23:職場体験 -01-




「ねぇねぇ見たよ体育祭! 凄いね! あの糸どうやって出してるの? どこまで伸びるの? 気になる!」

 電車とバスを乗り継ぐこと数分、到着した事務所に入った途端弾丸の様に浴びせられる質問の数々に、呆気に取られてしまう。
 答えて答えて! と迫ってくるこの先輩が自己紹介の時に名乗った名前には聞き覚えがあった。職場体験先の希望用紙を相澤先生に提出した時聞いた。「波動ねじれ」雄英ビッグスリーと名高い実力者の名前だ。
 第一希望欄に書いた「リューキュウ事務所」の文字に、相澤先生が片眉を上げてこちらを見たから気になったのだ。その珍しい反応に、何か問題があっただろうか、と。それが顔に出ていたのだろう、相澤先生は何だか感心したような声色で言った。

がここみたいに派手な事務所を選ぶとは思わなかったからな……。実際、第二第三希望の事務所とは毛色が違っている。……リューキュウ事務所は若手ながらも絶大な支持を集めているところだ。いい経験になるだろう」

 そしてこのリューキュウ事務所は雄英ビッグスリーの内の一人をインターン生として受け入れている実績もある、と教えてくれた。
 そのまま誰かと競合することなくすんなりと私の職場体験先は決まった。リューキュウ曰く、指名は私にしか入れておらず、インターンで来る三年生と一緒に活動してもらうつもりだったのだそうだ。そしてリューキュウがインターンという制度について詳しく教えてくれた。相澤先生はインターンについて、「その内教える」と言ってそこについては教えてくれなかったのだ。
 先輩の後ろから出迎えてくれたリューキュウに挨拶と自己紹介をし、そのまま事務所内の案内をしてもらう。そしてお世話になる事務所員の皆さんと軽く挨拶を交わしてから、応接室に通された。そこで今回の職場体験のガイダンスと予定確認、それから”個性”について詳しく聞かれた。その中で、メインは医療方面だと告げると大分驚かれた。

「勿論体育祭の様子は見てたけど、もっと治癒系をアピールしたら指名たくさん来てたんじゃない? こうしてコスチューム来てると医者っぽいな、って思うけど」
「医師免許持ってませんし、私がそれを今の立場で行使することは法に触れますから」
「まぁ……それは確かにね」

 例えば縫合なんかは、明らかに「医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、または危害を及ぼすおそれのある行為」つまり「医行為」にあたる。医師や看護師等の免許を持たない者による医業は法律で禁止されている。”個性”による医行為は割とグレーゾーンなところもあるが、私の場合、「回復」だとか「再生」のような治癒直結個性ではない。あくまで個性の応用使用方法として可能である、というものだ。
 アピールしようにも、それをしたら法律違反になってしまうので出来ない、というわけなのである。これがリカバリーガールのような治癒個性だとちょっと話が変わってくるのだけど。”個性”は治外法権的要素があるから。自身に専門知識がなくとも、言うなれば”個性”が勝手に治癒してしまうタイプの場合、医師法が適用されない場合がある。”個性”を使用できる、例えばヒーロー免許があれば、医師免許なくても治療してオッケー。ただし病院勤めの場合は医師免許いるけど。人の命に係わる事だから割と複雑な仕組みになっている。ちなみに、医師免許を持っていて、医師としての実績が五年以上ある監督者がいると、私は”個性”使用の医行為が可能になる。
 リューキュウは医師免許を持っていないので、今回の職場体験では治療用途の使い方は出来ない。勿論、それは承知の上で来ているので問題ない。

「改めて、よろしくお願い致します。リューキュウさん」
「敬称はいらないよ。ようこそ、ウチの事務所へ。

 ねぇねぇそのヒーロー名の由来は何? と言う声には笑顔を返しておいた。矢継ぎ早に質問が繰り出されて答える暇もない。本人は「気になった事はすぐ聞いちゃう」と言っているが、それにしてもだ。もう既にいくつかの質問に回答しないまま質問ばかりが溜まっていっている状態になっている。多分、聞きたいだけで答えは得られなくてもいい、ということなんだろうと思う事にした。
















 時は少し戻って、職場体験当日の朝。
 制服を来て、宿泊の準備をした鞄を持って。そして学校に保管してあるヒーローコスチュームを持って駅に集合した。

「コスチューム持ったな。本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」
「はーい!!」
「伸ばすな「はい」だ芦戸。くれぐれも失礼のないように! じゃあ行け」

 流石制服、目立つのか通行人がこちらを見ては「雄英生だ」と手を振ってきたり。声を掛けられないのは先生がいるからなのか。
 私が向かう先はそんなに遠くもない。新幹線ですぐだ。中にはちょっとした旅行になりそうな土地まで行く人もいるみたいだし、本当に大変。リューキュウが沖縄で活動していたら私は新幹線じゃなくて飛行機に乗らなくてはいけないところだった。活動拠点がこちらで本当によかった。でもちょっと沖縄行ってみたかったという思いもある。

