"It is as hard to see one's self as to look backwards without turning around.";feat.久々知兵助












休日でもいつもと同じ時間に起きて朝食を取るのは、八の習慣に皆付き合っているからだ。その後は町に出たり、鍛錬したり、部屋で駄弁ったりと色々で、今回は部屋で駄弁ることになりそうだ。というのも、雷蔵の実家からお菓子が送られてきたとかで、それを皆で分けようということになったのだ。送られてきた菓子の多さに、雷蔵が



「そうだ。ふみちゃんとちゃんも呼ぼうか」



と言ったときは雷蔵に感謝した。は甘いお菓子が好きだと前に言っていたし、きっと喜んで蕩けそうな可愛い笑顔になるに違いない。本当はそんな可愛い顔を皆に見せたくはないけれど、普段俺に協力してくれるいい奴らだから我慢する。
後の懸念と言えば、どうやって誘うかだ。休日の予定を立てたのは、前の日の夜遅くで(菓子が雷蔵の元に届いたのが夜だった)、すでに夕食は食べ終わってしまい、と別れた後だった。朝食時にはいつも二人と会わない。自分たちが朝早いことはもちろん分かっている。これが平日なら、どこかで会えたかもしれないが、相手はくのたま長屋に引き篭り癖が付いてしまっている。休日はきっと出てこないんじゃないか。
そうやって、何かいい方法はないかと考えつつ、食堂に入ると、の姿が見えた。
幸運だ、と思って声をかけようとした。けれど、の向かいに座っている人物を見て踏みとどまる。



?」



食満先輩がいる。が、食満先輩と仲良さそうに食事を取っている。
確認するように呟いた声は、に届いたようだった。



「おはよう、みんな」



眠たげな顔と声。きっと起きたばかりなんだろう。その姿が可愛くてたまらない。けれど。



「……おはようございます、食満留三郎先輩」



何でアンタがそこにいるんだ。仲がいいらしい、というのは前に確かに聞いた。けど、今はあまり交流してないものとばかり思っていた。



「……あぁ、久々知兵助か。おはよう。……休日だってのに、朝早いな」

「先輩こそ、いつもと同じ時間じゃないですか」

「まぁな……それでも普段の休日はもうちょっと遅いんだが、今日は約束があってな……。……おいコラ。さっきから箸進んでねーぞ。冷めるだろうが」

「……冷ましてるんですよ」

「お前馬鹿だろ」



筋違いなのは重々承知だ。けど、けれど、こうも目の前で違いを見せつけられると、胸の中に黒い感情が沸き起こってくる。
食満先輩は、俺と同じ感情をに向けていないことは分かる。本当に、兄が妹に対して接する態度そのものだし、も食満先輩に対して、それこそ妹だとでもいうような甘えを見せている。
分かってる。分かっているけれど、気に食わない。だって、俺だって、俺だってに甘えて欲しい。もちろん、兄としてじゃなく。



はどっか行くのか?」



八の質問に、あぁそうだ、と思い出した。お菓子を食べないか、と誘はなくては。
けれど、この状況で? 示し合わせたかのように一緒にいるこの二人を見て、しかも食満先輩は約束があると言っているし。



「うん、まぁね」



歯切れの悪い答えに、やっぱり、と肩が下がった。



「あぁ、俺と伊作とこいつで、町に新しく出来た、っつう水茶屋に行くんだよ。なんでもそこの甘味が美味いらしくてな。せっかくだからこいつも連れてってやろうと」

「……へぇ、そうなんですか。……食満先輩とは本当に仲がいいんですね」



しまった、と思った。嫉妬丸出しだ。これじゃあ、に嫌味な男だと思われてしまう。どう、したら……。



「……あぁ、まぁな。俺にとっちゃこいつは妹みたいなもんだからな」



……恥ずかしい。食満先輩に気を遣われた。
は気づいていなかったらしく、目の前のお新香を睨んでいた。



「ほら、さっさと食え。置いてくぞ」

「え、待ってよお兄ちゃん。……訂正。待ってよ兄さん!」

「先行ってるからな」

「えええええええええっ。そこは待ってくれるのが先輩としての優し……本当に置いてった!! ちょ、ケマトメ先輩!」



そしては急いで食べようとしてむせてしまった。その背中をさすると、苦しそうな声でお礼を言われる。
様子を見ていたら、肩を軽く叩かれた。振り返ると、三郎が意地の悪い顔で小声で言った。



「本当に、兄弟みたいだなぁ、あの二人」

「……三郎」

「気をつけろよ。こういうのは焦ったら負けだ。兵助、ずっとお前はやってきたじゃないか。じっくりと時間をかけてを落とせばいい」

「分かってる。分かってるよ……」

「頑張れよ、兵助。応援してるし、協力もするからな」

「……ありがとう、三郎」

「気にするな」



急いで食べ終わろうとしているを見る。雷蔵が少し困ったように笑った。



「……そっかぁ、ちゃん、出かけるんだ」

「……何か、用とかあった……?」

「用って程じゃないんだけど、昨晩僕の実家からお菓子が届いてね。ちゃんとふみちゃんも一緒にどうかな、って思ってたんだけど……」

「えぇ! そっか、タイミング悪いなホント。何か気を遣わしちゃったみたいで……ごめんね」

「気にしなくていいよー。あ、そうだ。ふみはどうしたの?」



綺麗にお新香だけが残っている。苦笑を漏らして、そのお新香に手を伸ばした。



「ふみ? あぁ、何か寝倒すって昨日意気込んでたよ。……え、あ、兵助! ……ありがとうございます。私それ苦手で……助かる。本当にありがとう」



のその顔も可愛い、って前にも思ったけど、どうせならもっと甘えたような顔が見たい。



「一応、ふみの枕元に書置き残しとくね。不破ちゃんのところに行くとお菓子が手に入るかも、って」

「うん。そうしておいてくれると有難いな。あ、ちゃんも帰ってきたらおいでよ。残しておくからさ」

「何か悪いなぁ……。あぁ、そうだ。そしたらお土産買ってくるよ。楽しみに待ってて」

「わぁ、それは楽しみだなぁ」



その後は朝食を食べ終わると、「じゃあお土産買ってくるから!」と言い残し、食堂から足早に出ていった。それを見てため息をついた俺の背中を勘右衛門が叩き、「どんまい」と言う。
あぁ、本当に、早く帰ってこないだろうか。









                               END