稀有な無垢のままに
「うさこ、落ち着くんだ!!」
「そうよセーラームーン! まずはさんの連れ去られた先を特定しないと!!」
お姉ちゃんが連れ去られた。あたしは……叫ぶことしか出来なかった。絶対に守る、ってあんなに言ったのに、それなのに、まんまと敵の手に渡らせてしまった。
無力だと思った。セーラームーンになって、みんなを守って戦う力が手に入ったのに、結局肝心な……守りたい人に時に使えない。
この力に目覚めたとき、最初に思ったのはこれでお姉ちゃんを守れる、って事だ。小さい頃からいつもお姉ちゃんに守られてきた。ママやパパよりもお姉ちゃんについていくくらい、好きな自覚もある。
だから嬉しかった。今度はあたしが守ってあげられる。
お姉ちゃんは世界一凄い人だと、あたしは思っている。
成績優秀だし、運動もできる。それだけじゃない。お姉ちゃんの部屋にはたくさん本がある。中には日本語じゃない本もある。もの凄い読書家だ。だからいろんなことを知っている。
お姉ちゃんに出来ないことはないんじゃないか、って偶に思っちゃうくらいだった。それをお姉ちゃんに言ったら、「そんなわけないでしょ。出来ない事だらけなんだから」と笑って返されたのを覚えてる。
「どうやって落ち着けって言うのよ!! お、お姉ちゃんが、敵の手に渡ったっていうのに!! お、お、お姉ちゃんが殺されちゃうかもしれないんだよ!!」
「セーラームーン……」
叫び散らした。パレスを飛び出そうとしたら、すかさず腕を掴まれる。膝が地面についた。
「どうして止めるのよ!!」
「落ち着くんだ、セーラームーン。きっと彼女は敵の前線基地に連れて行かれたんだろう。……ただ、セーラームーン。君は……行かない方がいいかもしれない」
「どういうことなの……」
「彼らの基地には邪黒水晶の力に満ちている。銀水晶の影響を受けている君は、最悪死んでしまうかもしれない」
「え……」
じゃあ、あたしは……お姉ちゃんを助けにも行けないの?
デパートで迷子になったとき、お姉ちゃんが見つけてくれた。いじめっ子から守ってくれた。宿題を手伝ってもくれた。
こんなにこんなに助けられているのに、あたしは何も出来ないなんて。
「……それでも、あたしはお姉ちゃんを助けに行きたい」
そう言うと、マーズが仕方ないわね、というように首を振った。
「……その邪黒水晶の力はどの程度セーラームーンに影響を与えるのかしら? それを相殺するようなパワーがあれば、あるいは……」
カタカタとパソコンを動かしながら、マーキュリーが言う。
肩にジュピターとヴィーナスの手が置かれた。
「うさぎちゃんならそう言うと思ったよ」
「全く、私たちのプリンセスは言い出したらきかないんだから」
「みんな……」
その後、キングの話によれば、前線基地ではいつも通りの力が出ないことは覚悟したほうがいい、という結果に落ち着いた。
これで、助けに行ける。
「さんを連れ去っていったのは、プリンス・デマンドといって、敵のリーダーだ。聞いた話だと、さんは彼と接触しているようだが?」
「えぇ。ちびうさちゃんを狙って来たときに、たまたまさんが遭遇してしまって。何とか逃げてきたんだけど……」
「もしかして、逃げられたことに怒って?」
「そうじゃないと思うわ。プリンス・デマンドもそう言ってたでしょ?」
「じゃあ、何でプリンス・デマンドはお姉ちゃんを連れ去ったの……?」
次から次へと疑問が出てくる。
……どうか、助けに行くまで無事でいてね、お姉ちゃん。
⇔
ここに連れてこられてから、結構経つ。その間私が何をしていたかといえば……まぁ、何もしていない。ちょっと逃げ出してみようかな、と思ったら、いつの間にか覚醒しちゃったブラック・レディに遭遇するし。あれ以来、デマンドに部屋を移動させられた。その部屋も、相変わらず殺風景だ。それでも多少の豪華度は上がっている。
ここがデマンドの部屋だと言われたとき、「え? あ、ごめんもう一回言ってくれる? ここは誰の部屋だって?」と聞き直した。だって、王子の部屋なのにこんなに殺風景って……。なんか、夢を壊された気分になっても仕方ないと思う。
「……いつまでそうしているつもりだ? いい加減諦めろ」
別にこうしてベッドに頭を押し付けて蹲っているのは、抵抗を表しているのではなく、ただ単に具合が悪いからなのだけど。
