05:USJ-前編-











PM0:50
午後の授業が始まる。教壇には相澤先生が立つ。



「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」



恐らく先日のマスコミ襲撃を受けての警戒態勢の一つだと思われる。
まぁそれでも、オールマイト先生は今、ヒーロー活動中で遅れてくることになるんだろうけど。



「ハーイ! なにするんですか!?」



元気よく瀬呂君が手を挙げて質問する。
それを聞いた先生が、白いカードを突き出した。【RESCUE】と書いてある。



「災害水難、なんでもござれ。人命救助訓練だ!!」



その声にクラスが盛り上がる。が、先生に注意されてピタ、と静まった。



「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」



言い終わったとたん、皆コスチュームを手にする。迷いがない。やっぱり、オリジナルのコスチューム、皆着たいんだろうな。
けれど私は……体操服でいいか。コスチュームに着替える方が時間がかかる。



「ほら」



そうと決まれば、と立ち上がる前に、ズイ、とアタッシュケースを目の前に差し出された。



「いつまで座ってるんだ。……ほら、他の奴らに置いて行かれるぞ」

「焦凍、私は」

「ほら」



アタッシュケースを押し付けられた。私は体操服でいいとは言えなくなってきた。



「早く着替えるぞ」



このままだらだらともだもだしてたところで、相澤先生の機嫌が悪くなっていくだけでいいことないだろう。
諦めてコスチューム着よう。……それにしても、今日の訓練、行きたくないなぁ。出来るだけ焦凍の傍から離れないように気を付けよう。
更衣室前で別れて女子更衣室に入る。中ではすでに皆着替えていた。



「あぁ! ちゃん遅いよ〜! もう皆着替えてるんだよ!!」



透が話しかけてきてくれてる、らしい。というのも、手袋とブーツしか見えないから。透もコスチュームに着替えた……いや、脱いだ? まぁ、そんな感じらしい。



「服、コスチュームじゃない方がいいんじゃない? 風邪ひきそう……」

「んー、“個性”に慣れたからかな? 身体丈夫な方なんだよね!!」

「……そう」



凍える思いをするんじゃないかな、とは流石に言いだせなかった。だから、気を付けてね、とだけ言っておいた。

着替え終えて外に出れば、すでにバスの前で委員長飯田君が音頭を取っていた。あの吹いている笛はもしかしてわざわざ用意したんだろうか。呆れを通り越して、もはや感心する。
番号順に生徒を並べようとしているようだけど、逸る気持ちでバスの中を覗いた一部の生徒により、バスの内装が、まさかのバリアフリー構造であることが発覚し、結局席順は自由だ。
最後に、適当に空いてるところにでも座ればいいか、と待っていれば、右腕を引かれた。

……右手で相手の右腕を引くくらいなら、左手も普通に使えばいいのに、とは言わない。引かれた腕をそのままに、バスに乗り込まされる。背中を押され、二人掛け席の前から二番目の席に座らされた。通路側に焦凍が座る。そして一言「寝る」と呟いて、遠慮なくこちらに寄り掛かってきた。焦凍が私に対して遠慮をするはずもないけれど、流石に周りの視線が痛い。特に通路挟んで向かいの席に座っている峰田君が、何やら呪詛を吐いているようで、正直怖い。呪詛の相手が焦凍だとしても、だ。他、女子からのニヤニヤが地味に心に刺さる。今のところ、女子トークに巻き込まれていないので、面倒なことにはなっていないけど、今後はどうだろうか……問い詰められる日が来るんだろう。ヒーロー科に入る女の子達は、良くも悪くも積極的な子ばかりだし、近寄りがたい空気を出している焦凍にそうそう怯みもしない。あぁ、中学までは、焦凍がある意味高嶺の花だったおかげで、いつも一緒にいた私もその恩恵を授かっていたけど、もうそんなこと言ってもいられないらしい。

前の席の方では、それぞれの“個性”の話で盛り上がっているようだ。



「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」



名前が出た爆豪君は反応したけれど、もう一方の焦凍といえば、目をつぶったままだ。ピクリとも反応しない。まさか本当に寝ているわけじゃあるまいし。とはいえ、今言われたようなことは、さんざん言われてきて、本人ではない私ですら耳タコものだ。



