今日はとても幸運だ、と思ってた。まず、の夢を見て起きた。それだけで朝からすこぶる調子がいい。次、授業中、窓から実技中のが見えた。相変わらずの身のこなし・くのたま一の武闘派だな、と思う。休み時間に廊下を歩いていれば、資料を運んでるに会った。盛大に散蒔いたプリントの片付けを手伝ったのだけど、恥ずかしそうに俯くは本当に可愛い。あぁ、もう。こんなに俺の気持ちを大きくさせて、一体どうしたいんだ、って詰め寄りたい。好きでしょうがない。
で、極めつけは、昼食だ。偶然にも時間が合って、と一緒になった。
どうやらは些細な不幸に見舞われていたらしく、少し気を落としていたけど、それも可愛いって思うのは贔屓目なんだろうか。いや、俺の目だけに可愛いって映っていればいいのか。
が天ぷらうどん(野菜のかき揚げが一番好きらしい)を食べているちょうどその時だった。するりとの髪が解けた。髪紐が切れてしまったようだった。
「あらら……髪紐切れちゃったの?」
「もう、本当にヤダ……私が何したってんだよ……」
やさぐれたようにが呟く。
そんなももちろん好きだが、それ以上に、髪を下ろしたを人目に晒したくない。は髪を下ろしたら、雰囲気が柔らかくなって、色気が増す。いつも夜にドキドキしてさえいるのに、それを他の奴らに見せたくない。俺のなのに。
「寿命かなぁ……」
「ずっとそれ使ってるわよね」
はとても物を大切にする。確か切れてしまった髪紐はお世話になっている夫婦にお祝いとしてもらったものだったとか。深い青の髪紐。の手に横たわっているのは、使い込んでもう、色も少し褪せてしまっているけど。
邪魔そうに髪を後ろに流したとき、使っているせっけんの匂いだろうか、甘い香りがした。あぁ、ダメだ。今日もを部屋に連れ込もう。勘右衛門には悪いけど。
それと同時に、懐に入れていた存在に気付いた。
「、これ使って」
机の上に出しっぱなしにしてて、片付けようと思って手に取ったとき、ちょうど急かされてそのまま懐に入れておいた農紅の髪紐。女装用だけど。
「兵助?」
首を傾げてその髪紐を見るに、少しだけ笑う声が溢れた。
「俺ので申し訳ないけど、これ結構丈夫だから……安心して使って」
「ありがと……」
はにかむに、胸が熱くなる。その髪紐でさっそくは髪を結う。紅もよく似合う。あぁ、そうだ。
「授業終わったら、門のところで待ち合わせでいい?」
「え?」
「髪紐買いに行くんだろ? 俺に選ばせて」
「え、でも」
「いいだろ?」
に髪紐を贈って、そしたらはきっと、ずっとそれを使ってくれる。打算しかないけど、でも、が好きだから。
「も、もちろんです」
「よかった」
顔を赤くして、声が震えている。気づいたんだけど、はとても押しに弱い。
このままずっとを見ていたいけど、残念ながらもう時間が迫っている。
「じゃあ、後でな」
そう言って食堂を後にした。
「兵助ー、顔、ニヤけてる」
「ちゃんと出かけるの、久しぶりだもんね?」
「あーもー! 俺も彼女欲しいぜチクショウ……」
⇔
待ち合わせの門に着いた時、やっぱりまだはいなかった。少し早く終わったから、それでも気持ちが急いて、急いでしまった。
小松田さんに、外出届を渡す。
「久々知君、おでかけ?」
「はい、と」
「そっかー、いいなー。仲いいもんね」
「ありがとうございます」
事務員にも俺たちのことが知られているのは正直嬉しい。その内、俺=になればいいのに。
そうやって小松田さんと話していると、がやってきた。歩いてきてたのを、俺を見つけて駆け足になるに愛しさしか感じない。
「おまたせ」
「いや。じゃあ、行こっか」
がサインをしようとして、何故かいきなり耳を塞いだ。そして、グラウンドの方から騒がしい声がした。
何だか嫌な予感がする。と顔を見合わせた。
「……兵助」
の目が、如実に「気になる」と物語っていた。本当は、無視してしまいたい。が、仕方ない。
「……あぁ、行ってみようか」
そう言うと、は走り出した。あぁ、嫌だ。行きたくない。あのままを連れて町に行きたかった。
実際、そうすべきだったのだ。
グラウンド上空から、人が落ちてくるという、信じられない光景が目に入る。どうせ録な事にならない。そもそも、あんな高いところから人が落ちてくるなんて有り得ない。
そう思う人ばかりで、誰も近寄ろうとしない。当たり前だ。あんな怪しい人物、易易と近づくわけない。
だが、だけは違った。持ち前のお人好しで、あの不審人物を受け止めようと走り出した。
「!! 迂闊に近づくな!!」
無意識だったようで、は俺の声にようやく止まったが、もう落下予測点の真下だった。落ちてくる人はものすごい速度で、いくらでも受け止められないだろう。いや、受け止めて欲しいわけじゃないが。
とにかく、に怪我はさせられない。呆然と上を見上げているの腕を引いた。
「ここから離れるんだ」
「でも」
「不審人物だぞ!」
戸惑うに歯がゆくなる。そんなやつ、ほっといてほしい。が気にかけることじゃない!
地面に激突するであろう、というところで、またもや信じられないことが起こった。まるで受け止めてもらおうとでも言うように、速度が弱まった。まるで紙が落ちてくるかのようだ。
「……天女、か……?」
集団のどこからか声がした。同時に警戒が強まる。声を出したのは、その高さから下級生だろう。
こんなのが天女? 馬鹿じゃないのか。
目視できるところまで来て、不信感が増す。まず、着ている着物だ。見たことがない。
の息を呑む音が聞こえた。そのままは手を伸ばした。いけない、とその腕を押さえようとする。けれど、抵抗される。全ては遅く、は受け止めてしまった。
重かったようで、地面に膝をついた。
「、もういいだろ。あとは先生方に任せるんだ」
騒がしくなる。遠くに山田先生の声が聞こえて、を促した。
嫌な予感しかしない。
身体を引いて、来た道をもどる。その間、は何の反応も示さず、ただ呆然と空を見ていた。こんな様子、前にも見たことがある。そう、幻術師の技にかかった人のような。
もし、もしあの不審な女が天女ではなくとも、怪しい術を使うようなやつだったら。もしかしてはそれにかかっている可能性は。
やっぱり、無理にでも町に行けばよかった。そうすれば巻き込ませなかったのに。
きっとはアレと深く関わろうとする。
そうなったら、俺は……。
END
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兵助は少し主人公馬鹿が入ってる。恋は盲目って言うけれど。
主人公手に入れて、少しは収まっていたんですけど、ね。残念です。
ヤンデレへの道を着実に歩んでます。元々片足突っ込んでたし。
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