17:体育祭 -07-
一回戦は全て終わった。
麗日さんは爆豪君に負けた。この後、小休憩をはさんで二回戦が始まる。前の席で緑谷君が立ったのが見えた。
試合だから控室に行くんだろう。
「行ってくる」
「座って見てるから」
そう言って手を振ると、じ、と見つめられた。
「優勝したら、何でも聞く、って言ってたよな」
「……優勝したらね」
「出来ないと思ってんのか」
まさかそんな事を聞いてくるとは思わなくて驚いた。こんな約束を気にするような人じゃないと思っていたし。こんなくだらない口約束を使ってでも聞いてほしい願いでもあるんだろうか。全く思い当たらないけど。
それに、優勝できないと思って言い出したし、私自身忘れていた。
腕を引かれ、焦凍の胸に受け止められるとそのまま顎を固定されて、唇に噛みつかれた。幸い、周りの人達はさっきまでの試合について話しているばかりでこちらに目を向けている人がいない。
「焦凍?」
「今度は、出迎えてくれ」
そう言って軽くリップ音を立てて離れていった。
緑谷君との試合をデモンストレーションだとでも思っているらしい親と子に巻き込まれる緑谷君に罪悪感がないわけじゃない。
けれど、何もしないと決めたから、こうしてここまできた。
「そろそろかな……」
焦凍の背中が消えていった階段を同じように下りて控室に向かった。
会場の修復と休憩時間を加味すれば、きっと間に合うだろう。
⇔
「さん……?」
「ごめんね。麗日さんのところに行く途中なのに」
控室目前の廊下の角。焦凍はとっくに会場の前にスタンバイしている。気が早い。
「緑谷君がね、私に用事があるんじゃないかと思って。今なら焦凍の目もないし。もちろん、試合終わってからでも構わないんだけど」
前に緑谷君を拉致って一方的に話した時を思い出す。
あの時、緑谷君に疑問を残したまま、言い逃げしたようなものだったから。
「……轟君の話を聞いて、さんが言ってたこと、何となくだけど分かったような気がする。だからこそ不思議だった。そうやって色々見えているさんがどうして……」
「何もしないのか? そうだね。何もしないと決めたから。私がやるべきことではないと思ったから」
今日この日を持って焦凍は変わる。ずっと待ってた。
「さん?」
「緑谷君。応援しているね。けれど無理しすぎてもいけないよ。体は大事にして。考えることをやめないで。お互い、限界ってのがあるんだから」
戸惑う顔に申し訳なくなった。
「よく見て。焦凍は個性だけじゃなく、判断力、応用力、機動力も強い。幼い頃からのいわゆる英才教育ってやつのおかげでね。だけど、完璧じゃない。……頑張ってね。私はただこうして応援することしかできないけど」
「その、ありがとう……さん」
「お礼を言われることじゃないよ。じゃあね」
前に、言ったよね。焦凍の考えてることを知ろうと思ったことない、って。嘘じゃない。狭い世界で隣の家に住んでいたから・医者の家で両親が留守にしがちでよく預けられていたから、という理由で気が付いたら傍に居た私たち。焦凍のお母さんが病院に入った後、「お前だけは絶対に」焦凍が言った事。
きっといつか、焦凍がなりたい姿を取り戻した時、その時私はどうなるんだろう。広い世界に出ていく焦凍と一緒にいられるビジョンが今まで見えたことがない。きっと、その時が来たら、終わるのだと思った。ずっと一緒に居られないなら、知りたくない。知ったら、離れがたくなることなんて分かりきってた。だから、知ろうとしなかった。結果、歪な幼馴染の関係を作り上げた。焦凍に何も言う言葉を持っていない? ふざけるな。言う資格がない。ずっと気付いていたのに、見ない振りして甘んじてた。
「馬鹿だよねぇ……」
試合後戻ってくるであろう控室に入ってパイプ椅子に座った。破れる体操服の替えをテーブルに置く。まだビニールに包まれたままだ。
この次の試合である飯田君も塩崎さんも来ない。観覧席で見ているんだろう。この控室にモニターはないから試合の様子はマイク先生と相澤先生の実況のみで知ることになる。
座って見てる、とか言ったくせに、私は最初からこの試合は見る気がなかった。
END
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何度も4巻と5巻を読み直して、緑谷がお茶子に試合の様子を説明しているシーンからして、控室にはモニターないんだな、と。
2019/01/08