04:委員長決め












「お疲れさん!! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! しかし真摯に取り組んだ!! 初めての訓練にしちゃ皆、上出来だったぜ!」



講評では、概ね高評価ではあった。もう少し積極性をもって攻めに転じてもよかったのではないか、とは言われたし、また、事前にヒーロー側の“個性”を知っていた割に、それに対応しきれていないという痛いところも突かれた。けれど、(運がよかったとは言え)相手を自分の思うように動かす作戦を立てたことは褒められた。また、“個性”の応用が利いていて、使い方が上手いとも評価していただけた。



「相澤先生の後で、こんな真っ当な授業……何か拍子抜けというか……」

「真っ当な授業もまた私たちの自由さ! それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば! 着替えて教室にお戻り!!」



そう言って先生は超速で行ってしまった。そんな姿でも、峰田くんにはかっこよく映ったらしい。
初めての戦闘訓練で、皆興奮して顔は輝いていたけれど、大分お疲れの様で、更衣室に向かう足取りは遅めだ。



「何か、せっかくの戦闘服、脱いじゃうのもったいないねーっ!」



隣にいた子がそう言って、そうだね、と同意しようと思ったけど、ふと隣を見ると、手袋が浮いている。……。いや、葉隠さん……君着てないじゃん。
一瞬突っこもうかと思ったけど、どうやら雰囲気的に私の反応を楽しんでいる様子が伝わってきたので、にっこり笑って「そうだね」と言ってやることにした。葉隠さん、って表情見えないけど、大分感情が分かりやすい。空気が……表情の代わりにころころ変わるというか……。



「えぇ!? そりゃないよちゃん! 今のは「お前が言うか!」ってツッコむところだよー!!」



ぷんぷん、と空気が震えている。ついついクスリ、と笑いが零れてしまった。



「そう? じゃあテイク2だよ葉隠さん……「お前が言うか」」

「そうじゃないんだよー! もうっ!」



そのまま二人で今日の戦闘訓練のミニ反省会をしていると、「戻るぞ」と焦凍が早く着替えろと催促してきた。それに頷いて更衣室に向かう。
この後はクラスで今日の訓練の反省会をやるんだったと思ったけど、果たして焦凍は参加するだろうか。私としては他の人の評価を聞いてみたい気もするんだけど……。言えば黙って残っててくれる可能性も無きにしも非ず、かな。とりあえず反応を見てみよう。

放課後、案の定、早々に焦凍は帰ろうと支度していた。それを見た切島くんが反省会のことを持ち出すけど、「出ない」とばっさり。次に私にお誘いをしてくれたのだけど、答える前に焦凍に腕を取られ、教室から連行された。



「……せっかくの機会だと思うけどな」

「珍しいな。お前が自分から関わろうとするなんて。何かあったのか」

「そんな大層なことじゃないよ。たださ、初めて人前で“個性”を使ったじゃない。先生から講評はいただいたけど、他の人の評価も知りたいな、って」

「家に帰ったら、いくらでも俺が言ってやる。何なら、モニタールームでの話を聞かせてやるから」



帰るぞ、と。
腕を取っていた手がいったん離れて、今度は手を取った。手を繋がれたまま下校を強制される。
私も人のことを言えないけど、本当に、今の焦凍は協調性に欠けてる。これが体育祭終わったら変わるなんて信じられない……。




















翌日。校門の前には大勢のマスコミが押し寄せていた。生徒たちに「オールマイト」についてインタビューして回ってるらしい。飯田くんが長々と語っている隙を見て、さっさと校舎の中に入ったので、私たちは取材を受けてないけど。



「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった」



朝のHRで、挨拶の後相澤先生が切り出した。



「爆豪。おまえもうガキみてえなマネするな。能力あるんだから」

「……わかってる」



後ろから見ても、反省が伝わってくる。昨日の癇癪については自分でも思うところがあったんだろう。



「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一件落着か」



続く先生のお小言の矛先は緑谷くんで、いつも通りビクついてた。



「“個性”の制御……いつまでも「出来ないから仕方ない」じゃ通させねぇぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ。それさえクリアすればやれることは多い。焦れよ緑谷」

