の『』さんだと勘違いしてるみたいで。もう好きにさせようと」
「勘違いじゃないです! 先輩は間違いなく私の尊敬する先輩なんです! 例え先輩がどういうわけか年齢が合わなくたって」
「年齢?」
「彼女の言う『』さんは今19歳らしいよ」
そんな馬鹿みたいな話に、まさか誰もが信用するとでも思っているのか、厚かましいにも程がある。
そしてそれを許容しているが信じられない。やっぱり何かしらの術にかかっているんだろうか。それにしては目はまっすぐなんだけど。
一体どこの誰と勘違いしてるんだか知らないが、そんな理由で俺からを取るな。
「じゃあ、じゃないだろ」
自分でも低い声が出たと思う。隣からくすりと小さく笑う声が聞こえて、無理やり左手を握ってやった。抵抗はもちろんされない。
「いいえ。大方、こちらに来たときに何らかの要因で年齢が退行してしまったんでしょう。有り得ない話じゃないです。そうですよね、先輩!」
「十分有り得ない話だと思いますよ。つまり、若菜ちゃんは私の身体が縮んだと言いたいんですよね。……物語でも書いてみたらどうですか? 中々面白い設定だと思いますよ」
「……そうやって躱していくつもりですか? 無駄ですよ。絶対に動かぬ証拠を提示して、認めてもらいますから」
が何か隠しているだろう、って言うのは付き合う前から感じていたことだったけど、それが一体どういうことなのかは見当もついてなかった。けど、今、少しだけそれが見えた気がした。
いきなり現れた女が簡単にそれを口にしたことに対する苛立ちと、今いるを認めないような発言に腹が立った。
「ちょっと、いい加減に……」
立ち上がりかけたのを、繋いだ手に止められた。そして、はくの一らしい笑顔を天女に向けた。
「例えば?」
「先輩がこの世界に来て、最大14年ですよね。でも先輩は平成で19年生きてきたんです。長く生きてきた先の習慣や癖なんてそう簡単には抜けないですよね」
「……それは楽しみですね。頑張ってください」
「随分余裕ですね」
「余裕、って……別にそんなつもりじゃないですけど。まぁ、どうぞ好きになさればいいと思います。満足いくまで」
「……わかりました。先輩がそういうつもりなら、今日は引きましょう。けど、一つだけ。私を天女だと例えられていらっしゃるなら、帰るための羽衣は『先輩』、なんですよ」
は何か焦っている。
あまり聞かない敬語にそう思うのか。ただこの敬語も少し雰囲気がおかしい。
きっともこの天女をあまり歓迎していないんだろう。俺が思うのとは別の理由で。そう、触れて欲しくない部分に触れられないように。
天女は席を立った。
「戻ります」
「お一人で大丈夫ですか?」
「道は覚えてますから、大丈夫です」
そうして食堂から出ていった。がため息をつく。
ずっと、俺が隣にいるのに、は目の前の天女のことばかり。一欠片も俺を見なかった。
「気に入らない」
「、随分と優しい態度だったじゃない。あんな、を否定するようなこと言われて……」
「天女様、こちらに来たばかりで混乱してるんでしょ。寂しくてついつい似てるらしい私に重ねてるだけじゃない?」
気になるのは、があんなに天女に親切だったことと、天女がこぼした「羽衣」についてだ。
あの女を消すにはそれが必要らしい。
「はだからな」
「大丈夫。分かってるよ」
「それならいいんだ」
まぁ、いい。が俺の気持ちの全部を分かっていないのなんて今に始まったことじゃないし、それに対して特に不満はない。
何と言おうが、は俺のものだし、誰にもそれは邪魔させない。が羽衣だとしても、もうそれは天女の元には戻らない。だって俺のだし。
いい。最終的には、そうだな、物理的にお帰り願えばいいだろう。
の髪を結んでいる、俺の髪紐に少しだけ気持ちが戻ってきた。何だかこれだけで俺のものだと主張できてる気がすると同時に、足りないな、とも思った。
END
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久々知の「好き」と主人公の「好き」ってめっちゃ差がある。ありすぎて引くくらい。
どうでもいいんだけど、他の5年や御園さんは兵助君が病んでるって知ってるけど、主人公だけは全く気づいてないです。
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