重い頭を上げると、もれなくデマンドと目が合う。
「助けを待っても無駄だ。私はお前を手放しはしない」
もうそれ、何度も聞いた。もう、わかった。
「……助けを期待なんてしてない。うさぎには来て欲しくない」
「ほう?」
「考えたんだけど……。どうして私がこんなに体調を崩しているのか。ブラックムーン一族ではないから? そのピアスを付けていないから? そういう可能性もあるけれど、私が思うに、私がうさぎ……セーラームーンと近い血縁関係にあるからじゃないか、と」
実際、確かネメシスに連れ去られたセーラームーンは体調が芳しくなかったはずだ。銀水晶と相反する力を持つ邪黒水晶に当てられたのだろう。
「だから……例えばここにセーラームーンが来たら……」
「の想像通りだ。お前より酷い状態になるだろう。……ここは、邪黒水晶の力で満ちている」
「だから、うさぎには来てほしくない。ここじゃいつも通りの力が出せない上に、そんな状態で対峙なんて出来る訳がない。部が悪すぎる」
「そこまで分かっているなら、話は早い」
体を持ち上げられて、そのまますっぽりとデマンドの腕の中に収められた。
「このまま、私の妻になれ」
何でそこに話が飛ぶのか分からない。いや、でも、ここでこのまま暮らすという選択肢はないのだ。どっちにしても。ここに残るなら結局はデマンドの言う通りにするしかない。こんな状況でどうすればいいのか。
頷いて構わない。そんなのはわかってる。不束者ですがお願い致します、なんて決まりきった文句を言うことは出来る。でも、それを実行するわけにいかない。出来るわけない。
「……悪いことは言わないから、ちゃんと応えてくれる人を探したほうがいい。もっと素直で、勇敢で、可愛らしい人をね」
「鏡を見てみろ。言葉と表情が一致していない。そんな泣きそうな顔では説得力がまるでない」
「じゃあこの部屋に鏡を置きなさいよ」
泣きたくもなる。絶対泣かないけど。
ねぇ、だって。どう考えたって、頷くわけにはいかないじゃない。何度も何度も言うように、私は臆病でどうしようもないくらい弱っちいので、このままデマンドの腕の中で守られているなんて選択が出来ないのだ。
「、お前は思い違いをしているようだが……私はあまり気が長い方ではない。お前からはっきりと言葉で聞きたいが、それが出来ないなら……」
腕の力が強くなって、デマンドとの隙間がピッタリ無くなる。不思議なことに、心臓の音は全く聞こえなかった。こんなにくっついたら聞こえるものだと思っていたのだけど。
「既成事実でもなんでも作って、お前の逃げ道を塞いでやろう。泣こうが喚こうが、、私の意思は変わらない。……愛している」
いつも思う。
そんなことを言っておきながら、この人には実はそんな気はないのではないか、と。最近デマンドの強引さというものが薄れてきたように感じる。
私に触る時も、まるで薄いガラスに触れるように遠慮がちに手を伸ばしてくる。一旦触れると、その遠慮はなりを潜めるけれど。
いつものように何も応えられない私は、デマンドの背中に腕を回すこともできず、ただ抱きしめられた格好のまま、デマンドの肩越しにぼんやりと空を眺める。
うさぎ、うさぎ。
ごめんなさい。お姉ちゃん、ちゃんと妹を守れないかもしれない。
だって、絶対貴女のことだから、私を助けようとしてくれているでしょ。望んでないわけじゃないんだけど、望んでるわけでもない。
来ないでほしい。来てほしい。助けに来て、捕らえられた私を見てうさぎはどう思うだろう。
ごめんなさい。言い訳になるけど。
だって、しょうがないじゃない。デマンドが愛してるなんて言うから。
どうやら、デマンドには腕を緩める気はないらしい。
せめてもの意思表示のつもりで服の裾を掴む。背中に手を回すことも、腕に手を添えることもできない私の精一杯。
この時間が続きますように、との願いに、どうか彼が気付きませんように。
気付きませんように。
To be continued......
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さて。
この時点で、結末をどっちに転ばせようかなぁと悩んでます。
ここまでハッピーエンドにし難い話もないです。本当、どうしようかなぁ……。
2011/11/25