絶望と願望









全く予想してなかった、と言えば嘘になる。うさぎは姉思いのいい子だし、何かよくわかんないが、ルナが家にやってきてセーラー戦士として戦い始めただろう辺りから、「お姉ちゃんを守ってみせるからね!」と言うようになった。それに私は、「え、まぁよくわからないけど、無理しないようにね」と当たり障りのない言葉を返していた。
だから、うさぎは確かに言い出しそうだな、とは思っていた。ちびうさも、だ。私に懐いてくれていたし。



「お姉ちゃんも行こう! 敵に目を付けられてるかもしれないんだよ!! 一人残ったら危険だよぉ」

お姉ちゃん!!」

「いや、でも」

「そうですよ、さん。うさぎちゃんの言うとおりだわ」

「やっぱり一人残るのは危ないですよ」

「いや、私戦えないから」

「お姉ちゃんはあたしが守るから!!」



奇妙な光景だ。セーラー戦士に詰め寄られている一般人・私。言い合いの内容は、未来に私が行くか行かないか。ちなみに、多数決だと未来に行くという選択肢になってしまう。



「お姉ちゃん、あたし、頼りない?」

「セーラームーンだけじゃないわ! 私たちだってさんのこと守りますから!!」



事のはじまりは、話の流れを無視した(であろう)デマンドとエスメロードの急襲による。それによって、狙われたちびうさを抱えて何とか逃げ果せた私は、その事件をうさぎ達に話した。その後、また敵との間でひと悶着あったらしいが、私は知らない。とにかく、ちびうさの求めにより、30世紀の未来へと行くことになったそうだ。しかし、そこで、先のデマンド・エスメロード事件により、もしかしたら目を付けられたかもしれない私を一人ここに残していくのは危ないんじゃないか、とタキシード仮面が言った。ふざけるな。
しかし、その仮面男の発言に、周りのセーラー戦士も同調する。
もちろん、心配してくれるのは嬉しい。ありがとう。けれど、そんな敵地に乗り込んでいきたくない。だって私、ある程度先を知っているわけで。どう考えてもここにいたほうが安全だと思う。



「でも、わざわざ足でまといを増やす必要はないんじゃないかな」

「足でまといだなんて!!」



ルナが、埒があかないわね、とボソリと言った。全く同感だ。でも前振りなく勝手にしゃべらないでほしい。こっちは君のこと普通の猫として扱ってきてたのに。
このしゃべった猫にツッこむべきか考えていたら、強引に、うさぎとセーラーヴィーナスに手を取られた。どうやら、強制連行に決めたらしい。



「え、ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて! 話せばわかる!!」

「みんな! 手を離さないでね!!」

「は、話を聞いて……っ!」



ちびうさが呪文のようなものを唱えると、強い風が吹いた気がした。思わず目を瞑る。次に目を開けたときは今までいた公園ではなかった。
その後、セーラープルートと出会い、何とかクリスタル・パレスなる宮殿に着いた。私は着くまでじっと大人しくしていた。話しかけられようが一切しゃべらなかった。決して怒っているわけではない。断じて違う。例え無理やり連れてこられただけだとしても、私はそんなことでは怒ったりなんてしないとも。



「……お姉ちゃん。そりゃあお姉ちゃんの意思を無視したのは悪いと思ってるよ……でもお姉ちゃんの安全を考えたら……っ!」

「えぇ、うさぎは姉思いですものね。わかってるわもちろん。大丈夫。全然怒ってはいないから!!」

「うえーんマーズぅ、お姉ちゃんが怒ってるよぉ!!」



クリスタル・パレス内で、うさぎとその彼氏の未来の姿を見学し、今の現状について説明を受けた。まぁ、正直言えば私には関係ないのでほとんど聞いてなかった。
現在、クリスタル・パレス内の案内をしていただいている。未来のセーラー戦士やらが寝かされている部屋を出たところだ。



「……本当に、怒ってないから」

「本当に?」

「本当に」



もう、来てしまったんだから諦めた。大人しくこの宮殿に閉じこもっていることにした。……何か見落としていることがあるような気がする。いやいや、この宮殿は安全だってきっと!!



「それで、ここが通称祈りの間だよ。クイーンは大抵ここにいた」



キングが扉を開ける。教会のような場所だ。ただし、信者の座る椅子は置かれていない。まぁ、あまり広くはないのだけど。部屋の一番奥に、祭壇がある。そこに誰かが横たわっているらしい。ちょっとよく見えない……が、どうやら黒いドレスを着ているらしい。……祈りというくらいだから、ご神体かなんかだろうか。
ポツリとこぼした呟きはキングに聞こえたらしく、苦笑いを浮かべ、



