20:体育祭 -終-




 お腹が苦しくて、正直吐きそうだ。
 一応はベスト8ってことでお祝いと称し、帰ってきた母が料理をたくさん作り、かつ有名洋菓子店でケーキを買ってきてて、それらを二人で食べた。母はそれなりに沢山食べる方だし、私も別に小食というわけでもないけど、流石にきつかった。昨日の晩の話なのに、夜が明けて昼になった今も胃の中に残っている気がする。母に言われるがままに「朝ごはんはちゃんと食べなさい」と押し付けられたお茶漬けを食べたのが駄目だったんだろうか。本来ならば録画していた2.3年の試合を見ようと思っていたのに。せっかくの貴重な連休をベッドで過ごすことになろうとは。ふがいなくて目を閉じた。
 数時間が経っただろうか。お腹が暖かいものに撫でられている感覚がしてふと目が覚めた。まだ閉じていたい瞼を何とかこじ開けると、まだ部屋の中は明るく、時計を見れば、そろそろお八つ時、といったところだった。お腹を撫でているのは、ベッドに腰かけて私を見下ろしている焦凍の左手だ。病院、行ったんじゃなかったっけ。

「起きたのか。具合は?」
「平気。別に病気じゃないよ」
「あぁ、お義母さんに聞いた。食べすぎたんだってな」

 未だ私のお腹を撫でている手を避けて起き上がった。流石にもう、苦しくはない。どちらかと言えば空いていた。ちょうどいいし、昨日買ってきてくれたケーキがまだあるから食べようかと思った。

「久しぶりに母さんの料理食べれたから、つい。でも流石にお腹空いたし、ケーキ食べない? イチゴとモンブランと……あ、タルトも残ってたかな」
「俺まだ昼飯食ってねぇ」
「もう15時だよ。何で食べてないの」
と食おうと思って帰ってきたら、お前、寝てるから」

 腹減った、と見つめてくる焦凍に、あぁ病院は行ったんだなと分かった。朝一で行ったのか。

「ふぅん。でもケーキ消費しないと。母さん夜にはいないし、私一人で食べたらまたお腹苦しくなる」
「蕎麦食いてぇ」
「……昨日の晩御飯の残りならあるけど、私今から蕎麦茹でる気ないよ」

 ベッドから出て、傍の椅子に掛けてあるガウンを羽織った。部屋を出る私に焦凍は黙ってついてくる。

「あら、起きたの」

 リビングでケーキを食べながら母がテレビを見ていた。撮り溜めしていた韓流ドラマだ。自身が医療従事者であるのに医療ドラマ見て面白いのか。

「ケーキ何残ってる?」
「後チーズタルトと、モンブランだったかしら。あ、もうすぐブルーベリーパイ焼き上がるけど」
「えぇ? まだケーキ残ってるのに何で」
「だって冷凍庫にブルーベリーあったんだもの。だからブルーベリージャム買ってきて作っちゃった」
「何それ……。焦凍、食べるもの沢山あるから、消費してってよ」
「蕎麦は?」
「これ以上食べるもの増やせってか」
「いいじゃない。蕎麦出してあげなさいよ。焦凍君、準優勝なんでしょ? お願い聞いてあげなさい」
「優勝したら聞く、って約束したの。優勝してないからダメ」

 ダイニングのテーブルの上にラップに掛けられているからあげをレンジで温める。冷蔵庫から大量に作られたタルタルソースを出す。肉に対して物凄く多い。残ったらサラダに混ぜよう。

、蕎麦……」

 付いてきていた焦凍がすすす、とさらに近づいてきて腕を回される。すり、と頭に頬を寄せられた。物凄く甘えられている。こうすれば言うこと聞いてもらえると思っているのだ。……いつの間にか私は水を入れた鍋を火にかけていた。
































「何も言わねぇんだな」

 母が仕事に戻った後、二人でブルーベリーパイをゆっくり食べていた。
 結局お昼ご飯替わりのあれそれは大体焦凍の腹に収まった。あんな時間に食べて、それでも晩御飯もちゃんと食べ切ったのは素直に感嘆する。男子ってすげぇ。
 焦凍が何の事を言っているのか一瞬考えたけど、すぐに、おばさんの事かな、と思い当たった。

「何か言って欲しかったの」

 そうだ、と言われると正直困るけど。特に私からあれこれ言うような事じゃないと思うし、おばさんに会って話すことをスタートラインだと思うなら、それはそれでいいことだと思う。むしろ、焦凍が何か言いたいことがあるんじゃないか、と思うくらい。

は、言わなくても分かっていることが多いな」
「そうでもないよ。分からない事の方が多い」
「お母さんのところには、一人で行くべきだと思ったけど本音を言えば一緒に来て欲しかった。でもは絶対に付いてきてくれないだろ」
「そうだね。誘われたとしても行かないね」
「お母さんの病室を開けるとき、情けねぇけど手が震えた。でもお母さんに会っちまえば、驚くほどあっさり赦してくれた。俺が何にも捉われずに突き進むことが幸せで救いだと」
「……よかったね」

 穿った見方をしてしまうのは、やはり性格なのだろうか。何にも捉われずに、という言葉に引っかかった。それはきっとエンデヴァーへの思いだったりなんだりするんだろうけど、でもその中にもし、私の事も含まれてたら、なんて。ずっと恐れてたことを言われるんじゃないか、って心が怯えていく。
「もう迷わない、とは言い切れねェけど見失ったりしない。だから

 膝の上で握っていた手に力が入る。
 良いことだ。良いことのはずなのに。焦凍がようやく目の前の霧を祓って前に進む門出なのに。

「これからもずっと俺の傍にいろよ。俺がちゃんとヒーローになるところ見ててくれ」

 ……あれ?








END
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轟君の抱える問題と夢主への気持ちは全く別次元のものだということ。
轟君は理解しているけど、夢主は理解していない。ってことをだらだら書くための連載です。

誕生日おめでとう轟君や。


2019/01/11