白とくろ








知らない天井だ、っていうのは有名なアニメの主人公が言ったセリフとして有名だ。
目が覚めて、見えた天井は遠く、冬は寒いだろう、と思った。体の調子が悪く、何というか、具合が悪い。頭も痛いし、体全体が鉛のように重くてダルイ。風邪を引いた時のようだ。



「ここ、ドコだ……?」



寝たままでいたかったのだけど、それでは情報が入ってこないので、ゆっくりと身体を起こす。肌寒さを感じて、肩を抱いた。黒いカクテルドレス(しかもかなり深いスリットが入っている)を身にまとっていた。こんな服にもちろん見覚えはない。
周りを見渡してみる。広い部屋だ。けれど、とても殺風景。今私がいるベッドと、向かい合うように、あれはなんて言うんだろう。何か、貴族が座るようなソファが置かれていた。そのソファに目をやって、固まった。
全く気付かなかった。そのソファに、人が座っている。



「気分はどうだ?」



目を凝らして見ると、座っていたのはデマンドだった。優雅に足を組み、ワイングラスを傾けている。……絵になる人だ。



「……お陰様で、非常に最悪ですよ」



命知らず、かもしれないが、言わずにはいられなかった。この人の目的が全く見えない分からない。一体私に何の用があるというのか。
私の返した返事に、特に気分を害した風はなく、むしろ面白そうにクスリ、と笑ったあと、こちらに向かってゆっくり歩いてきた。……瞬間移動は、使わないのか。まぁ、歩いてきてくれたほうが心臓に悪くなくていいけど。
ベッドから起き上がったままの状態から、身体をデマンドの方に向ける。立ち上がろうと思ったけれど、どうやら床は土足のようだし、何より億劫だった。



「……そのまま座っていろ。身体が辛いだろう」



その様子を見たデマンドがまるで気遣うように言う。



「……お気遣い、痛み入ります」



嫌味だ。完全なる嫌味だ。
デマンドは私の前に立ち、私を見下ろす。私はデマンドを見上げた。首がきつい。長いことこの体制でいるのは辛いだろう。ここは土足とか気にしないで立っていればよかったかもしれない。座っているよりはマシだろう。それに、見下ろされているのは気分が良くない。



「私の名は、プリンス・デマンド。ようこそ、我がブラック・ムーンの前線基地へ。歓迎するよ、月野



どうやら、この人は私に用があるらしい。人違いじゃなかったようだ。
あぁもう、本当に何を考えているんだろうか。

ここが前線基地、ということは30世紀のクリスタル・トーキョーにいるらしい。確か、アニメだとタキシード仮面がすぐに助けに来てたから、クリスタル・パレスから大して離れているわけじゃないんだろう。大人しく助けを待つのが利口、だろうな。



「それはどうも、ご丁寧に。お招きありがとうございます。……すぐにお暇したいんですがね」

「そう言うな……お前の身体が馴染めば、すぐに我が城に来てもらう」

「……は?」



何て言った? 馴染む、というのは、おそらくこの身体の気だるさの原因のことだろう。何とか水晶ってヤツ。で、城に来てもらうって、何。惑星ネメシスに連れてく気なのか。いや、本当に私をどうしたいの。人質か? でも人質をネメシスまで連れてってどうすんだ。
デマンドは何がおかしいのか、愉快そうに私を見ている。いや、実際滑稽に写っているんだろうな、私の姿が、彼の目には。
本当に、目的が見えない。



「お聞かせ願いたいんですがね、一体何のつもりでわざわざ私を誘拐したんですか」



私はセーラー戦士でもなければ、クイーンでもないですよ、と付け加える。



「そんなことは知っている。理由なんて、単純だ。お前が欲しい。それだけだ」

「いやだから。私は欲しがられるような力は持っていない、って言ってるでしょう? 私を連れ去ってくることに、貴方の得るメリットがないと」

「お前にそのような力は期待していない。それに、もちろん、メリットならあるさ……」



一瞬だった。
デマンドがそう言ったあと、素早く私の顎を掴み、引き寄せたかと思えば、次の瞬間には唇が重なっていた。私の中の冷静な部分が「鮮やかである」、と感心して手を叩いて褒めている。
ゆっくりと唇が離れていき、至近距離で目が合う。デマンドの瞳に映っている私は、呆然とした表情をしている。

この人は、今、一体何をした? いや、わかってる。今、私は、目の前で優雅に笑っている人に、キスされた。歪みない事実だ。



「な、にを……」

「口付けた。私はお前が欲しい。愛している。愛している女を手に入れたいと願い、実行することに、何の不都合がある?」



有りまくりだ。
いや違う。この人何言ってんだ。愛してる? 誰を。私を? 一体何の冗談だ。
何の反応も返せない私を見て、デマンドは少し考え込んだ風を見せると、徐に顔を上げ、今度は指をゆっくりと私の髪に絡ませてきた。イメージとは大分違うその指の優しさに心臓が跳ねた。