「あれは貴女だよ、さん」

「は……?」



その言葉に、私は耳を疑った。早足で祭壇に近づく。そこに寝っ転がっているのは、確かに私によく似ていた。



「……まさか……」

「何でお姉ちゃんが……?」



ネオ・クイーン・セレニティはパレスの入口からすぐのところに横たわっていた。セーラー戦士達も、すぐそばの部屋にいた。
何故、私だけここにあるのか。



「……クイーンは、ここに大体いた、と仰ってましたよね……?」



考えうる可能性は、簡単に浮かんだ。敵の攻撃を受ける、ずっと前からここに未来の私(らしき人)は横たわっていたことになる。



「……あぁ。クイーンは貴女が目を覚ますように、と祈っていた」

「やっぱり。……コレ、死んでるのかな」



ガラスケースのようなものに包まれているので、詳しいことはよくわからなかった。



「……何でお姉ちゃんが……?」

「わからない。けれど、クイーンが22歳で即位したその何ヶ月か後だったと思う。クイーンが青い顔をして彼女を運んできたのは今でも鮮明に覚えているよ。あの時のクイーンは取り乱していて、まともに話ができる状態じゃなかったから……結局詳しいことは分からずじまいで、クイーンも話そうとはしなかった。ただ、わかっているのは、さん、君が自ら命を絶とうとした、ということだ」



言ってしまっていいのか迷った、という顔でキングは話した。ガラスケースの中の私を見る。



「こ、この人、本当にお姉ちゃんなの……?」



私が自殺しようとした、と聞いて顔を青くしたうさぎが信じられない、という顔で見てくる。……私を見られても。けど。



「……確かに、この中にいる人は、月野本人で間違いない」

「お姉ちゃん?!」

「だって、右の手首に痣があるの見える? あれ、生まれつきあるんだよね。ほら、今の私にだってある」



制服の袖をまくって腕を見せる。



「じゃ、じゃあ……何でお姉ちゃんは……自分で……」

「……さぁ? それは未来の私に聞いてみないと」



まぁ、キングから聞いた30世紀のクリスタル・トーキョーの在り方と私の思考を掛け合わせると、大体の想像がつく。
……大方、不老長寿に絶望でもしたんだろう。

絶対うさぎ達には言わないけれど。



「お、お姉ちゃん……絶対自殺とか……やめてね……っ」

「え、あ、うん」



善処します、とは心の中で呟いておいた。



「……私、もう少しここにいますね」

「あぁ、わかった。私たちはモニタールームに戻ろう」

「すぐにそちらに行きますから」



そう言って、もう一度横たわった私を振り返って見る。まぁ、特に何か思いもしないけれど。
うさぎが22歳で即位し、その数ヶ月後にこうなったというのなら、この私は、26歳ということになる。
……寿命が1000年以上って何だそれ。馬鹿にしてんのか、って思う。人生80年、じゃないんですか。そんな世の中ゴメンだ。
どう考えても、26歳の私が自ら命を絶とうとした理由はそれしか浮かばない。
祈りの間から出て、扉を静かに閉める。そのまま皆がいるモニタールームに向かう。静かな廊下に足音が響く。

……何でこんなところに来ちゃったんだろう。これ、20世紀に帰るときに記憶とか消してもらえるんだろうか。消してくれる、よね? だって私、このままだと26歳で自殺しますってこと知っちゃったことになるし。

モニタールームの入口が見えた。



「きゃああぁぁぁっ!!」



部屋の中から悲鳴と、強い風が吹いている轟音がした。



「う、うさぎ?! 皆?!」

「お、お姉ちゃん、来ちゃダメぇ!!」

「え……?」



駆けつけたとき、無意識の行動を責めた。一般人の私が駆けつけたところで何の助けにもならない。失敗した……と後悔したが、時すでに遅し。



「こんなところにいたとはな」



空中にデマンドが浮いていた。
あぁ、よく覚えている。デマンドがうさぎを連れ去るシーンだ。姉としてはもちろん阻止したいところだが、展開を知っている身としては、このままタキシード仮面様に任せるのがうさぎのためだろう。……ほら、可愛い子には旅をさせよ、って言うし。決して、デマうさが見たいとかそんなことは一欠片も思っておりません!!
さぁ、私は一般人。何の力も持っていないお荷物らしく、大人しくデマンドの第3の眼の力に負けることにします。いや、ていうか、勝てないんだけどね、そもそもの話さ。
えーと、確かここでうさぎが宙に浮くんだっけ……? 少々の期待を胸に、でもあくまでも「お前何すんだよ」オーラを纏わせつつ、宙に浮いているデマンドを見る。……あれ、おかしいな。目が、合うんですが。
冷や汗が背中を流れた。
あれ、貴方が攫う予定の私の妹は私より前の方にいるんですがね。明らかに貴方、私を見てますよね。



「一緒に来てもらおう」



第3の眼の力で、身体が動かないし、目も逸らせない。
お兄さん? 相手を間違えてはおりませんか? セーラームーンは向こうですよ、私は無力な一般人ですよ! そりゃあ、姉妹なんだから顔は似てるかもしれませんけど、髪の色とか違うでしょ、間違うはずないでしょお!!
いつの間にか、お得意の瞬間移動でだろうか、デマンドが至近距離で立っている。腕を掴まれた。明らかにこの人、私を連れていこうとしている。
アレか。前の事件が相当腹に据えかねたのか。



「……お、お礼参り、で、したら、間に合って、ますので、お引き、取り願え、ません、か……」



その言葉に、上で笑い声が漏れたのが聞こえた気がした。



「そうじゃない」

「っお姉ちゃん!!」



ヤバイ、と思った。力が段々と抜けていく。意識が混濁してきて、うさぎの私を呼ぶ声を最後に、視界が暗転した。





                       To be continued......





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無視です無視。