01. To be or not to be, that is the question
幸運だったのは、いわゆる年齢退行なるものをしていたことだと思う。
おかげで私は、この時代に戸惑うことをあまりしなくてすんだ。
ただしかし、少し……いや大分、冷静すぎた感は否めない。なので、1年2年の頃は周りに溶け込めなくて苦労した。体は子供・頭脳は大人……なんてフレーズが頭をめぐってはため息を漏らしたものだ。笑えない。
某眼鏡の少年は大変な苦を背負っていたのだと、身に沁みて理解した。
全く、笑えない。
19歳……大学2年のある日、目が覚めたら10歳児になって忍者の学校にはいることになってました、だなんて。
いや、笑った方がいいのかもしれない。
通う学園は勇気100%な忍術学校でした、なんて……笑った方がいいよね。
しかし、お馴染みの3人組の姿はない。同じ忍術学園でも時間軸は違うのだろう。
まぁ、だけどその方がいいよね。もし同い年だとしてもくのたまと忍たまじゃあ接点もほとんどないし。
と、楽観的に考えていた私は甘かった。いや、馬鹿だった。
あのアニメは何もあの3人組だけが登場人物というわけじゃなかった。上級生なる存在があったのを忘れてた。
入学して、落ち着いてきたところだった。
くのたま教室に忍たま達を招き、罠に掛けようぜ、という忍たま・くのたま教室の先生方監修によるイベントが開催されたことがあった。
その当日、私は風邪をひいてしまい、シナ先生と新野先生に安静を言い渡されて、一人長屋にて寝ていたのだけど。
帰って来た級友達の感想を聞いていると、
「……それにしても、あの鉢屋ってヤツ、喰えないわよね……」
「そんなこと言ったら、久々知兵助だって」
「竹谷八左エ門と不破雷蔵はちょろかったわよねぇ……っ!!」
頭が痛くて寝ている私の枕元で言っている自分達の罠の反省の中に出てくる名前に、デジャブを感じた。
何か、聞いたことある。
彼女達が「次はの実力を見せつけてやりましょっ」と楽しげに帰った後、ようやく思い出した。
「5年生かよ……」
よりにもよって。
いや、彼らが嫌いなわけじゃない。つーかぶっちゃけあんまり知らない。
忍たま乱太郎自体、私が小学校低学年ころに少し見てた程度だし、原作の方なんて、持っている友人に少し借りて読んだ程度だ、5年くらい前に。
少しでも聞き覚えのあるキャラにはあんまり関わらないようにしよう。それが一番平和に違いない。
くのたま1年、病床の中でした決意だ。
……無駄になるんだけど。
⇔
「私、と仲良くしたいと思ってるんだけど?」
「私だって思ってるよ。けど、さっきの言葉は聞き捨てならないなぁ、と」
こちらにやってきて、もう5年くらい経つ。もう23歳だよ、私。体は14歳だけど。
まぁ、正直、こんなことで争うのは子供っぽいというのは重々承知だ。けれど、人間、譲れないものはあるでしょう?
「こしあんが餡子の王様に決まってるだろ!!」
「粒あんに文句付けようっての?!」
餡子はこしあん! 粒あんとか邪道だろうがっ!!
食堂で、後輩から土産としてもらったまんじゅうを食べていた。最初は穏やかにお茶を啜りながら味わっていたのだが、目の前で食べていた友人が、次のまんじゅうにかぶりついた途端顔を歪めた。
「……どうしたの……」
「これ、中……こしあんだった……」
「……それが?」
「私、こしあん駄目なんだよね……。何で粒取っちゃった? みたいな。こしあんは甘ったるいだけで何の特徴も無いからつまんないじゃんか。ほら、具の無い味噌汁って感じ」
世の中には個人の好みというものがあるし、全世界の人が同じ考えだとは思わない。
もちろん、粒あんが好きな人はたくさんいるだろう。それはそれでいいのだ。そんな人たちは黙って自分の好きな粒あんを愛でていればいいのだ。だからこしあんを貶してくれるな、と。
「……私はこしあんの方が好きだけどな」
「えぇっ! ありえない!! ダメダメ、は餡子がわかってないねぇ」
「……よしわかった、お前ちょっと表に出ろ?」
最初に戻る。
こしあん派として、先程の発言は聞き捨てならない。
「ふみにはこしあんの良さをじっくりと時間をかけて教えてあげなくちゃいけないね。あぁ、もちろん、粒あんがおいしくないと言ってるわけじゃないよ。粒あんには粒あんの良さがあるのは重々承知さ。まぁでも、こしあんには及ばないんだけど」
「は粒あんを舐めているようね」
「舐めるだなんて。こしあんの滑らかさには勝てないでしょう?」
大きな音を立ててふみが立ちあがった。
「ねぇ、。このまま言いあってても決着つかないわよね?」
「そうだね。水掛け論だしね」
「こういうときは、第3者の意見を求めるべきだと思うの」
「そういう解決法もあるね」
「都合良く、ここは食堂で、まぁそこそこ人がいる場だから、意見には困らないわ」
嫌な予感がした。
多分ふみは、今食堂にいる忍たまくのたま達にこしあん派か粒あん派か聞くつもりだろう。
それ自体はいい。前にも、桜餅の葉っぱの有無について議論したとき同じことをしたし。
でも、何だかよくわからないが、虫の知らせのようなものが働いたのだ。
止めようと手を伸ばしたが、時すでに遅し。ふみは標的を定め、声をかけていた。
「そこの忍たま5年グループ!」
何でそこにいった!!
