高校3年の夏、センター試験に向けての勉強真っ最中の時期、舞い込んできた事件に耳を疑った。私が一年生の頃、所属していた部局の局長が行方不明になった・というものだった。
その先輩は、地元を離れ、地方の大学に進学していた。
ニュースで流れる、先輩の情報や居なくなってしまう前までの先輩の行動などを聞いても、現実味が全く湧かない。大体、身近な人がそういった事件に巻き込まれるだなんて……想像なんてしないじゃない。けど、これは事実で。
私は、先輩を尊敬している。進学校だけど、先輩は普通科だったし、その中でも特に成績が上位であるわけでもなかった。けれど、ものすごく色々なことを知っていたし、本をたくさん読んでいた。何より、変人ばかりが集まるといわれていたあの部局を、あの濃いキャラのメンバーをまとめあげていた。まぁ先輩が普通の人間だったかどうかは置いといて。とにかく、リーダーシップは持っていたし、あの先輩の元で活動するのは安定していた。先生方からの信頼もあったし。
私が目指している大学は、先輩が進学したところだ。先輩のいるところに行きたかった。今度は高校よりも1年だけだけど長く一緒にいられることになる。でもその先輩が行方不明なら無意味だ。価値がない。
ただ、会いたい。会いたかった。もう一度先輩に、「馬鹿だなぁ」と言って笑ってほしい。
ただそれだけだった。
だから、目の前に現れた、神様だと名乗る不審な男の誘いに乗ったのだ。
先輩を取り戻すために。私はこの選択が正しいと信じて疑わない。
⇔
相変わらず暑い日が続いていたが、今日は少し涼しかった。納涼でスイカを食べたいな、だなんて呑気なことを授業中に考えていた。そしたら、ばちが当たったのか、どっさりと宿題を出されたのだ。個々人で違うヤツ。もちろん、私は図ったように数学系のものばかり。中身は阿保みたいに難しい。と、言うのも、六年生もしくはそれに準ずる実力を持つ人(先生は除く)に助けてもらう、というのが条件だからだ。
正直、それを聞いて楽勝だと思った。そして、宿題を出されたその足で真っ直ぐ行ったのだ。
ケマトメ先輩の部屋に。しかし、
「お前が俺の部屋でなんかやったら、俺にやらせてお前はそこらへんで転がって本を読むとかでサボるだろう。……そうだな、人の目があった方がお前も真面目にやるだろう。食堂行くぞ」
と、言われた。本当に失礼な人だ。私を自堕落な人間だと言ってやがる。まぁ、先輩が言ったことを全否定はしないけど。過去の自分の行いを振り返って、少しだけ反省した。改めるつもりもないんだけど。
「兄が妹の宿題を手伝うって凄くいいシチュエーションだと思います。何ていうか、微笑ましいですよね!!」
「その兄ばかりが苦労するがな!! ほら、きびきび歩け!!」
部屋を出るとき、ケマトメ先輩は迷うことなく机の上にあったものさしを手にとった。悪い予感しかしない。けど、本当に、ここで頼るべきはケマトメ先輩しか思い浮かばなかったのだ。善法寺先輩は不運と呼ばれていて、まともに教えていただけるか不安だったし。他の六年の忍たまには知り合いはいない。同級のくのたまはそれでも特攻かけてるけど。
「俺が教えるのは構わないんだがな。……久々知に教えてもらわなくていいのか?」
「……兵助にですか? でもこの課題内容、相当難しいですよ。私、全然解答の糸口さえ見つかりませんでした。だから最初から先輩にお願いしたんです」
いくら『は組』と言えども、ケマトメ先輩は六年なのだ。間違ってもほかの学年の『は組』とは訳が違う。
食堂で適当な席に向かい合って座る。周りには、ゆっくりと茶を飲む生徒が数人。夕食にはまだ早いので、人が少ない。
先輩に出された課題を差し出す。
「で、どれがわかんないんだ?」
「全部です」
「は? でもこの問一は三年で習うだろ」
「全部です」
「……お前、まさか……」
ぶるぶる震えているケマトメ先輩に、冷や汗が流れる。
「……お前は座学が好きだと聞いていたし、実践形式が苦手だと言っていたから俺はお前に体術やら何やらを教えていたんだが……?」
「はい。おかげで同級のくのたまになら余裕で勝てますよ。流石武闘派!!」
「……お前な……」
「……あー……その、座学は、好きです。術を使った応用なんかは得意ですよ。けど、算術はだめです。いっつも赤点で……まぁ、その、嫌いではないんですが。好きと得意は比例しないんですね」
「先に言え!!」
ばしん! と持っていたものさしで頭を叩かれた。
それからは、もう地獄だった。私は、頼る人間を間違えた。
「せ、先輩……そろばんは使わないんですか……?」
「馬鹿か。実際の忍務に出た時にいちいちそろばんなんかはじかねーよ! 暗算に決まってるだろ暗算!!」
まぁ、私、そろばんも得意じゃないんだけどね!! でもそれを言ったらもっと怒られそうだから言わないでおく。
そうして、ものさしでばしばし頭を叩かれながらも、私の課題は進められていった。それは、夕食の時間帯になっても終わらずに続いた。
夕食にやってきた生徒や先生方に奇っ怪なものでも見るような目で見られたが、そんなことを気にしてる場合ではなかった。ケマトメ先輩が鬼のような形相で私の横に立っているからだ。
