Leave nothing for tomorrow which can be done today";feat.久々知兵助








「今日はまだ、さんを見てない」



前に、焔硝蔵で会って以来、まるで今までが嘘のようにさんに会う機会が増えた。会う、と言っても長く話せるわけでなく、すれ違いざまに挨拶する程度ではあるんだけど。
それでも、ほぼ毎日、一回は顔を見れるようになった。だからこその言葉なんだけど。



「うるさい兵助。今日それ何回目だと思ってんの」



隣を歩いてた級友の勘右衛門が飽きれたようなため息をついた。後ろでは雷蔵が苦笑いを浮かべているんだろう。どうせ。



「まぁまぁ、兵助。まだ今日が終わるにはまだまだ時間があるよ」



宥めるように雷蔵が言ってくれるけど、正直、忍たまとくのたまでは夕食時の食堂が会える最終チャンスだ。夕食が終われば、もうくのたまは長屋に籠ってしまう。さんなんか特にその筆頭だ。夜の自主練だって全然会えない。
で、その最終チャンスである食堂に向かっている。確かに、ここに一番期待している。いつも俺たちが食べている時間より遅い。今まで彼女と夕食で一緒になったことはないので、もしかしたら会えるかもしれない。というか、会いたい。



「あれ、ふみ」



先に食堂に入った勘右衛門が、何か見つけたらしく、声をかけた。ふみ、と呼ばれたくのたまは、確か彼女といつも一緒にいる子だったはずだ。つい、勘右衛門に視線を送ってしまう。



「いつも一緒にいる……さん、だっけ? は一緒じゃないの?」



ありがとう勘右衛門!! どんぴしゃりで知りたいことを聞いてくれた。



「あぁ、ね……。どっかに転がって不貞寝してると思うわ」



急に、勘右衛門に制服の裾を引っ張られた。あぁ、またか。無意識に体がそわそわしていたらしい。小声で三郎に嗜められる。



「どういうこと?」

「今日出された宿題を見た途端、『絶望した!!』とか叫んで消えたの」

「は?」

「ねー、訳わかんないよねぇ。今回出された宿題、個人で違うんだけど、の様子からすればきっと、算術的なものだと思うけど」

「苦手なの?」

「苦手なんてもんじゃないわよ。二桁の掛け算の暗算、2分はかかるし、1・2年の内容だって危ういわよ」

「それは……」

「座学はまだいいんですって。でも、実践で崖の高さとか求められないし。もちろん、時間かければ出来るんだけど」



そんな彼女も可愛い。俺の立場が、ただの『5年の忍たま』じゃなくて、彼女に寄り添えるものだったらいいのに。そうしたら彼女の宿題を見てあげるなんてことが出来るのに。



、どこまでも理詰な性格してるくせにねぇ……。先生方もそこ心配してらっしゃるし」



いや、それより彼女はどこにいるというのだろう。目の前のくのたまが一人でここにいるということは、くのたま長屋にはいないんだろう。なら、校舎敷地内のどこかにいるんだろう。一人で。一人で。
あぁ、それはまずいんじゃないか。だって彼女は可愛いんだから、他の男の目に止まったら……考えるだけで不愉快になる。今すぐ学園内を探し回りたい。なのに、雷蔵と八が制服や腕を捕まえて引き止めてくる。



「まぁ、なら裏庭の2番目に大きな木の下にいるんじゃないかしら」



裏庭の2番目に大きな木の下。雷蔵と八の手を逃れて、目的地に向かう。そこに。そこに彼女がいる!

















































木の下で横になっている人影が見えた。



さん! >さん!!」



その影がぴくりと震えて、身体を起こした。あぁ、やっぱりさんだ。こんな、外暗くなってきているというのに、何で、こんなところに、一人で。



さん、こんなところで何してんの?」



彼女と意図的に目を合わせる。すぐに彼女は俯いてしまう。俺、そんなに怖い目してただろうか……。



「よく、こんなところまで来たね。ここ、あまり人が来ないから気に入りだったんだけど」

さんの友達が言ってた。ここにいるって」

「……あれ、じゃあ私に用があるの?」



夏とはいえ、この時間帯はやっぱり気温は下がってくる。しかも日陰に彼女はいた。寒いということはないだろうけど。それに、



「とりあえず、食堂に行こう。さん、夕食まだだろ?」



二人きり、ということを急に意識してしまった。まだ、駄目だ。気持ちが先行してしまったら、いけない。
みんなのいる食堂につれていこうと、まだ座り込んだままの彼女の腕を引く。渋っているのか、動きが鈍い。



「どうしてこんなところに?」

「いや……別に……」

「課題、出たんだって?」

「まぁ、そんなものもあったね」



沈黙には耐えられるはずがないので、当たり障りのない言葉を選ぶ。けれど、彼女は気がかりなことがあるのか、歯切れが悪い。それに、ちらちらと彼女の腕をつかんでいる俺の手を見ている気配がする。けれど、それには気付かないふりをして言葉を続けた。



「苦手なものが出たって聞いたけど」

「……リアリティーからエスケープ中なんだよ」

「それじゃあ終わらないだろ」



どうすれば。どうすれば彼女の意識を俺に向けられるんだろう。俺を印象づけるって、どうすればいいんだ。



「じゃあ久々知君手伝ってよ」



晴天の霹靂。寝耳に水。棚からぼた餅……。まさか、彼女からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
少し拗ねたような口調で吐き出されたその言葉は、俺には甘い甘い蜜のようで。
ぴたりと立ち止まって、彼女の方を向く。顔に、熱が集まってきた。



「喜んで」



頼られたことが嬉しい。俺に頼ろうとしてくれていることが嬉しい。
彼女にとって、それが無意識で・思わず口にしてしまったであろう言葉であることは重々承知だ。彼女の顔が物語っている。



「課題持ってる? 食べたらそのまま食堂でやろうか」



もちろん、弁解もさせないし、それに逃がすつもりなんか毛頭ない。向こうから飛び込んできてくれた。こんなチャンス、逃すわけないじゃないか。



「う、ん。持ってる……。……お願いします」



自分で言ってしまったからなのか、彼女は早々に諦めたようで、大人しく腕を引かれている。
あぁ、本当に。
ねぇ、好きなんだ。君が本当に好きなんだ。



知ってるだろ?






                                  END