09:体育祭 -序01-





臨時休校の翌日、相澤先生は包帯男の姿でクラスに入ってきた。
飯田君が無事を喜んでいたけれど、どう見ても無事には見えない。心なしかヨロヨロしているようにも見える。まぁ実際、大分重傷だったから、無理もないと思うけど。それでも先生はそんなことは関係ないとばかりに、『雄英体育祭』が近づいていることをアナウンスした。



「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの一つ!! かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。今は知っての通り規模も人口も縮小し形骸化した……。そして日本に於いて今、「かつてのオリンピック」に代わるのが雄英体育祭だ!!」

「当然、全国のトップヒーローも観ますのよ。スカウト目的でね!」



私個人の趣味で言えば、「形骸化したオリンピック」がそれでも好きだ。わざわざ衛星放送で見たいレースを探すくらい。オリンピックくらいなのだ。それでも続くスポーツの祭典の中継が。スポーツ単体での試合中継なんてほぼやらなくなった。けれど私はスポーツに一生懸命に取り組む選手を見て、「あぁ人間なんだよなぁ」と酷く安心するのだから、仕方ない。



「資格修得後はプロ事務所にサイドキック入りが定石だもんな」

「そっから独立しそびれて万年サイドキックってのも多いんだよね。上鳴あんたそーなりそう。アホだし」

「くっ!!」



私は別にヒーローになりたいわけではなく、資格の修得のためにこの高校ひいてはヒーロー科に入った人間なので、そこまで体育祭で頑張ろうなんて気力が湧かない。プロヒーローのスカウトにも一切興味がない。



「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ。年に一回……計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」



クラスメイト達の、いわゆる静かな闘志のようなものを後ろから見て、まぁ頑張れ、と応援だけする。私は、まぁそこそこの成績を取って、職場体験先に迷惑をかけないような力があるかを試せばいい。





































体育祭三日前。
ようやく時間を見つけた。進路のことで先生と相談があるなどと適当なことを言って、焦凍を先に帰るよう促した。頷いていたので、多分大丈夫だろう。そうして、人気のない廊下で待ち伏せして、お願いした通り一人で来てくれた緑谷君の腕を引っ張った。



さんっ?!」

「ごめんね。ここじゃいつ誰が通るかわからないから、そこの空き教室に入ろう」



雄英はもれなく全ての教室に於いて防音が完璧に施されている。もちろん、施錠もされているが、鍵くらい簡単に開けられるので、前もって開けておいた。



「まぁ緑谷君なら無視はしないと思ってたけど、中々来ないから心配したよ」

「ご、ごめん、飯田くんと帰る約束してて……」

「あぁ! それはごめんね。もっと前もって言えればよかったんだけど、私自身も中々フリーの時間を作れなくって……来てくれてありがとう」

「そ、それであの、話って……?」



顔を真っ赤にして、本当に女の子慣れしてないんだな、というのが判る。麗日さんと仲良くしてる割に。まぁ、私と緑谷君はほぼ話したこともないのだけど。

もうすぐ体育祭が始まるからね、と前置きして、緑谷君の目を見ようとした。もちろん合わない。



「そうだなぁ、私も焦凍も、狭い世界で生きてきてるからね」



そう言葉を始めると、緑谷君は顔を赤くしたまま戸惑う様な表情をした。
急に引っ張り込んで、悪い事したな、とは思ってる。
けど、体育祭が始まる前くらいしか時間が取れないのだ。今でさえ、結構ギリギリで、焦凍に見つからない様に細心の注意を払っている。



「何言ってるんだ、って顔だね? まぁでも見てて感じない? 普通の幼馴染にしてはヘンだな、というか」



緑谷君と爆豪君の関係も大分アレだけど、世間一般の幼馴染として考えれば、私と焦凍の関係も大分外れてると思う。



「え、っと、轟くんとさんって、その、つ、付き合ってるんじゃ……。だから、その……」



顔を真っ赤にしてしどろもどろになって発する声は震えている。それを見て、つい小さく笑ってしまった。
緑谷君が言ったことは、何分難しいところだ。焦凍がどう考えてるか知らないが、私としては意図的に中途半端にしているところ。けれど、今はそれは関係ない。



「正直に言うとね、焦凍が心の中でどう思ってるかは知らない。知ろうと思ったことも、実は無いし。ただね、焦凍は、広い世界を見ることにまで思考が届いてないだけで、気付いてないんだよ」



だから、狭い世界で息苦しく生きてるの。
そう言って笑うと、緑谷君の顔が少し歪んだ。



「どうしてそれを僕に言うの……」

「緑谷君の事、焦凍が目を付けてるから」



この間の昼休み、オールマイト先生に呼ばれた緑谷君を見る目と言ったら……。まぁ、それは言わないでおこう。怖がらせたいわけじゃない。



「私は焦凍に対して、何も言う言葉を持ってないの。何故なら私は、そうだなぁ……言うなれば、天井のシミが見えてしまった人間だから、手遅れなの」

「どういう……」

「詳しくは言わないよ。時間も無いし。……焦凍をどうにかして欲しいって言いたいわけじゃないよ? 広い世界を教えてやってほしいって事でもない。望んでも無いしね。……ふふ、訳わかんないって顔してる。……体育祭でね、きっと焦凍とぶつかることになると思う。その時は、遠慮せず、言いたい事ぶちまけてね。それが言いたかったの」



じゃあね、と緑谷君の返事も待たずに空き教室から出た。
時間はギリギリだ。黙っていれば待っているだろう焦凍に、バレない様に幾重にもウソを重ねて時間を作った。どうしても言いたかった。きっと、緑谷君への最初で最後のお節介だろう。


あぁそう言えば。緑谷君に口止めした記憶無いや。





END



----------------------------------
次、体育祭前夜の轟君を挟んでようやく体育祭です。



2017/11/05