「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」



蛙吹さんの言葉に、つい肩が震えてしまった。笑いを堪えたせいだ。そのわずか(だと思う)振動で、焦凍は目を開けたようだ。



「んだとコラ出すわ!!」



前に乗り出した爆豪君の勢いがすごすぎて、前の椅子が少し揺れた。爆豪君の隣に座っていた耳郎さんが大分横に体を非難させている。



「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」



まぁ確かに、爆豪君はヒーローを目指している割に口が頗る悪い。活動に支障が出るレベルだ。早めに矯正を行った方がいいと思うけど、まぁ恐らく、やるだけ無駄、というものだろうな……。
頭も能力も容姿も優れているのに、まったくもったいない。
ちらりと隣を見る。この人も口が悪い……というよりは不躾、だろう。協調性もないし。ただ、別に性格が悪いというわけではなし……。目立つ弱点がないな。
そのまま見ていると、視線に気づいた焦凍が「何だ?」と聞いてくる。少しだけ考えて、「……爆豪君、もったいないよな、って」と言うと一気に不機嫌そうな顔になった。前の席では相変わらず爆豪君が怒っている。揺れる席から少しでも身体を遠ざけようとすると、肩を大分強引に引き寄せられた。寄れ、ということなんだろう。機嫌は回復してない。まぁ、そのうち回復に向かうだろう。ほっとこう。































「すっげーーー!! USJかよ!!?」



バスから降りた先には、まるでアトラクヨンと見間違えてもおかしくない施設が見えた。
残念ながら私はUSJに行ったことがないの、本当にこれがUSJに似ているのか判断ができないのだけど。



「水難事故。土砂災害。火事……etc. あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も……ウソの災害や事故ルーム!!」



頭文字をとると、USJになるようだ。
にしてもこれは、ルームの域を超えていると思うのだけど、それについては誰も指摘せず、演習場で先に待っていた、新たな先生……スペースヒーロー「13号」に夢中だ。詳しい解説をやはり緑谷君が行ってくれている。
やはりというかなんというか、オールマイト先生はいらっしゃっていない。先生方は特に待つこともせず、先に授業を始めるようだ。



「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」



増えていく数に若干の暗い空気が漂った。



「皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしていしまいます」

「その“個性”でそんな災害からも人を救い上げるんですよね」

「ええ……しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう“個性”がいるでしょう。超人社会は“個性”の使用を資格制にし厳しく規制することで、一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないで下さい。相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では……心機一転! 人命の為に“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない、救ける為にあるのだと心得て帰ってくださいな。以上! ご静聴ありがとうございました」



私の“個性”だって、“糸”という一見変哲もないモノだけど、何せ手本にしているのは、天夜叉殿のイトイトの実だ。技なんて、それこそ人に危害を加えるためのものだ。何も考えずマネしようとしたわけじゃないけれど、確かに、医者になろうとしている人間が一生懸命人殺しの技を磨く必要はあまりなさそうに思える。
……それにしても、お小言四つはどう分ければいいんだろうか。



、どうした」



ずっとUSJの入り口正面の噴水を見ていると、焦凍に声を掛けられた。あぁいけない。



「何でもない」



つい、凝視してしまった。



「そんじゃあまずは……」



指示を出そうとした相澤先生の言葉が止まり、先ほどまで私が見ていた噴水に目を向ける。
黒い渦のようなものが徐々に広がり、手が覗いた。
焦凍の腕にしがみついた。



「一かたまりになって動くな!!」

「え?」



叫んだ相澤先生にクラスメイト達は動きを止めてしまう。



「13号!! 生徒を守れ!!」



いきなりしがみついてきた私を訝しげに見ていた焦凍は反応も早く、そのまま私を抱え込み、少し後ろに下がった。



「何だアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」



まだ先生の緊迫した空気を感じ取っていないのか、切島君が呑気な声を出している。そんな場合じゃない、んだけど。



「動くな!! あれは、敵だ!!!!」






END
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ちょっと物理的に距離が近い、けどお互い特に違和感を感じていない。