何でコイツ俺のとこに来てんの、って思ってもいいはずだ。
当然のように障子を拳で叩いて(穴開くからやめろって言ってんのに)返事する前に入ってきて、嬉々として両手に抱えた算術帳を差し出してきた。もう五年の付き合いだ。何を言われるのかなんてもちろん分かりきっている。そしての口から出てきた言葉は寸分違わず、進歩ねーな、と思ったのだ。
「お前が俺の部屋でなんかやったら、俺にやらせてお前はそこらへんで転がって本を読むとかでサボるだろう。……そうだな、人の目があった方がお前も真面目にやるだろう。食堂行くぞ」
諦めてそう言えば、失礼な、と口ばかりは立派に返してくる。
「兄が妹の宿題を手伝うって凄くいいシチュエーションだと思います。何ていうか、微笑ましいですよね!!」
「その兄ばかりが苦労するがな!! ほら、きびきび歩け!!」
部屋にいた伊作(薬調合中)に声をかけて、机の上にあったものさしを借りた。伊作は今、どうやら佳境らしく、生返事だった。食堂にいることを紙に残しておいたほうがいいだろう。
「俺が教えるのは構わないんだがな。……久々知に教えてもらわなくていいのか?」
さっきからずっと思っていた。普通、ここは真っ先に久々知のところに行くべきじゃないのか。ていうか行けよ。お前ら付き合ってるんじゃねーの?
「……兵助にですか? でもこの課題内容、相当難しいですよ。私、全然解答の糸口さえ見つかりませんでした。だから最初から先輩にお願いしたんです」
うわっ。久々知が来たら絶対退散しよう。そう決意した。
はいつもそうだった。忍たまに興味がないからなのか、忍たまの情報にものすごく疎い。せめて恋人のことくらい把握しておいたらどうなんだ、と説教したくなる。
あー本当に嫌だ。ただでさえ俺、久々知に目ぇ付けられてんのに。これ以上はまさかの土井先生状態だぞ(胃痛)。
「で、どれがわかんないんだ?」
差し出された課題を捲り、まぁ、どうせこの最後の問題あたりだろう、と検討をつけた。これなら、夕飯前に片付けられそうだ。あぁそうだ。これが終わったら駄賃がわりに委員会に顔出させよう。あぁ、それがいい。
「全部です」
耳がおかしくなったのかもしれない。
「は? でもこの問一は三年で習うだろ」
「全部です」
「……お前、まさか……」
いや、そんなはずは……ないと言い切れるか? こいつの成績の詳しいところなんて知らない。聞きもしなかった。だって、これはくのたまの課題の一環なんだろ? いつものように忍たまを巻き込んだ。あ、そうか。きっとそうだ。自分では分かるけど、教えてもらわないといけないからわざとそう言ってるのか! ……なわけあるか!!
こいつのこの顔! そんなことは考えてない。というか、分からないってのが本音なんだろう。、てめぇ、算術苦手にしたな……!
「……お前は座学が好きだと聞いていたし、実践形式が苦手だと言っていたから俺はお前に体術やら何やらを教えていたんだが……?」
「はい。おかげで同級のくのたまになら余裕で勝てますよ。流石武闘派!!」
「……お前な……」
知ってるさ。俺の耳にだって入る。くのたま一の武闘派だって。もちろん俺からしてみれば誇らしい。これに関しては弟子みたいなもんだ。は俺にとっての妹で弟子で……。
「……あー……その、座学は、好きです。術を使った応用なんかは得意ですよ。けど、算術はだめです。いっつも赤点で……まぁ、その、嫌いではないんですが。好きと得意は比例しないんですね」
「先に言え!!」
思わず、持ってきていたものさしで頭を叩いてしまった。あぁやっぱり。持ってきてよかった! なんかすっげーあの時机の上にあったものさしが気になったんだよな……こういうことだったのか!
「座れ」
「あ、あの……ケマトメ先輩?」
「座れ。そして筆の用意だ」
「は、はい!」
「いいか。五年の習う範囲までで考えりゃあ、お前が習ってないと言えるのは最後の三問だけだ。これは俺がやってやる。だが後の残りは既に習ってるはずだ。お前の力でやれ、いいな?」
「あ、あの……」
「いいな?!」
「はい!!」
ぱしーん、とものさしを机に叩きつけると、は背筋を伸ばした。そうだ。それが人にものを教わる態度として正しいんだよ。
……あいにく俺はは組なので、最後の三問に、教科書を見ながらやることになったのだが、まぁ、それはいいだろう。
先に終わらせて、その後はの監督に徹した。
「せ、先輩……そろばんは使わないんですか……?」
「馬鹿か。実際の忍務に出た時にいちいちそろばんなんかはじかねーよ! 暗算に決まってるだろ暗算!!」
ぱしん! の頭にものさしが落ちる。まぁ、叩いたとも言う。
泣き言を言うたびにものさしで矯正してると、目に涙を溜める様になった。自業自得だ馬鹿。
「あれ、。部屋に帰ってこないと思ったらここにいたの? 宿題教えてもらおうと思ってたのに」
そんな声がして、最近がよくつるんでいるメンバーがやってきた。久々知はいない。
俺との様子を見て、顔を引きつらせた。
「……。アンタ……泣いてんの……?」
「ぅえ……だ、だって……先輩が……」
「こいつの自業自得だ。苦手な科目を克服しようとしなかったこいつが悪い」
そう言ってやれば、の友人の子は納得したように頷いた。それからまたの泣き言が始まったが、録に相手にされていない。いいから課題やれ。
どうやら久々知がいないのは、委員会らしい。本当に、真面目なやつだな。感心する。のことさえなければ手放しで褒めてやれるのに……やっぱりあいつ俺のこと嫌いなのかもしれないな……。
「!」
ちょっと遠い目をして思いを馳せていたら、久々知がやってきた。さて、そろそろ退散準備するか……。
「、一体どうしたんだ? ……食満先輩も何だか……その……」
「いいぞ、別に。恐ろしい形相していると言って。俺も自覚してるから、なっ」
珍しい。久々知が俺に遠慮しているようだ。まぁ、俺の形相のせいだろうが……。
「一体何をしてるんですか……?」
「の課題を見てるんだよ。こいつのできなさに軽く絶望した」
「あぁ……算術の問題ですか。、苦手ですからね」
「あぁ? 苦手? そんなレベルじゃねーぞ」
「まぁ、人間、どうしても出来ないものくらい、しょうがないですよ」
そう言って久々知はの頭をやさしーく撫でる。多分そこ、たんこぶ出来てるからあまり触ってやらないほうがいいと思う、が。原因は俺なので言わないでおく。
「それに、何も泣くまで叩かなくてもいいじゃないですか」
「違ーよ、なぁ?」
じろりと見ると、は肩をびくつかせた。どうでもよくないが、久々知は贔屓すぎる。甘やかすと録なことないんだからな、ガチで。
「……は、はい。もちろんです。私自身の不甲斐なさに涙してるんです……」
「ほらな」
あ、やばい。そろそろ久々知に睨まれる。本当、触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだ。
「まぁ、さっさと夕食を食っちまえ。俺はこの後委員会の用事があるから、後は別のヤツに見てもらえ」
「……はい……ありがとうございました……」
解放された、とまっさきに思った。どうせこの後、俺がいなくなったら宿題を交換するんだろう。そんなもんだ。
まぁ、まっさきに俺を頼ったには久々知から……まぁ、なぁ。
俺、しーらね。
あーでも、久々知はに甘いからな……。後で、食堂にいた仙蔵が教えてくれたのだが、思う存分イチャついてたらしい。
END
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