21:ヒーローネーム





連休明けの朝は雨で憂鬱だった。この二日間大体昼頃まで寝てる生活だったから朝早く起きるのが辛い。焦凍が起きるように身体を揺すってくるのに何回も「あと5分……」と言っては聞き入れてもらえず、最終的には掛け布団をはぎ取られた。寒い。



「お前、その寝起き悪いの何とかした方がいいぞ」
「焦凍の寝相がよくなったら考える」
「関係ねぇだろ」



電車に揺られいつものように登校するが、電車内から物凄い量の視線を感じる。焦凍も気付いたのか首を傾げている。



「何かあったか?」
「体育祭、テレビ中継されてたからね。焦凍は準優勝だし大分目立つんじゃない?」



話しかけてくるかと思ってたのに、あまり声をかけられもせず、視線だけ感じるという少し居心地の悪い車内だった。焦凍は興味がなくなったのか「そうか」とだけ言って外の景色に目を向けた。
教室に入れば、クラスメイト達が体育祭の影響で話しかけられただのと盛り上がっている。自由に席を立って話しているが、それでも予冷が鳴ったと同時にピタリと席に着き、静かになる。相澤先生の教育のたまものだ。
教室に入ってきた先生は、体育祭まであった包帯が取れている。



「「コードネーム」ヒーロー名の考案だ」



静かな教室が一瞬盛り上がるが、先生が個性を発動させる素振りを見せるとまた一瞬で静まり返った。



「というのも先日話した「プロからのドラフト指名」に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2・3年から……。つまり今回来た”指名”は将来性に対する”興味”に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」
「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」
「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」



黒板に開示された票数に、『 40』と名前が載っている。思ってたより来てるな、というのが印象だ。焦凍への指名が私の100倍とかちょっと笑える。焦凍は親の話題ありきだとか何とか言ってるが、指名が多ければ多いほど選択肢が広がるんだから素直に受け止めておけばいいのに。まぁ4000もあったら吟味だけでも一苦労だろうが、50音順で大分最初の方にエンデヴァーから来てるのを見つけるから、他の指名を見るかすら怪しい。というか世の中にどんだけヒーロー事務所あるんだよ、と思った。



「これを踏まえ……指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」



その体験先で使うから、とヒーロー名を考案する、という話だが。



「将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近づいてく。それが「名は体を表す」ってことだ」



だがしかし。全く考えてなかった。ミッドナイト先生が配布したボードを眺めるが、何一つ浮かんでこない。まぁそもそもヒーローになろうと思って入ってないから、根本的なものなんだけど。かといって名前そのまんまは芸がないし。例えば『ドクター〇〇』みたいに医者をもじったらなんかちょっと悪の親玉っぽい。ドクターマシリトみたいな。大体みんな自分の個性に掛けて名づけるようだし、それでいくと……スパイダーマンとか? いや蜘蛛嫌いだし。マンでもなかった。いやでも方向性はこんな感じだよねぇ。埒が明かなくなったから電子辞書を取り出す。糸、糸……。thread、yarn、string、line……。ライン……繋ぐとか? 紡ぐ……spin。ライトニングとか? いやでもそんな輝かしいのは青山君の系統と被るしキャラじゃない。英語がいまいちなのかも。イタリア語だと、フィーロ? 人の名前っぽい。ドイツ語はファーデン。例えばヒーロー〇〇みたいに呼ばれるとして、ヒーローフィーロ? 言いにくい。ファーデンは言いやすいかもしれないなぁ。まんま糸ってのも面白くないなぁ。繋ぐとか紡ぐ……。



「じゃそろそろ、出来た人から発表してね!」



最後に残りたくはない。急いで辞書に新しい言葉を打ち込んだ。



































「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ。指名のなかった者は予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ」



私宛の指名、40件はA4一枚で収まっていた。ざっと目を通して、あれ、と上からもう一度今度はしっかり見ていく。師匠の名前がない。あれあれ? 指名出してくれるって言ってたじゃん。あれでも待てよ。今もうヒーロー引退してたな。これ事務所持ってないとダメとかそういうあれなんだろうか。だとしたら私騙されてんじゃん……。えぇじゃあどうしよ。頭を押さえて唸っていれば、紙をするりと抜き取られた。



「一週間、お前がいねェんだな」



じっと紙を見つめていた焦凍がぽつりと漏らした。もちろん、私の指名リストに【エンデヴァーヒーロー事務所】はない。指名を入れるわけがないっていうのは最初から分かってたことだから、気にしていないけど。



「そうだねぇ」
「かぶってる事務所も無い」
「あったとしても、焦凍はそこを選ばないでしょ」



幼い頃からずっと一緒にいて、そう言えばそんなに長い期間離れたことなかったかもしれない、と思った。
未だ手元にある私の指名リストが返ってくる気配はないので、代わりに焦凍のリストを手に取った。分厚い。右上に1/90と書いてある。一枚目に【エンデヴァーヒーロー事務所】と書いてあった。それでも一応全部目を通しはしたんだな、と感心した。



「どこ行くんだ?」
「まだ考えてないよ。知らない名前もあるし、40件くらいなら調べるのも苦じゃないから二日間かけてゆっくり吟味しようかな」



せっかくの機会だし、緑谷君に聞いてみてもいいかもしれない。彼はこれから遅れてくる指名のところに行くはずで、調べる時間が空くはずだから。ついでに、謝っておこうかな、とも思う。けどまた拉致らないといけない。中々面倒くさいな……。






END
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名前変換のその他がヒーロー名の変換箇所になります。
変換しない場合、『リガール』になります。スペイン語で繋ぐという意味です。
繋ぐと、転生少女ってことで「Re Girl」で一応掛けてみてます。
フィーロもいいなと思ったんですけど、どうしてもバッカーノ!のイメージが……。



2019/01/12