22:職場体験に向けて






「俺は今、大学病院の勤務医やってんだ。ヒーローとして活動してねぇし何より忙しい。指示がなけきゃ何も出来ねぇひよっこに構ってられる時間はねぇんだよ」

 こちらの返答を聞くまでもなく切られた電話。耳元ではツーツー、と無機質な機械の音しかしない。
 指名リストに師匠の名前が無かった。無かったものは仕方がないが、理由くらい教えてもらってもいいだろうと帰宅早々電話を掛けた。あの物言い……きっと最初っから私の面倒を見る気は無かったに違いない。だというのにわざわざ「指名してほしかったら本選くらい出ろ」とか何故言ったんだ。あぁ腹立つ。こんなことになると分かっていたら、洗脳されて扱き使われた時にさっさと棄権できたのに。

、今日晩飯一緒に食おう、って姉さんが。今天ぷら山盛りに揚げてる」
「あぁ何か魚だかキノコだかたくさん貰ったんだってね。着替えてくるからちょっと待ってて」

 制服から着替えもしてなかった。まだ時間に余裕はあるし急ぐ必要はない。今日は特に学校から宿題も出なかったし。けれど焦凍が迎えに来たのならきっとすぐにも轟邸に行くことになるだろう。携帯と指名リストを適当な鞄に入れて焦凍と一緒に轟邸に行った。

「もう決めたのか?」
「全然。これから調べるの」
「医療系を扱うヒーローは少ねぇだろ」
「それがね、ぱっと見だけどリスト内に医療関係は一個もない。まぁ体育祭見て指名くれてるのならそうなるのも納得だし」

 だからこそ師匠を当てにしていたのだけど、目論見は外れたわけで。そもそも医療系は狭き門だし、通常のヒーローと違って色々専門的な知識も必要になってくる。資格も必要だし。だからまぁ、仕方がない。
 結局医師免許取らないと医療行為は出来ないことに変わりはないのだ。だから今回の実習は適当に流そうと思っていたのだけど……。

「どこでもいっかな、って思ってたんだけどね。人気ヒーローからの指名があったから驚いちゃって。ほらここ。No.9ヒーローだよ」
「……リューキュウか」
「そ。何で指名してきたのかも気になるし、何より彼女の個性、強いからねぇ。近くで見れるだけでも十分勉強になりそうだから、ここにしようかな、って」

 40件ものヒーローを調べて吟味するのが面倒になったから、という本音は黙っておく。焦凍が何か言う前に、食卓に山盛りの天ぷらが並んだので、そのまま話は流れた。




















「こんにちは、緑谷君」

 相澤先生に希望先を提出した後、教室に戻ろうとしたところで緑谷君の後姿を見つけた。ちょうどいいかと思って声を掛けると随分肩を跳ねさせて驚いた様子だった。

「あ、さん! あ、あの……何か、あった、かな?」
「そんなに怯えなくても。ちょっと話したいだけだから……あぁ、そっか」

 どうしてこんなに怯えられているのだろうかと考えたけど、思い当たることがあった。緑谷君の腕を掴んで近くの空き教室を見やると掴んだ腕が震えたように感じた。やっぱりそうだ。

「”ここじゃいつ誰が通るかわからないから、そこの空き教室に入ろう”、だったよね。緑谷君も私に聞きたいことあるんじゃないかなぁ……なんて。流石に自意識過剰だった?」
「え! いや、そ、そんなことは……!」

 腕を掴んだまま空き教室に入って扉を閉めた。ビクリと緑谷君の肩が跳ねる。女子が得意じゃない、だけじゃないなこの反応。別に取って食ったりしないのに。

「……私が言うのも本当におかしな話だけど、自己満足のために言うね。焦凍と本気でぶつかってくれてありがとう。おかげで少しだけ世界が広がった気がする」
さんは、その……轟君のこと大切、なんだね」
「……緑谷君って優しいね。言いたいことも聞きたいこともそんな事じゃないでしょう? 前に言ったよね。別に広い世界を望んでいるわけじゃない、って。あれは本当だけど、半分くらいは嘘。焦凍に限って言えば、彼はヒーローになるんだから狭い世界で燻ってる時間が無駄なの。でも私、ヒーローとかあまり興味ないから」
「……さんは轟君の事情を知ってた、んだよね」

 そうだね。とても近くで過程を見ていたから。言葉にせずただ緑谷君に微笑んで見せた。緑谷君は気付いただろうか。 私、何もしなかったの。焦凍に対して何も言わなかった。

「これからも、焦凍と仲良くしてやってね」
「え! な、仲良いかな……?」
「あぁ、そっか。じゃあ、”これから”、よろしくね」

焦凍は一度懐に入れた人間には結構甘いところがある。緑谷君にすぐ懐くだろう。これまで大して友人のいなかった焦凍がどう友達付き合いをしていくのか非常に楽しみだ。

「私は焦凍の友人ではないし……ごめんね。結局緑谷君の聞きたいであろうこと何にも聞いてあげられなかった。これ以上は時間厳しいし、また機会があれば話そうよ」

 じゃあね、と緑谷君の返事も待たずに空き教室から出た。いい加減教室に戻らないと、あまりにも時間が掛かりすぎだと焦凍に怪しまれる。特に今回は突発的に緑谷君を引っ張り込んだから。本当はもうちょっと時間を掛けて丁寧に話をしたかったのだけど、どうしても私の言いたい事だけ言ってさようなら、しか出来ていない
 あ、また緑谷君に口止めするの忘れた。……けど緑谷君が今すぐ焦凍に何かを聞く可能性はほぼゼロだな、と思い直して教室への道を急いだ。
END
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更新希望めちゃくちゃ頂いているのに2年も放置して本当に申し訳ないです。
少しサイトの更新強化していくつもりです。



2021/01/20