今あなたに言うべきは








「このままだと死んでしまうかもしれないわ」



そんなことを突然、ふらりとやってきた彼女に告げられて、私の頭の中は真っ白になった。



「え、な、何で……?」

お姉様の体が、邪黒水晶のパワーに耐えられないから」



近い将来、力尽きてしまうわ。だなんて言われた。まさか。そりゃあ、体は未だに全身が怠くて思うようには動かせない。けれどそれにも慣れてきた頃で。食欲だってそれなにりにある。それなのに、死んでしまう、って何の冗談だ。



「お姉様には、銀水晶を使うことはできないかもしれないけれど、セーラームーンやネオ・クーン・セレニティのように影響を受けてはいるの。……だって、誰よりも近い関係だから」



姉妹だからな。そりゃあ、遺伝子的にとても近いだろう。けれど、銀水晶とかそういうのは知らない。見たこともないものに影響されてるとか、気味が悪い。



「早く、プリンスを、邪黒水晶のパワーを受け入れて」



それだけ言ってブラック・レディは去っていった。
テーブルに置いてある邪黒水晶のピアスの入った箱を取った。
言われてみれば、最近、デマンドにこのピアスをするように言われていたし、結婚を急ぐようなことを言われていた気もする。いやまさか、自分が死の危機に晒されていようとは。思いもよらなかった。



「ていうか私、耳に穴開けてないんだよな……」



小さく音を立てて、箱を下の位置に戻した。
もう、自分が死にそう、とか全然思えない。そんなわけない、って。



。寝ていなくて平気なのか」



自室だから当然なのだろうけど、考え事をしていたせいか、全く気付かなかった。いつの間にか部屋に入ってきたデマンドが後ろに立っている。手を伸ばして、熱の有無を確かめるように額と首を順番に触れていった。相変わらずの暖かい手である。
振り返れば、デマンドはわずかではあるけれど眉を顰めていた。この頃は彼の険しい顔ばかりを見ている気がする。



、寝ていたほうがいいのではないか」

「それって、私が死にそうだから?」



特に深い意味はこれっぽちも無かった。ただ単に聞いてみただけだったのに、デマンドの表情が凍ったものだから。私はよくない事を言ってしまったのかもしれない。



「……誰に言われた」

「ブラック・レディに。さっきまでここにいたから。ねぇ、私、全然、そんな……死にそうだなんて、どうして?」



デマンドの表情が苦々しいもの変わっていく。



「どうして、だと? 気づいてないのか。お前の顔色はどんどん青白く、土気色に変わりつつある。食事だって今もあまり取っていないだろう。……今のからは生気というものが感じられず……私の目には、お前が今にも消えてしまいそうに見える」

「そん、な、の」

「無理やりにでも邪黒水晶の力に染めてやれればどれだけいいか! お前を失う気はさらさらないんだ。……だから。だから、早く覚悟を決めろ」

「覚悟、……」



それは、結婚の話に結局なるのか。



「そうだ。一生、私の傍にいる・私と共に生きる覚悟だ」



今の私の状態で、選択権はあるんだろうか。だって、私、死にたくない。だって、この人を拒んだら、私、死んじゃうって覚悟をしなきゃいけない。



「本来であれば、こんな選択・させる気はなかった。そうだろう? 死にたくなければ私のものになれ、という卑怯な事は言いたくないのだから」



だから、と続けるデマンドはどこまでも誠実だった。何で、私の、他人の生死なのにこんなに必死なんだろう。



「私を愛してくれ。私を愛する妃として、私の求婚に応えてほしい」



目の前に跪いて、私の手の甲に唇を落とした。まさか自分が童話の中のお姫様みたいなことをされるとは思わなかった。けれど、デマンドはそう言えば王子だった。



「……銀水晶とはやっかいなものだな。ことごとく私の邪魔をする。そればかりかお前の身体を蝕んで抵抗を続けるのも彼の力だ」



どちらかというと邪黒水晶の力に蝕まれていると思うのだけど。
つまり、私の体の中では銀水晶と邪黒水晶の相反する力がぶつかり合っている状態なんだろう。多分、優勢なのは邪黒水晶だ。
ただ、染まるくらいなら死んでやる、という自爆性を銀水晶は持っているんじゃないだろうか。正義のアイテムは悪には染まらない。
勝手に自害でもなんでもしてくださって結構だが、私を巻き込まないでほしい。



