吸血鬼(と)轟







「……君、また来たの。毎日毎日、飽きないの?」
日が完全に沈み、月がぽっかりと覗いた、完全なる暗闇。
太陽がその姿を隠してからが、私達吸血鬼の活動時間である。
昔に比べ、吸血鬼という種族はその数を随分と減らし、自分以外の吸血鬼に会うことがほぼ無くなってしまった。
時代が進み絶対数も減ったことで、現在の吸血鬼はそれでも生き残るためにその生態を随分と変えざるを得なくなった。
簡単に言えば、「生き血を飲まなくても力を維持できる」ようになった。血の代わりを見つけたのだ。本当は血を飲んだ方が力は出るし、体調だって雲泥の差だ。けれど、人間社会を生きるに辺り、「人の生き血を飲む」というイメージが災いし、絶滅の危機に立たされたことで、そんな強い力を持ち続けられなくなったのだ。吸血鬼特有の強い生命力などなくても、十分生きていける。人間社会で生きるにはリスクも相当高い。その一方で、人間も“個性”という力を身に着けたみたいだけど。正直な話、私達吸血鬼が万全の体調で万全の力を発揮できれば、かのオールマイトでさえもデコピンで倒せる自信がある。だって私達、人間じゃないもの。
 夜、ちょうど人間たちが晩御飯を終えたであろう時間帯に、彼は毎日毎日やってくる。
 正直に言わせてもらえば、人々の考える吸血鬼のイメージが、実際と全く異なるのだ。そもそも別に人間の血にこだわりなんてないし、ましてや処女非処女で血の味に違いなんてない。というかそもそも、人間の血を好まない。種族は違えど、姿かたちが似ているのだ、好んで襲うモノが少数だった。そんな少数派が目立ってしまったのかもしれない。というか処女の血を好んで飲んでいたのなんて、マジで好色の爺どもがほとんどだ。私達吸血鬼にとっての求愛行動が、「異性の血をねだる」ことにあるのだから、人間を襲って勘違いされるのもやむを得ないのかもしれない。
普段の吸血鬼の食事は、基本的に薔薇やワイン、どうしてもがっつきたい時は動物の血、大抵は犬か猫って感じだ。
、今日も学校に来なかったって聞いたぞ。だからほら、配られたプリントと課題持ってきた」
 キンコン、と古びたチャイムの音に、長く勤めてくれているばあやが出る。どうせ相手は『彼』なのだから無視しろと言っても一度も聞いてくれたことがない。
「ねぇ、もう同じクラスでもないのに、いい加減そんなお節介やめてくれる? それに、昼間学校に行かない日はきちんと先に課題も貰ってるから……」
 彼――轟焦凍とは、小学校からの付き合いになる。吸血鬼である私は、人間から見れば“無個性”の人間に見えてしまう。そして、“無個性”は往々にして弱者の象徴だ。それに加え、吸血鬼の私は、日光に非常に弱い。義務教育の小中学校はそれでもフラフラになりながら通っていた。そんなフラフラ具合が、“無個性”の上に病弱であると思われる要因となった。
 そんなこんなで周りの子に馬鹿にされる日々を送るかと思えば、何の因果か、小中と九年間、見事に同じクラスだった轟焦凍というヒーロー志望者が私を常に庇いたてしてくれていた。若干、私を守るのは自分の役目、と思っていた節があるのではないかと睨んでいる。
言わせていただけるならば、人間じゃないから“個性”なんてあるはずないし、別になくとも、本来の力があれば、空を飛ぶだの姿を消すだの、“個性”以上のことが出来るので、何を言われようと全く堪えてなかった。ただ、周りでギャーギャー喚かれるのには正直うんざりしていたので、それを止めてくれる彼に感謝をしていたのは事実である。だから大人しく、守ってもらえるなら、とそれに甘えていたのだ。
 いつだっただろうか。私が吸血鬼であることが、彼にバレてしまった。どうにもこうにもお腹がすいて我慢が出来なくて、野良猫を捕まえて、隠れて血を飲んでいるのを見つかってしまったのだ。流石にまずいと思った。逃げようとした私を、素早く先回りされて捕まって、血を飲んで大分力が戻っていたけれど、日光の下だと、やっぱり調子が出なくていまいち。それに私は、血を飲んだらすぐに力が出せるわけじゃない。ちゃんと消化して栄養にしないとダメなのだ。そんなわけで捕まって、洗いざらい喋らされて、結果前より過保護に、さらに距離も詰めてこられた。全くもって解せない。
「お嬢様、いつまでも玄関では失礼ですよ。上がっていただいたらいかがですか。轟様も、お時間がありましたら、お茶でもいかがですか?」
「いただきます」
「いや待って」
 私の制止する声が聞こえないのか、轟君は家に上がってしまい、ばあやが案内するままダイニングに入っていく。
 ちょうど私の食事の時間だったから、テーブルの上には空の皿とグラスのみ置かれている。ばあやが皿の横にナイフとフォークを置いた。たくさんの色とりどりな薔薇が入っているカゴが乗ったワゴンを押してくる。グラスに赤いワインが注がれた。
「食事か?」
「うんそう。……いや、シャツのボタン外さなくていいから」
「……ベッドでの方が飲みやすいか?」
「違う。そうじゃない。何度も言ってると思うけど、血は飲まないから」
 当然のようにシャツのボタンをプチプチとはずして、首を晒そうとする轟君を止める。
 言っておくが、一度たりとも轟君から血を貰ったことはないし、くれるよう頼んだこともない。
「いつでもいいぞ?」
「だからさぁ、言ったと思うけど、私達吸血鬼にとって「異性の血を飲む」って行為はプロポーズと同等なんだって」
「あぁ、知ってる。だから、俺の血を飲んでいいって言ってるんだ」
 毎日毎日飽きるほど繰り返される言葉を、どこまで本気と取っていいのかわからないから、黙って皿に並べられた色とりどりの薔薇を食べる。
 それをじっと見てくる彼の視線には一切気付かない振りをして。