19:体育祭 -09-






選手控室2と書かれた部屋の中に焦凍と二人、決勝戦が始まるのをただ黙って待ってる。備え付けのポットで私の分だけお茶を入れた。
焦凍は自分の両腕を眺めながら物思いにふけっている。というと言い方が悪いんだろうか。考えるなら一人で考えてればいいのに、どうして私も馬鹿正直に連れてこられて付き合っているのか。何と言うか、マネージャーにでもなった気分だ。
そんな静かな空間をぶち壊したのは爆豪君だった。



「あ?」



中に人がいないと思っているにも関わらず威嚇するかのように足で思いっ切り扉を蹴りつけるとか、本当に爆豪君ってば粗暴だな……。その性格で大分損してるだろうに、本人がその損失を気にも留めてないんだから今後の改善は望めないだろうな。



「あれ!? 何でてめェがここに……糸女まで……。控室……あ、ここ2の方かクソが!!」



い、糸女……。そういえば爆豪君とまともに話したことなかったけど、私そんな認識されてんの。いや、認識されてるだけマシなんだろうか、どうだろうか。
焦凍は爆豪君を一瞬見やったけど、また視線を自分の腕に戻した。まぁ、無視だ。それが焦凍のスタンダードだと言えばそうなんだけど、爆豪君には通じない。
物凄い顔で苛ついた顔をして焦凍に食って掛かった。



「部屋間違えたのは俺だけどよ……決勝相手にその態度はオイオイオイ……どこ見てんだよ半分野郎が!!」



個性を伴った手でテーブルをたたき、爆発した。テーブルに置いてた湯呑を持って立ち上がる。反射神経が悪くなくて本当に良かった。正直爆豪君に絡まれるのはご免なので、静かにその場から少しずつ後退する。危なくて近くに居られたもんじゃない。どうして焦凍は微動だにせず座り続けていられるのか。どうして気にせず自分の話をし始めるのか……。肝が据わっているというよりか図太いというか、マイペースというか。



「それ……緑谷にも言われたな。あいつ、無茶苦茶やって他人が抱えてたもんブッ壊してきやがった」



ゆっくり音をたてないように後ろに下がる。本音を言えば今すぐこの部屋から出ていきたいけど、残念ながらドアは爆豪君の真後ろだ。



「幼馴染なんだってな。昔からあんななのか? 緑谷は……」



いやもうほんと、何と言えばいいのかこのド天然坊っちゃんはマイペースにも程があるというか。爆豪君が緑谷君の話題を嫌っていることくらい、クラス全員が分かっているっていうのに。いや、焦凍をド天然というとちょっと普段の生活から鑑みると言い切れないんだけど、たまに養殖かなって思うこともあるくらいだし。いやそんなことを考えてる場合じゃなくて。



「あんなクソナード……どうでもいんだよ!」
「わっ!」



やりやがった。机蹴っ飛ばした……。席立っておいてよかった。



「ウダウダとどうでもいんだよ……てめェの家事情も気持ちも……! どうでもいいから俺にも使ってこいや炎側! そいつを上から捻じ伏せてやる」



爆豪君の放つ言葉はドストレートで、まぁ、簡潔明瞭なことが多い。しっかりと相手を分析出来ていて、優秀なのがよく分かる。一方焦凍は、普段であれば決断力もあるし、爆豪君に劣らず優秀だ。本来の調子であれば優勝が可能だろう。ただ、焦凍は緑谷君と戦ってから調子を崩している。もちろん、迷っているからだ。迷っている限り、爆豪君に勝てないだろう。
爆豪君には申し訳ないけど、焦凍は今、目の前の相手に向き合っていないから。思考は清算すべき過去に飛んでる。上の空だし。
決勝戦くらい、みんなと一緒に観覧席に座ってゆっくり見よう、と思って戻れば、今まで姿見えなかったことについて散々からかわれた。ひたすら焦凍の付き人みたいなことをやってたんだよ、と言っても「またまたぁ」だの「おのれ轟バルス」だの真面目に受け取ってもらえない。芦戸さんと常闇君とはお互いの健闘を称えあっておいた。諦めが早すぎる、と飯田君に苦言を呈されたけど、まぁ仕方がない。沈んだ様子でありながらも私の奮闘(笑)を称えてくれた八百万さんについては時間が解決してくれるから、特に深く言葉をかけることはしなかった。そんなに仲がいいわけでもないし。透が取っておいてくれた空席に座れば、試合がよく見える。
緑谷君が「負けるな頑張れ!!!!」と声を張り上げて応援しているのを聞いて、私も声を張ろうかと考えて、やめた。「は応援しなくていいの?」「めちゃくちゃ応援してるよ」大きな怪我だけはしないように、って願ってるとも。「タンパクだなぁー」透の感想に苦笑するしかなかった。負けるとわかってて一生懸命応援するほど無駄なことは無い、と思わなくもないのだ。



「轟君場外!! よって、爆豪君の勝ち!!」



優勝は、宣言通り爆豪君の手に渡った。本人の望む、完膚なきまでの優勝、とはいかなかったけど。

































帰り道、いつも以上に静かな焦凍が別れ際にようやく口を開いた。「お母さんの病室、知ってるか」私は極たまに冬美さんに代わっておばさんの見舞いに行くことがある。そもそもおばさんの入院先は私の両親が働いている病院だ。もちろん科は違うけど、私は毎週両親の着替えやら何やらを配達しに病院に行っているので、ついでと言えばついでだった。冬美さんは教師でテスト期間だったりと結構忙しい時もある。



「315号室。でも病室棟は部屋の入れ替わり激しいから、ナースステーションで必ず確認して」



とはいってもおばさんの病棟は特殊だからそんなに変わらないんだけど、一応。
焦凍は頷いて、轟邸の門に手をかけた。



は、明日病院行くのか?」
「行かないよ」



メールで体育祭お疲れ様、と母から連絡があった。明日一日だけになるが帰宅するとも書いてあったから、行く必要がない。「母さん帰ってくるから」そう言えば納得したのか、黙って頷いた。



「じゃあ、ね」



頑張ってね、と言おうかと思ったけど、母親に会うのに「頑張ってね」は何だか違う気がしてやめた。
焦凍が母親に許しを願う必要性を私は感じていない。おかしいとすら思ってる。焦凍は何一つ悪くないのだと思うのだけど、それを誰にも言わなかった。これから言う気もない。どちらにしろ、焦凍が母親に会いに行くこと、このこと自体は良いことだと思うし、黙って見守ろう。それしか出来ないから。それからの事は……これから考えるしかない。私たちの関係性も、清算すべきだと。






END
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母が入院した時、しょっちゅう部屋変わっててやっぱり患者さんの入れ替わりが激しいとそうなのかな、と思ったんだけど、実際どうなんだろう。



2019/01/09