「じゃあね焦凍、ほどほどにね」
「……あぁ」

 これから大変な目に遭うだろうけど、こっちもこれから何をするのか分からないわけだしあんまり構ってられない。新幹線の時間もあるし、と早々に離れてホームに向かった。焦凍に限って泣き言を言ってくるわけないと思うが、愚痴を聞かされるのも面倒だから職場体験中は携帯の電源はしばらく切っておきたい。割と切実に。
 そうして着いた先のリューキュウヒーロー事務所で軽く挨拶をしあって、今後の予定を確認してから、コスチュームに着替えてからパトロールがてら話そうか、という感じである。初日はあまり時間も無いから肩慣らし程度で、という気遣いをしていただいている。インターンでいらしている先輩はほぼサイドキックとして扱われているらしい。そう見るとこちらはゲスト、といった扱いだ。社会科見学の生徒さんとあまり変わらないだろうし。まぁどうせヒーロー免許持っていないから大したことはさせられないし、リューキュウからも基本的に「有事の際には避難誘導などの後方支援」をするよう言われている。雄英生にどこまでさせるかは各々の事務所判断なんだろう。

「基本は犯罪の取り締まり。事件発生時に警察から要請が地区ごとに一括で来る。だから連絡媒体の携帯は必須だね。報酬は基本歩合制で、逮捕協力や人命救助なんかの貢献度によって変わってくる。だからヒーローの中には副業で収入を得ている人も割と多いかな」

 テレビではヒーローが敵を捕まえているように映されているけど、逮捕できるのはあくまで警察であってヒーローが出来るのは「逮捕協力」まで、という事か。

「つまり犯罪組織を調査しても、捕まえるためには警察に連絡して令状を取ってもらわないといけない、って事ですね?」
「そうなるね。中々飲み込み早くていいね。あまり苦労しなくて済みそうだ」

 指名を入れたのは私だけだとさっき教えてもらったけど、さらに今回初めて職場体験で一年生を指名したらしい。何とかお眼鏡に適ったようで有難い限りだ。

「今日は初日だし、パトロール終わったら少し体を動かそうか。こちらもいざという時のために貴女がどの程度動けるのか把握しておきたいし」
「はい、よろしくお願いします」

 一週間程の職場体験で、受け入れ側は本来の仕事をこなせない可能性が出てくる。なにせゲストというお荷物を抱えるわけだから。先行投資と言えば聞こえは良くなるけど、体育祭でちょっと見ただけの生徒を受け入れるなんて結構なリスクだ。特に対敵に特化しているヒーローなら尚更。そういう意味で言えば焦凍はエンデヴァーのところに行ったのは正解だったんだな、と思う。少なくともお客さんとして扱われはしないだろうから。エンデヴァーは焦凍を鍛える気満々でこの日を待っていた、くらいはある。数日前に見たエンデヴァーはそんな感じだった。それを感じ取った焦凍のご機嫌が悪くなって実家に寄り付かなくなるまでがセット。今回は私も準備で忙しくて構えないからさっさと帰したけど。
 期間中に大捕物をしよう、というイケイケどんどんな事務所の方が少ないだろうし、どの道危険な事からは遠ざけられるわけだ。基本は。エンデヴァーは可愛らしく言えば、息子にいいとこ見せたいだけなので除外。
 さて、緑谷君からの一斉送信メールが来るのは確か三日目の夕方以降のはずだ。どうせ何も出来ないのだし、四日間は電源を落としたままにしておきたいところだ。音信不通になったところでそれに気付かれることもほぼ無いだろうとは思う。頻繁に連絡を取り合う人がいる訳じゃないし。透から来そうだけどそこは適当に後日誤魔化しておこう。あ、でもついさっき連絡端末の携帯はマストって言われたばかりだったな……。それに音信不通で何かあったのかと疑われるのも面倒だ。
 と、悩んでいたのだけど。
 初回のパトロールを終えて事務所に戻ると、一台の端末を支給された。今回の職場体験用に用意してくれたもので、リューキュウ事務所のサイドキック達や事務員さん達の連絡先が全部入っているのだとか。
 職場体験の一週間は長いようで短い。所長であるリューキュウは勿論、サイドキック達も非常に忙しい。限られた時間を有効に使っていかなくてはこの一週間に無駄な時間が生まれてしまうから、だそうだ。つまり、たくさんいる所員達と連絡先交換する手間を省いたという訳だ。なんて効率的。職場体験期間中は支給された端末を連絡手段として使う様指示された。端末を支給したからといって、個人の端末で連絡先を交換するのを禁止したわけではないよ、とのお言葉付き。現に、リューキュウと波動先輩(ヒーロー名はねじれちゃん、だそうだ。呼びづらい)とはパトロールへ出る前に交換済みだ。
 自身の端末を出来るだけ遠ざけておきたかった私にとって、非常に都合がいい。流石に電源を切りっぱなしにすると、もし万が一、何らかの用事で電話が掛かってきたら面倒なことになるかもしれない。だから今までは一応、消音モードにしていたのだけど。そんな懸念をこれで全部解決できる。嬉々として自分の端末の電源を切った。