私の望みは夜を長くすること










夜が更けてくると、部屋にポツンと置いてあるテーブルに本を開いて、部屋の外の音に耳を澄ます。開いた本は、何て書いてあるかわからない。私がここに連れてこられてすぐの頃、デマンドが持ってきてくれた数冊の内の一つだ。せっかく持ってきてくれたけれど、日本語のものはなく、しかも英語でもなかったので、本当に開いて眺めるだけだ。多分、ドイツ語だと思うんだけど。
どうせ、あれからしばらくはベッドの中で寝っ転がってるだけだったのだから、中身なんて見てなかった。今からデマンドに言うのも億劫だ。時間をつぶすにはちょうどいい。

最近は体調が落ち着いてきた。
おかげで、私はいつネメシスとやらに連れて行かれてしまうのか、戦々恐々としている。
……それでもいいかな、と思っている部分があることは否定はしないけど、認めたくはないし、悟られたくもない。どっちにしろ、長くいるわけにもいかない。精神的にも肉体的にも。
ストックホルム症候群、だとは思わないけれど。いや、その方がいいんだろうか。
こんなこと、デマンドに知られたらそこで終了なのだけど、私の矜持を守れるように言えば、押しに負けそう、というか。デマンドに惹かれ始めている・だなんて。触れてくる手だとか暖かさ、熱のこもった視線とか、囁く声が、ゆっくりと侵食してくる。嫌だと拒否できない。
好きだ・愛してるだなんて、あんな真面目に言われたの初めてで、どうすればいいのかわからない。

こうしてここで、夜、静かに耳を澄ましていれば、廊下の音も聞こえる。この部屋にやってくるのは、一人しかいない。どうやら自分以外来させないようにしているらしい。
夜はやっぱり冷えるので、淡い紫のショールを羽織り直す。起き上がっている時間が長くなってきた私に、デマンドがいつの間にか持ってきていて、ある日目が覚めたら枕元に置かれていた。正直ありがたかったので、大人しく使わせてもらっている。

コツコツ、と靴の音がしてきた。その音に、私は本を読んでいる振りを再開する。足音が近くなり、この部屋の前で止まった。







静かに開けられたドアの向こうに、いつも通りデマンドが立っていた。チラリとだけ視線を向け、また本に戻す。



「また、寝ていなかったのか」

「……今、このページを読み終わったら、そうしようと思ってたんです」



嘘だ。こんなの読み進められないんだから。
デマンドを待っていた。ここ最近はずっとそうだ。
抱きしめられて一緒に眠った日から、デマンドがやってくるのを待っている。あの暖かさが忘れられない、とは流石に言わないけれど。
一応、知らないうちに連れて行かれないように、としている。抵抗が予想される場合、眠っているときに運ぶのが一番いいから。

近づいてくるデマンドに、開いていた本を閉じ、席を立つ。デマンドを躱すようにベッドに向かった。デマンドは気にすることなく、同じくベッドへ方向を変えた。



「……私、寝るんですけど?」

「わかっている」



ベッドに上がったところで、後ろから体に手を回された。心臓が跳ねた。
いつものことだ。
そのままデマンドに体を預けていれば、自動的にベッドに横になる。最初こそ、キスだのなんだのしてきたけれど、最近はただ腕を回してくるだけで、それ以上は特に何もしてこない。
相変わらず何を考えているのかわからない。



「最近は、調子よさそうだが」

「前に比べれば」



横になれば、早々に眠気がやってくる。撫でられている髪をそのままに、私は目を閉じた。















































体が揺さぶられ、目が覚めた。まだ暖かいベッドの中で微睡んでいたくて、っていうか二度寝したくてもう一度目を閉じる。そして、近くに感じた暖かさの元に手を伸ばして、その手を取られた。



「起きろ。いつまで寝ている気だ」

「……後5分……いや10分」

「……起きろ」



仕方がなく目を開ける。至近距離にデマンドの顔があって、驚いた。



「デ、マンド……?」



なんで彼がいるのか。しかも同じベッド。
夜、一緒にベッドで眠りについても、私が起きるときにはいつもいなかったのに。



「何でもいい。何か軽く食べろ」



最近、まともに食事を取っていないそうだな。
責めるように言われた。
そう言えば昨日は昼に果物を少し口に入れただけで終わらせた気がする。体調は回復してきたけれど、それと引き換えに食欲がなくなってきていた。別に食べたいと思わなくなったのだ。



「……スープあたりが妥当か」

「食べなきゃ、ダメ?」

「死ぬ気か。許さんぞ」



あなたに許されなくても、とは思うが、死にたくはない。



「早く体調を整えろ」



いつまでもベッドから出ない私に痺れを切らせたのか、抱えられて席につかされる。目の前にコーンスープとバターロールが置かれた。



「最低でもパンは1つ食べろ」



別に食べ物を見たら吐きそうになる、とかそういうことはない。ただ単に、食べたいと思わないだけだ。食べようと思えば食べられるだろう。ただ、最近あまり胃に入れてなかったからお腹がびっくりしてしまうかもしれない、な。
デマンドは私が食べ終わるのを見届けるつもりらしく、向かいの席に座った。
ゆっくり、普段よりも何倍も時間をかけて何とか目の前のスープを完食した。それを見たデマンドが安堵したようなため息を付くものだから、驚いてしまう。視線を向けると、目があった。



「これからもちゃんと食べろ。……に死なれてはかなわん」



これが、私のことを好きだという気持ちからでている言葉だから、何も言い返せす言葉が出てこない。

大人しく目を閉じるくらいしか、出来ることが思いつかなかった。
そうやって目を閉じてしまったから、近づいてきたデマンドの表情を知ることはない。











                           To be continued......






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結構デマンド夢の需要があるみたいで嬉しいです。
デマンド夢が少ないのは人気がないからだとばかり思ってましたから……。







                            2011/10/08