「……ラビットを連れて逃げた時のお前が、どうしても・何をしても頭から離れなくなった。怯えているように腰が引けているくせに、瞳は強い光を放っている。どうしてもお前が欲しかった。……今すぐに私を愛せとは言わない。時間はたっぷりある。ゆっくり、私に溺れればいい」



向けられる視線に、ひどく熱がこもっている。行動はまるで愛しい人を大切に扱おうとするそれなのに、言ってることが強引で、とてつもないギャップを感じる。
何なんだこの人。本当に私のことが好きみたいじゃないか。……本当に、やめてほしい。ていうか、まさかこうくるとは思ってなかった。この人めちゃくちゃ私情で動いてる。まだ「人質として」とかだったらよかったのに。こんな、つまり「君が好きです」的な展開、対処法わからないんですけど。
ていうか、これ言われるべきは我が妹じゃなかったっけ……。どうなってるんだ。ぜひプリンスには目を覚ましていただきたい。



「何を、考えている? この状況で考え事とは、随分余裕だな」



逸らしていた目を合わせた。余裕なんかじゃない。現実逃避してただけだ。
髪に絡めていた手が離れて、そのまま肩に触れる。冷えた肩に、その手は暖かかった。力が入り、後ろに身体が倒れる。
無抵抗で倒れてしまったが、押し倒され、組み敷かれた状態になったわけで。流石にマズイ、と冷や汗が流れた。



「帰していただけませんかね」

「……話を聞いてなかったのか。お前を帰すつもりは毛頭ない」



手首をしっかりと押さえられ、顔が近づいてくる。咄嗟に顔を背けるが、大して意味を成さなかったようだ。首に唇が触れたようで、ビクリと身体が震えた。するすると、ゆっくりそのまま下に下がっていく。
ちょ、っと。手が早くないですか。ど、どうすればこの状況を打破出来るんだ。

このままだとマズイ、と思った瞬間、カツン、と大きくヒールの音が響いた。視線を向けると、緑色の髪が揺れていた。



「デマンド様!」

「……何の用だ、エスメロード」



低い声だった。機嫌が悪いというのが一発で分かる。エスメロードにも伝わったようで、彼女もビクリと肩を震わせた。
デマンドは緩慢な動きで体を起こし、声の主の方へ顔を向ける。エスメロードの視線が私を捉えて、眉にシワが寄っている。あぁ、そうか。そういえば、エスメロードってデマンドを慕っているんだっけ。なるほど。私は完全なとばっちりによって恨みをかったわけだ。私は悪くないのに。



「い、一体何のおつもりでその女を連れてきたのですか!」

「これは私の妃にする」

「なっ!!」



声が重なった。
こいつ何言ってんだ。私の思考回路はショート寸前だよ。ただし、今すぐ会いたいのは話がわかる人だ。
エスメロードの持っているジュリアナ扇子が震えている。



「な、何を言って……っ、いや、そもそも何を考えてんの?!」



くつくつとデマンドは笑って、私を見下ろした。



「ただ単にお前を欲して連れてきた、だけで私が満たされるとでも?」



なんて強引で、自分勝手な考えなんだ。
そりゃあ、人を惹きつけるカリスマ性は持っているんだろう。人の上に立つべくして生まれたような存在なのかもしれない。



「……今までにそうやって口説けば、みんな落ちたのかな? だからそんなこと言うの?」

「勘違いしているようだが、お前以外に愛を囁きはしない。今も昔も、これからも」



よくも悪くも、真っ直ぐで……一途と言うべきか。その強引さと、馬鹿みたいに歯の浮くセリフが似合っている。言ってる本人が非常に真面目な顔をしているせいで、言われたこっちが恥ずかしくて仕方がない。
今までの人生経験で、『愛してる』だなんてそんなの、言われたことがない。だからこんなとき、どう対処すればいいのか見当もつかない。助けてほしい。



「デマンド様! その女は我々の敵・セーラームーンの縁者なのですよ! 計画に余計な支障をきたす可能性もあります」

には何の力もない。銀水晶の恩恵を受けているわけでもなし……一体何の問題があるというのか。もしあったとしても、これには何もできまい」



無力でか弱い人間だ、と言うデマンドの瞳が、本当に愛しさを含ませたもので、私はこの人に守られているという錯覚を起こしそうになった。
デマンドの言ってることは正しい。私には何も出来ない。力もない。全くその通りだ。そう望んで生きてきた。武道の心得があるわけでもない。こうして組み敷かれてしまえば、ただどうしようかと考えるだけで、抵抗すらまともにできない。どうにかして話を逸らして意識を別に持っていくことをするのがせいぜいだ。