近くもなければ遠くもない位置に座っていた、忍たま5年生に声をかけていた。ていうか移動していた。
「ねぇ、勘ちゃんは粒あん派だよね?」
「……は?」
そういえば、ふみは忍たま5年に幼馴染だか親戚だかがいるって言っていたような気がする。彼がそうなのか。
だから真っ先にあのグループに声をかけたのか……。
ふみが詰め寄っているテーブルのメンバーを見る。見て、気付いた。
キャラだ。
関わらないようにしようと決意したメンバーだ。特に接触もなくここまで来たから安心していたというのに。
「え、別にどっちもおいしいと思うけど……」
「白黒はっきりさせたいのよ、。私とは!!」
ううん。別に白黒はっきりさせたいわけじゃない。こしあんの良さを認めてほしいだけだ。まぁ、喧嘩腰になってしまったけれど。
「!! アンタ何そこでぼーっとしてんのよ!! 決着つけるんでしょうが! こしあん派の主張とやらの演説をしてやらなくていいの?!」
じゃないとこの5人は粒あん派がいただくわよっ! と外れたことを言うふみに溜め息をついた。
目的が変わってる。いつの間にか、派閥を広げる話になってる。
正直行きたくない。
だって、そしたら関わることになるじゃないか。
「……ふみ。こしあん派なのか粒あん派なのか聞くんでしょ? 勢力を広げるためじゃないでしょ……」
「そう。最初はそうだった。けど、私は少しでも粒あん派を増やしたい!!」
「どうぞお好きにしてください」
こっちに向かって叫んでいるふみに軽く手を振って、またテーブルに向かう。お饅頭はまだ残っているのだ。
後ろでふみが何か言っているようだが、無視だ。だって、面倒は御免だもん。
「ちょ、! 何その大人な対応!! アレか、アレなのか!! もうすでにこしあん派に改宗させているとかそういう余裕なの?!」
「ちょっと何言ってるのかわかんない」
どうどう、と勘ちゃんと呼ばれていた人がふみをなだめているのが聞こえる。
「か、勘ちゃんはどっちなの! こしあんか粒あんか! どっちかと言われれば?!」
「え、えぇ〜と……粒あんかなぁ……ハハハ」
脅迫紛いの事をしていると気付いているだろうか。
饅頭を粒あんとこしあんで分けながら、後ろで交わされている会話を聞く。変な方向にまた走ったら、今度は回収してくるつもりだ。放っておくほうが、後で面倒なことになりそうだ。
「は、鉢屋はどっちなの?」
「わ、私か?!」
何でこっちに振るんだよ、という心の声が聞こえてくるようだ。
今更ではあるが、ふみは非常に絡まれるとめんどくさい人間だ。5年間も付き合えば慣れるが、いきなり絡まれた5年生達には同情する。助けたりなんかしないけど。
「つ、粒あんだろうな、やっぱり……」
「ですよねー!! さっすが変装名人鉢屋三郎くん!! わかってるじゃない〜。これで、3対1ね……」
「ら、雷蔵はどうだ……悩んでいるな……」
「粒あんか、こしあんか……う〜ん……」
To be or not to be, that is the question. ハムレットだって餡子で悩んだりはしなかっただろうよ。あ、誰も元ネタ知らないか……。室町って難しいなぁ。っていうかシェークスピア生まれてない? 覚えてないなぁ。
「八は?」
「お、俺か?! あ、えーと……俺も粒あんかなぁ、なんて……」
「4対1!! !! これで粒あんの勝利よ!!」
勝ち誇ったような声でふみが言ってくる。まぁ、その。若干腹立たしい。
さっきも言ったように、別に私は粒あんが嫌いなわけじゃない。どっちかといえばこしあんの方が好きなわけであって、粒あんの存在を否定しようとは思わない。つまり、勝敗をつけたいわけじゃないのだ。
でもやっぱり自分の好きなものを否定されるのは気分が良くない。
「俺はこしあんが好きだよ」
「兵助?」
思わず後ろを向くと、当たり前のように目が合った。
「俺はこしあんが好きだ」
ここは空気を読んで粒あんと答えておくのが無難だと思うんだけど。自分に真面目な人なのか。
にこり、と微笑まれ、眉間に皺が寄ったのを感じた。
「……でも4対2で、粒あん勝利に変わりないわ……」
ふみも、驚いたようだが、それでも変わらず粒あん勝利を言う。
こしあん派であるらしい久々知兵助は、ゆっくりとふみを見て口を開いた。
「それが何?」
再度言うが、餡子で喧嘩するのは馬鹿げている。始めた私が言うことではないけれど。
久々知兵助が言った言葉は、私が思っていることそのままである。よく代弁してくれた。感謝する。
しかし、空気は固まった。ふみなんか口を金魚みたいにぱくぱくさせて呆然としている。
まぁ、そうなるだろうなぁ……と思って何も言わなかったのに。
皿を持って静かに席を立ち、未だ呆然としているふみのところに行った。
かたり、と音をたてて持っていた皿を置いた。
「……?」
「ふみの分のお饅頭。粒あんオンリーだから安心するように。あぁ、こしあんのは私が頂くから」
「え、っと……怒った……?」
「いや、怒ってた。まぁ、いくら粒あんが勝利しようが私の一番はこしあんであることに変わりないし。ご苦労様」
先戻ってるね、と言い残して食堂を出た。
……面倒なことになった。
To be continued
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碓氷はこしあん派。こしあんを主張する時は、粒あんは敵とみなします。
まぁ、どっちも食べられるんですが。
粒あん派の主張は、友人に聞いた。腹立ちましたけどねー……。
2011/07/26