「っはい!」



緑谷くんが威勢の良い返事を返す。きっと本人は思っている以上に焦っているとは思うけど、それじゃあ足りないなんて、本当……主人公って辛いな。



「さてHRの本題だ……。急で悪いが、今日は君らに……」



相澤先生の話に、皆息を呑んだ。どんな難題が来るかと身構えている。



「学級委員長を決めてもらう」

「学校っぽいの来たーー!!!」



一斉にみんなが肩の力を抜いた。それと同時に立候補の嵐だ。皆して手を挙げている。
ヒーロー科において学級委員長とは、集団を導くというトップヒーローの素地が鍛えられる役になる。それでも雑務っていう感覚は変わらないと思うのだけど。というか、何より私はこの問題児ばかりのクラスに措いて、責任職に就きたくないし。そもそもトップヒーローを目指してるわけじゃないので、立候補する気はさらさらない。ついでに言えば、この後の投票で誰に入れるかも決めてある。



「静粛にしたまえ!! “多”をけん引する責任重大な仕事だぞ……! 「やりたい者」がやれるモノではないだろう!! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……! 民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……。これは投票で決めるべき議案!!!」



そう言う飯田くんも手を挙げているけれど。



「日も浅いのに、信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」

「そんなん皆、自分に入れらぁ!」

「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが、真にふさわしい人間という事にならないか!?」



蛙吹さんの言う事が正しいのもわかるが、このまま立候補でだって決着はつかないだろうし。というか、



「自分に入れるの、ナシにすればいいじゃん……」



と思うのだけど、どうしても皆自分に票を入れたいんだろうか。



「どうでしょうか先生!!!」

「時間内に決めりゃ何でも良いよ」



モゾモゾと先生は寝袋に入って寝る態勢に入った。
飯田くんがいそいそと紙を配り始める。わざわざルーズリーフを綺麗にカットしている。



「一応聞いておくが、はやりたいのか?」



焦凍が振り返って小声で聞いてくる。つい眉間に皴が寄ってしまった。そんなん、聞かなくてもわかるかと思ってた。



「まさか。やらなくていいならやりたくないし、私にその役職は必要ない」



そう言い切って、ふと、仕返しをしてやろうと思い立った。



「焦凍こそ。学級委員長、やりたいなら、票を入れてもいいけど」



まぁ、向いてないと思うけどね。そう言ってやるけど、別に何とも思わなかったのか、「いや、いい」としか返ってこなかった。
投票箱が回ってきて、自分の分を入れると、教壇まで箱を戻した。一番最後だから、って面倒だ。そのまま開票作業を手伝わされるハメになって、何だか今日はあまりツイてない。
黒板に名前を書いていく。結局皆自分に入れてるもんだから、書く名前が多くて困る。何気にみんなの名前、画数多い人ばっかだし。



「僕三票ーー!!!?」



飯田くんも、素直に自分に入れとけば、八百万さんと少なくとも同票になったのに。まぁ、緑谷くんに入れるだろうことは分かっていたんだけど。
クラスの概ねの反応として、委員長・緑谷くん、副委員長・八百万さんは受け入れられた。



「お前、飯田に入れたのか」



食堂でそばをすすっていると、唐突に焦凍が切り出した。
一瞬何のことか考えたけど、朝のことだと思い当たる。



「うん。何やかんやで、クラスで物事始めるときに指揮とってたの飯田くんだったし」



どうせ飯田くんが学級委員長になるんだし、とは言わないけど。



「……そうか」



何、自分に入れなくていいとは言ったものの、他の奴に入れるのは気に食わないってか。自分だって他の人に入れてるだろうに。自分のことは棚に上げて。その、私のことを無意識に自分のものだと思うの、何とかならないかな。



「我儘だなぁ……」

「うるせぇ。にしか言わないから、いい」

「いや、言われる私の身にもなって」

「じゃあお前も我儘は俺だけに言えばいい」

「そういう事じゃないと思うんだけどなぁ……」



本人は言うだけ言って満足したのか、すでに食事を再開している。
釈然としないけど、どうせ何を言っても無駄なので、私もそれに倣うことにした。
焦凍に奢ってもらった海老天をくわえた時、大きな警報音が鳴って、続いてアナウンスが流れた。



『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』

「セキュリティ3?」

「えーっと確か、校舎内に誰か侵入してきた、ってことだったと思う」



ガイダンスに書いてた気がする。
食堂は一気に混乱に陥った。生徒がごった返していて、出入り口で詰まっているらしい。
比較的食堂の隅っこだったこの席は、幸いにも人が出入り口に向かったことで、私たち以外誰もいない。中途半端だった海老天を咀嚼して、蕎麦をすする。



「いいの? 避難しなくて」

「今行ったところで、あの人ごみに潰されるだけだろ。お前こそ、随分のんびりだな」

「まぁ、ね……」



これがただのマスコミだって知ってるしなぁ。何て誤魔化すか考えてたら、飯田くんが入り口の上に張り付いた。



「皆さん……、大丈ー夫!! ただのマスコミです! なにもパニックになることはありません、大丈ー夫!! ここは雄英!! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」



