正しい溺死の仕方を








空は晴れているのに、気温は低く、吐いた息が白く変わるほどだった。秋に入ったばかりだというのに、やはり北国だからか、昨日なんてみぞれが降った。
10代最後の日、といいつつ、結局は普段と何も変わらない平凡な日だ。特にすることもない。ただ、目当ての小説の発売日だったので、休日にも関わらず家を出た。
寒かったから自転車を使う気にもなれず、距離はあるが歩いていくことにした。


馬鹿な人だな、といつも思う。


休日だというのに、子供たちの遊ぶ声や、車が少なかった。寒いからかな、と深くは考えなかった。音が無くて静かだったけど、何となく居心地が悪い。音楽プレーヤーの音量を上げた。
しばらく歩いていると、目の前を白い猫が通った。何となしにその猫を目で追いかける。


あぁ、ほら。駄目だって。猫なんか気にしないで、早く足を進めればいいのに。


いつの間にか足は止まっていて、視線だけが猫を追っていた。つられるように、ふらりと身体が傾く。
一瞬、ちらりと猫がこっちを見て、目があった。猫は一つ瞬きすると、今までゆっくり歩いていたくせに、急に加速して車道に飛び出した。
いけない、と思った。まさか自分の体がこんなに俊敏に動くとは思ってなかったのだ。
視界の端に見えた白いトラックが、速度を緩めず車道を走ってくる。猫は車道の真ん中に止まったまま動かない。運転手も気づいていない。
もう、無意識だった。
歩道から飛び出して、猫を下からすくうように抱え上げた。せっかく助けてやろうとしたのに、猫は暴れて腕の中から飛び出して向かいの歩道に走り去ってしまった。
と、同時に体に衝撃が走った。……そうだ。ここ、車道だった。
足が地面から離れて、低く宙に浮いた。不思議と痛みは感じなかった。地面に叩きつけられる直前に、視界は閉じる。真っ暗な闇の中で、確かに思ったのだ。
あぁ、終わったな、と。


それで終わってればよかったんだ。そうすれば、私がこんな思いをする必要がないのに。















































ひどく気分が悪かった。特に今回はひどい。いつも夢を見た後は気が重くなるのだけど、ここまで具合が悪いのは初めてだ。
最近、死ぬ瞬間の夢を見なくなっていて、油断していたからだろうか。なんで私が、私じゃない人の死ぬ夢を見て気分を悪くしなくちゃいけないのか。ふざけるな、って感じだ。



「……目が覚めたのか」



遠い天井しか映ってなかった視界に、白い人が割り込んできた。デマンドだ。
あぁ、そういえば、この人に連れてこられたんだっけ……。具合悪いの、何とか水晶とかいうもののせいかもしれない。弱ってる時に気が重くなるような夢を見せるなんて、卑怯だ。

デマンドの手が伸びてきて、頬を撫で、軽く髪をかきあげた。



「顔色がいつもより悪いな。……水でも持ってこさせようか」

「……いらない」



喉は乾いている気もするが、飲んだら横になれなさそうだ。吐きそうで。



「セオリーなら、ね」



デマンドは撫でる手をそのまま、今度は首に持ってきた。暖かい。どうせなら肩とかに持ってきてくれればいいのに。



「悪役、って手が冷たいものじゃないの……」

の手は冷たいな」

「末端冷え性なの」



何でこんなにデマンドの手は暖かいんだろう。



「デマンドの手は……冬場に重宝されるでしょうね。でも風邪とか引いてる人には嫌がられる」



いわゆる、『あなたの手、冷たくて気持ちいい……』が出来ない、ということだ。
首から肩あたりを撫でているデマンドの手を取った。びくりと震えるのが何だかおかしい。



「私、年中冷え性だから……しょっちゅう死んだ人みたいって言われる。……体温も低いし」



平熱、35度切るときもあるくらいだし。
何となくで掴んでみたデマンドの手が本当に暖かくて、中々離せない。少し力をいれて握ってみると、握り返された。



「でも、私、気に入ってるの。冷たい手や低い体温」



保健室の先生に、「低体温は病気になりやすい」と言われても、特に何もしてこなかった。
だって、唯一と言っていいくらいなのだ。彼女との違い。猫をかばって死んでしまった馬鹿な学生さん。彼女は子供体温だとか言われて周囲の人にからかわれていた。



「自分の手が冷たいと、ひどく安心するの」



寒いんだけどね。そう言ってデマンドを見上げる。黙って聞いていたみたいで、でもその瞳は何を考えているのか全くわからない。
繋いだ手を引かれ、身体が起き上がった。具合の悪さがぶり返してくる。



「ちょ、っと」

「寒いのだろう」

「寒いのはそうだけど、それよりも横になりたい」



そう言うと、抱きしめられ、再びベッドに倒れ込んだ。デマンドは手だけじゃなくて、身体も暖かい。私の体が冷えているだけかもしれない。



「今日のお前は……いつにもまして弱っているようだが……邪黒水晶に当てられているのか」

「あー……それも、あるかもしれないんですけど。一番は……良くない夢を、見て……」

「夢?」



どんな夢か、と言外に言っている。



「私じゃない人が車に轢かれて死んじゃう夢」



死ぬ夢とか殺される夢って吉夢らしいんですけど、私にとっては馬鹿みたいに気分の悪い夢でしかないんです。
腕の力が少し強くなった。



「……私にはお前がいれば十分だ。もう一度眠るがいい。体調も良くないんだろう」



この人は、知らないはずなのに。妙に核心に迫ることを言う。心臓ドキドキだ。



「寒いのなら、このまま抱いている。……早く寝てしまえ。夢など、私が出てくるもの以外、覚えている必要はない」

「……傲慢。狡い人。人が弱っているところにつけこんで……」

「お前が私に溺れてしまえば、どうでもいいことだろう」



背中に腕を回して、デマンドの付けているマントを掴む。
具合が悪くて、しかも夢のせいで弱っているからだ。だからだ。だから目の前の人にちょっと縋っているだけだ。
この人が優しく触れてくるからとか、思いの外大切にされていて、絆されたとかではない。決して。
アレだ。風邪ひいてる時は人肌が恋しくなるっていうアレだ。

体温が心地よくて、目を閉じる。
ふと浮かんだうさぎの顔に、胸の奥でチクリと痛むものを感じた。



罪悪感、に間違いないだろう。







                          To be continued......






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唐突なデレのターン。
っていうか元々、別に主人公個人にとってデマンドは敵ではないですからね。








                             2011/10/04