18:体育祭 -08-





何回も読んだ。
好きなシーンだったし、何回も何回も読み返した。だから、今日のこの体育祭の事はよく覚えている。年を重ねる度に褪せる記憶だけれど、ここだけは。
好きだから、という理由だけじゃない。焦凍が変わるきっかけもここだったと覚えていたから、忘れないようにしていたのかもしれない。
あんなに好きでたくさん読み返したくせに、いざ目の前で見られるとなっても、見に行く勇気は出なかった。しょせん紙の上のインクだと分かって娯楽として楽しんでいた子と、今こうしてここに座っている私とで感じ方が違うのは当たり前だ。実際に生きている人々の中で、私も同じように生きていると実感したのはいつだったか。それ以来、怖くなってただ黙って生きてきた。そうやって曖昧に過ごして、焦凍と幼馴染なのか恋人なのか、はたまた違う何かなのかよくわからない関係性になってしまって、戻れなくなった。後悔はしてる。明確に答えを出すことを嫌って、焦凍の事を知ったら……。どうして焦凍は私を傍においてまるで恋人かのように振る舞い扱うのか、分からない。言葉一つなくこんな関係が始まっているけど、焦凍は。
焦凍は、どう思っているんだろうか。
ずっと知らないでいようと思った。そうすれば、いつか別れが来た時に傷つかずに済むと、それだけ考えて。けれど、それももう終わりにしなくちゃいけない。

会場が大きく揺れた。熱膨張による揺れだろう。ならば試合は終わったはずだ。これから焦凍はエンデヴァーと話して、それで……ここに来るんだろうか。
黙って座っていると、とても静かだったけれど足音が聞こえた。その音は迷わずこの部屋の前で止まり、少し時間を空けてドアが開いた。
体操服の左側が焼けて無くなっている。無表情で、でも今日で一番晴れた顔をしている焦凍が立っていた。体操服を見て、そういえばビニールから出していなかったな、とボタンを開けた。用意してあるタオルに水を含ませ、絞ってから渡した。黙って受け取った焦凍はそのままタオルで体を一通り拭いている。袋から出した体操服を開いて渡すが、中々受け取らない。



「焦凍?」



着替えないの、と言う前に体に腕が回された。いつも遠慮なく力を込めてぎゅうぎゅうに締め付けてくる腕が、どうしてか今日はただ回されるだけだった。



……」



こんな時、何と言えばいいのか分からないから、オールマイト先生に倣うことにした。



「……お疲れ様でした」



今度は苦しくなるくらい力を込められた。



「俺は……何も、考えちゃいなかった。俺は……」
「……さ、着替えて。次試合の人がここ使うんだから」



会場は暫く補修で試合までに時間が空く。この次の試合が終われば、私の番だ。焦凍にばかり構ってもいられない。特に、これからは。




























飯田君と塩崎さんの試合は、飯田君が塩崎さんの背後を取って場外に出して決着がついた。
次は私の番だ。まぁ、多分負けるだろう。色々考えても見たけど、決定的に決着を付けられるビジョンが見えなかった。機動力で負ける気はないが、体力的に持久戦はやってられない。私の個性じゃ常闇君の弱点を突きにくい。光出せないし、超接近戦は私自身も苦手だ。



「”黒影”(ダークシャドウ)!!」
「”弾糸”(タマイト)」



案の定、飛ばした糸は防がれる。個性である”黒影”はほぼ無敵だけど、常闇君本体はそうじゃない。狙うならそこだけど、そもそもの防御力が半端ない。
”弾糸”の無差別攻撃は影を広げることで全部防がれた。襲ってくる影を宙に逃げて避ける。”弾糸”と同時に左手で試合会場の空中に糸を張り巡らせた。まぁ、”黒影”が動くたびに切れるから張りなおさないといけないが、それでも空中に足場が出来る。これで私の場外はほぼない。



「”五色糸”(ゴシキート)」



指から一本ずつ鋭利な糸を出して常闇君に攻撃を仕掛けるが、これも難なく攻略される。まぁ、ですよね、って感じだ。これが駄目ならさらに威力強化版でいくしかない。



「”超過鞭糸”(オーバーヒート)!」



手のひらから伸ばした糸を大量に重ね、威力を上げた。ただし、挙動が大きくなるためか、常闇君は黒影を使って空中回避。避けられた糸は地面にたたきつけられ、フィールドをえぐった。アニメやゲームみたいにこの技から炎でも出れば勝ち目あったのに。



の個性、中々攻撃的だな」



小さい頃から何かと焦凍に付き合って鍛錬していた。その過程で攻撃技が増えていくのはまぁ、お察しというわけで。
しかしながら全く常闇君にダメージを与えられてないけど、けど”黒影”を休ませる時間を与えることも出来ないから、とにかく手数を打って消耗戦、というわけだけど。私が消耗してる気がする。
空中に張り巡らせた糸を2本分上に上がり、高いところから見下ろす。とりあえず、動きを止めれないかな。



「”降無頼糸”(フルブライト)」



5本の糸を振りかざし、眼下の常闇君のまわりに突き刺した。そのまま踵からふくらはぎにかけて伸ばした鋭利な糸を踵落としの要領で振り下ろすが、あえなく避けられる。動きを止めるには至らない。直接体に突き刺すなんて、やったら失格になりかねないし。



「これは……だめだな」



黒影が迫ってくる。”蜘蛛の巣がき”で盾を作り防御するが、これもいつまでも使えないだろう。ミッドナイト先生を見た。目が合う。



「降参します。常闇君、頑張ってね」



これ以上はただ単に体力を消耗するだけで、私が疲れる。
私の体育祭はここで終わりだ。



さん降参! 常闇君の勝利!」







END
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体操着の下、男子って何も着てないんだよね。ちょっとえっちすぎない?
これまであれジャージでいう上着だと思ってて、中にTシャツとか着てんのかとずっと思ってた。

もう一本、公開してないけど同じ個性設定で轟幼馴染じゃないverも書いてるんですが、
そっちの子をバリバリの攻撃タイプで書いててちょっと引きずられてます……。
後やっぱイトイトの実(ていうかドフラミンゴ)強いな。


2019/01/09