。お前がこのような状態になった今でも、私はお前を手放せない」



卑怯な人だと思う。狡い人だ。私の意思を無視して連れ去っておきながら、どうして最後に究極の選択を迫るのか。
死んでも構わない・と私が思えるのなら選択の余地もあるけれど、私は死にたくない。



「……私が、それでも、死んだほうがマシだ、って言ったらどうするの。大人しく死なせてくれるの?」

「……そうだな……そう答えたのならば、その口を塞ぎ、私以外見れないようにし、二度とそんなこおおとを思うことのないように……何をするかわからないな。私は、お前を失いたくない」



どうしたものか。未だ跪いたままのデマンドのまっすぐな瞳の中に映っている私は酷く情けない顔をしている。
答えは出ている。けれど、それを言ったらどうなるか考えたら躊躇してしまう。けど、それをデマンドに分かってもらおうなんて、そんな都合のいい話はない。
きっと、最後に踏み切るのに合意が欲しいのだろう。それも、明確な。多分もう、分かっているんだろう。だからこんな行動に出てる。
わかってるのだ。私が、とっくの昔に、デマンドの事好きになってる、って。
そう、そうだよ。好き。好きよ。好きになってしまった。こんなの、止められる訳がない。愛されてる、って何度感じたことか。

……うさぎなら、どうするかな。心が強い子だから、愛に生きることを厭わないかもしれない。

強い力で、左手が握られた。せっかちな人。もう少しゆっくりさせてくれてもいいじゃない。
デマンドの前に膝を折って目線を合わせた。瞳に写っている私は、今度はまっすぐ前を見ていた。



「心も体も弱いし、自分の身をまもることさえ難しくて。なんの力もない。その上臆病で、貴方が好きだとか愛してると行ってくれても答えられない。……たった一言言えば、それで、……手、に、入る、の、に、それを言えないの。だって、愛に生きるとかそんな物語みたいな展開に、自分の身を置いて考えたことなんてないし、想像もできない。私には、そんな中に飛び込んでいく勇気なんてないの……!」



デマンドの右手を両手で包み込む。今までずっと、彼のことを卑怯だとか酷い人だとか行ってきたけれど、私の方がよっぽど酷い。
結局、自分可愛さで自分の事しか考えてない。
目頭が熱くなってきて、視界が滲んできた。うまく話せないから泣くのは嫌だった。何だか、涙って狡い、って思う。
そう思うのに、今、私は泣いている。焦ったようにデマンドが涙を拭ってくれる。



、私は、お前を泣かせるつもりは」

「違うの、ごめんなさい。貴方は悪くないの。だって、だって、わた、私……。ごめんなさい。好きなの。ごめんなさい、今まで言わなくて。好き。好き、です。ずっと、言いたくて、けど言いたくなかったの」

!」



強く強く抱きしめられた。
苦しいのに、でもこの腕の中が一番幸せだと感じて、心地よくて、どうしようもなくって。
だって、欲しかった。こうして欲しかった。



「ようやく手に入った。好きだ。愛している。……もう離すものか。誰にも渡しなどしない」



その言葉に、自分からも背中に腕を回した。そうすると、より一層隙間なく体が密着した。
後悔をしていないわけじゃない。
私は、これまでの18年間を捨てる行為に踏み切ったわけで、それが惜しくないなんて事は絶対に言えない。
けれど、もう決めたことだから。
家に帰れなくても、学校に通えなくても、友達に会えなくても、将来の夢を諦めても、どうしても、この人の傍にいさせてほしいと思う心があるから。それなら、きっと大丈夫だ。
だってこの人は、何よりも私を大事にしてくれる。それが分かったから。

抱きしめられたまま、ベッドに倒れ込む。



「……一度、このまま眠れ。起きたときは、このピアスを付ける。そうすれば、お前を蝕むものから解放されるだろう」

「うん」



デマンドは微笑んで、私の前髪を撫でつけた。



「それでいい」



私は間違った選択はしていない。
心の隅で、後暗いものが渦巻いている。それが罪悪感だということも知ってる。

ごめんなさい。私の可愛い妹。こんな姉でごめんなさい。
でも、戻る気はないの。
こんな、あなたを目の前にしないで、心の中だけで懺悔して、許しを請う私はとんだ卑怯者だ。
だって。
でも、

どうしても好きなのよ。デマンドを好きになってしまったから。
そしたら、諦めるしか……ないでしょ?




                     To be continued......



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原作アニメ・完全無視でございます。ご了承くださいませ。






                     2012/02/17