「……計画? そ、う言えば……一体何のためにやってきたの?」



こんなことしか言えない。けれど、思ってたよりは関心が引けたようだ。



「あぁ、言ってなかったか。……簡単に言うならば、地球の歴史の再生・といったところか」

「……歴史の再生……」



そしてデマンドは丁寧な説明をしてくださった。



長寿や平和なぞまやかしであるだとか、肉体など滅びるためにあるのだとか。……正直言うと、概ね賛成だ。20世紀からやり直されるのは……ちょっと困るけど。
けれどここで「いやはや全くその通り。私もそう思いますよ。死なないだなんて馬鹿にしてるにも程がある。短い人生であるからこそ人は善く生きようとするだから」なんてことは言えない。



「……そ、うなん、ですか……」



何と答えればいいのか。へぇそうなんだ頑張って? それも何か違う。



「……私、貴方と茶飲み友達くらいにならなれるんじゃないかな、って思ったわ」



いやいや、この答えもどうなの。馬鹿じゃないのか私。
その返答を聞いたエスメロードは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。デマンドは私の上で笑っている。



「……ほぅ。お前から賛同を得られるとは予想していなかったな……」

「全てを肯定してるわけじゃないんですけど」



まぁ、せいぜい頑張ってください。応援も協力もしないけど。いや、でも少しは期待しているかもしれない。
何せ、憶測でしかないけど、30世紀の私は自殺を図り、昏睡状態になっている。不老長寿にショックを受けてすぐに命を絶とうとするなんて、未来の私は情緒不安定だったんだろうか。何があったのか、真実はわからないんだけど。知るつもりもないし。

いつの間にか、デマンドの拘束は緩んでいて、身体を起こすことができた。それでも相変わらず距離は、寄り添うような近さだ。



「……アナタ、セーラームーンの姉なんでしょう?」



その言葉に首を傾げる。口調がとても厭みったらしいので、私を気遣っているわけではないのだろうけど。……自分たちの野望を少なからず肯定されているというのに、嬉しくないのだろうか。



「私の妹がたまたまセーラー戦士だっただけですし。それに、私と妹じゃ考え方が違うのは当たり前じゃないですか」



一体この人は何を言っているんだろうか。いくら家族とはいえ、血が繋がっているとはいえ、結局は別の人・他人なのだから、同じ思想を持ってる訳がない。別に持っていても構わないけど。



「妹が正しいと思ってることが、私にとって正しいことであるとは限らないでしょう? ……あの子の考えをもちろん、否定するつもりはありませんけど。その代わり、理解できるとも思ってないです」



他人を理解し、理解されるっていうのは難しいことだ。



「セーラームーンが嫌いなの?」



流石のエスメロードも怪訝そうな顔で私を見た。
セーラームーンなんて、どうでもいい。あの子が私の妹であるのは事実だけど、セーラームーンは私には関係の無い存在だ。



「妹のことは大好きです。本当に。甘やかしてあげたくて仕方がないくらい」



私の考えは、うさぎには受け入れられないかもしれない。一生言うつもりはないんだけど。



「……エスメロード」

「っ! ……失礼致しました」



咎めるような声に、エスメロードが部屋から出ていき、再び部屋の中で二人きりになってしまった。



「やはりセーラームーンは早々に始末するべきだな。お前の愛が向けられるのはこの世に私だけでいい」



……貴方に愛を向けたこと、ないんですけど。っていうか何でいきなりそんな話になったんだ。
腕を引かれ、デマンドの腕に包まれる。



「……、愛している」



背筋がゾクリと震えた。思わず胸を勢い良く押して距離をとる。
ようやくまともな反応が取れた、と少し安心した。けれど、同時に顔に熱が集まってくる。



「この部屋を自由に使うといい。体を休めておけ」



私の顔が赤いのを見て、満足そうに笑み、デマンドは部屋からいなくなった。

……何という展開なんだろう。何が悪かったのか。やっぱり現代での邂逅だろうな。あれさえなければ私とデマンドの無関係は永久に平行線だったのに。



「……助けて」



何の力も持たない私は、ただひたすらうさぎの助けを待つことしか出来ない。ちっぽけな人間だ。
これじゃあ、結局はセーラームーンに頼ってるじゃない。

自分が情けなくて仕方がない。







                          To be continued......





---------------------------------------------------------------------------
主人公が最悪の性格してるのはいつものことです。







                             2011/10/04