先輩曰く、まだ私が習っていない問題は最後の三問だけらしく、それ以外は実力で出来るはずとのこと。その三問だけ先にケマトメ先輩がやってしまい、残りはケマトメ監修の元、私が泣きながら筆を動かしているのだ。
冗談じゃない。本当に、泣いている。涙が目尻に溜まってるのがわかる。この涙は、何回も頭を叩かれたことによる痛みが大部分だ。
「あれ、。部屋に帰ってこないと思ったらここにいたの?」
宿題教えてもらおうと思ってたのに。そう言いながら、いつものメンバーがやってきた。もうそんな時間になったのか、と思いつつ久方振りに頭をあげた。その途端、皆がギョ、っとして固まった。
「……。アンタ……泣いてんの……?」
「ぅえ……だ、だって……先輩が……」
「こいつの自業自得だ。苦手な科目を克服しようとしなかったこいつが悪い」
ふみが私の手元を見て、あぁ、と納得して頷いた。
「ご愁傷さま」
「た、助けてくれないの!!」
「いやーこれは……が悪いでしょ」
誰も助けてくれない。目が合った途端、逸らされる。まぁ、気持ちは分かる。隣に鬼の形相をしたケマトメ先輩がいるんだもん。私だって見られない。
「……あれ? 兵助は?」
「委員会で、焔硝蔵にまだいるんじゃないかな? もうそろそろ来ると思う……あぁ、ほら」
「―― 」
勘ちゃんが教えてくれている時、ちょうど兵助が来た。
「、一体どうしたんだ? ……食満先輩も何だか……その……」
「いいぞ、別に。恐ろしい形相していると言って。俺も自覚してるから、なっ」
ぱしん、と前よりは格段に優しく、ものさしで叩かれる。それでも、頭は痛いけど。思わず涙が出る。
「一体何をしてるんですか……?」
「の課題を見てるんだよ。こいつのできなさに軽く絶望した」
「あぁ……算術の問題ですか。、苦手ですからね」
「あぁ? 苦手? そんなレベルじゃねーぞ」
「まぁ、人間、どうしても出来ないものくらい、しょうがないですよ」
兵助が気を使って、頭を撫でてくれる。嬉しいのだけど、たんこぶが出来てるようで、正直痛い。
「それに、何も泣くまで叩かなくてもいいじゃないですか」
「違ーよ、なぁ?」
「……は、はい。もちろんです。私自身の不甲斐なさに涙してるんです……」
「ほらな」
ホントは叩かれて痛くて、が大部分なんだけど、そんなことは言えない。
「まぁ、さっさと夕食を食っちまえ。俺はこの後委員会の用事があるから、後は別のヤツに見てもらえ」
「……はい……ありがとうございました……」
解放された、とまっさきに思った。ケマトメ先輩が食堂から姿を消し、10秒数えた後、ふみに向き直る。
「ふみ、今課題持ってる? 私のと交換」
「持ってる持ってる。……私が言うのはなんだけど、やっぱってそういう子よね」
「最初はこんなはずじゃなかったんだけどね。もう少し、こう、微笑ましい環境でのお勉強を望んでたんだけどね……現実は甘くないわぁ」
「まぁ、私も食満先輩があんな顔して、どうしたのかと思ったわ」
「ははは……」
私も思った。
おばちゃんに定食を頼んで、いつものように席に座る。
「……どうして、どうして俺じゃなくて食満先輩のところに行ったんだ?」
兵助に真っ直ぐ見つめられる。この人、目力が半端ないから、こういうの、本当に、ドギマギする。
「まぁまぁ、そう責めないであげて。今回の課題の条件の一つに、『六年生またはそれに準ずる実力を持つ人に聞くこと』があるのよ」
「そ、そうなんだ。だからケマトメ先輩にお願いしたんだけど……」
頭をそっと触る。やっぱりたんこぶが出来てる。
「……ケマトメ先輩にはカルシウムが足りてなかったみたいだね……」
見せて、と言われ、兵助に課題を渡す。最後の3問を見て、兵助は不満そうに顔をしかめた。
「、今度からこういうのは真っ直ぐ俺のところに来て。これくらいなら分かる」
「……これ、わかるの? ケマトメ先輩だって忍たまの友見ながらだったのに」
「兵助、秀才だからねー」
私、凄い人と付き合ってるみたいだ。というか、兵助はそんなに頭脳優秀だったとは……。
「……私、兵助について知らないことがありすぎるんじゃ……」
「それは俺も。のことまだまだ知らないことばかり有りすぎる。食満先輩や御園に嫉妬ばかりしてるんだ」
「あ、すいません。イチャイチャするのはよそでお願いしまーす」
さらり、と髪を手で梳かれる。それを見て、ごちそう様ですと言わんばかりに竹谷が言った。同意するように、皆頷く。
「あ、。これ私の課題ね。のは私が貰ってくからー。後で部屋で交換しましょ」
「あ、兵助。俺これから鉢屋と雷蔵の部屋に行くから」
食器を片付け、ばたばたと席を立っていく。二人の発言に、隣の兵助の雰囲気が柔らかくなった。
「じゃあ。俺の部屋行こう」
拒否権ないんですけどね。
ここ数日で見慣れた廊下を兵助と歩く。
ずっとこうやって穏やかに過ごせればいいと、思ってた。
To be continued......
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というわけで、始めました。『Nobody Knows; U』。天女来襲編です。
まぁ、天女まだ来てませんけどね!!
ちょっと長めの連載になるかもしれないです。
2011/09/10
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