そう叫ぶと、人ごみは落ち着きを取り戻したらしい。



「マスコミだって」

「不法侵入だろ。警察沙汰だな」

「先生方も大変だよね。下手なことすると、あることないこと書かれちゃうし」



揃って食事を終え、教室に戻る最中、廊下の窓からパトカーが見えた。どうやら警察が到着したらしい。
午後からは新委員長たちによって他の委員決めを行うらしいけど……。



「ホラ委員長、始めて」

「でっでは他の委員決めを執り行って参ります! ……けどその前に、いいですか!」



めちゃくちゃ緊張している緑谷くんと慣れているのか、物凄く落ち着いている八百万さん。何だったら、飯田くんじゃなくて、私も八百万さんに入れとけばよかったかな。
緑谷くんは、これまでのことを考えても、きっと学級委員長なんてやったことないんだろう。



「委員長は、やっぱり飯田くんが良いと……思います! あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は……飯田くんがやるのが正しいと思うよ」



そう言った緑谷くんに、他のクラスメイト達も概ね賛成のようで、



「あ! 良いんじゃね!! 飯田、食堂で超活躍してたし!! 緑谷でも別に良いけどさ!」

「非常口の標識みてえになってたよな」



切島くんや上鳴くんを筆頭に賛成の声が上がってくる。けど、聞きようによっては、別に委員長は誰でもいい、とでもいうように聞こえなくもないと思うのは私だけなんだろうか。まぁ、朝に蛙吹さんが言ってたように、人となりをしっかりと理解していないからこそ、なんだろうけど。
まぁでも、私は飯田くんが委員長に無事なれそうで満足である。



「何でも良いから早く進めろ……時間がもったいない」



この時間が始まって早々に先生は寝袋に入って、10秒メシを加えていた。きっと昼のマスコミの対応で満足にお昼ご飯の時間を取れなかったんだろう。深く同情する。



「委員長の指名ならば仕方あるまい!!」

「任せたぜ非常口!!」

「非常口飯田!! しっかりやれよー!!」



至極嬉しそうに教壇へ向かう飯田くんの背中を見ていると、その向こうに不服そうに緑谷くんを見ている八百万さんが見えた。まぁ確かに、不憫ではある。



「……八百万さんの立場がないよなぁ。やっぱり私も八百万さんに入れとけばよかったかなぁ」

「何だ、飯田が委員長になって、よかったんじゃねぇのか。お前が唯一の支持者だろ」


焦凍はまだ拗ねてるのか。面倒だな。……まぁ、中学までの私ならそれこそ、向いていようが何だろうが、全部焦凍に票を入れてただろうけど。



「……まぁね。1Aの学級委員長には飯田くんが適任なんじゃないかと私は思ったからね。けど、八百万さんの方が立案力や分析力っていう点では長けてると思う」

「珍しいな、お前がそうやって口に出すなんて……」

「本人には言わないだろうけど」



そんなに仲良くないし。言われたところで、どうせ結果は変わらないんだから、無駄だ。
そう。頭ン中でごちゃごちゃ色々考える割に、私はその考えを口に出すことを殆どしない。これは小さい頃からそうで、もちろん意識的にやっていることだ。幼い頃からずっと一緒にいる焦凍はもちろん、私が人に意見をしないことをよく知っている。それをわざとそうしていることも、だ。理由までは多分知らないだろうけど。焦凍は何を思ってるのか、自分を否定しない私を随分気に入ってるのだ。まぁ、肯定もしないんだけど。
昔から周りの大人達に、「もうちょっと積極的になった方がいい」と言われ続け、でもそれを全部聞き流して、それが焦凍には不思議だったのかもしれない。本人たちに伝わらないならいいか、と小さい頃から思ったことは大体焦凍相手に言っていたら、その内に私の思考回路を読めるようになってきたのだから、やっぱり焦凍は色んな意味で凄い奴だと思う。



「それは、良い傾向なのかもしれねぇが……」



そう言っている焦凍の顔は、良いと思っている顔じゃなかった。焦凍が私のことをよく理解している一方で、私はと言えば、あまり理解が出来ていない。大体の感情の機微が察せる程度で、そんなの私だけが出来る事じゃない。



「何をそんな焦ってるのかわかんないけどね……これまでと変わらないよ。私が誰かに意見することは、しない。しないよ」



だって、下手なこと言って先が変わったら、大層面倒なことになっちゃうでしょ。








END






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原作の流れが変わる→知ってることが違ってくる→楽できない。
端的に言えば、そんな感じ。