たった1日の出来事
マネージャーに就任し、細々と仕事をし始めるようになって早数日。
練習時間中、私ごときにやれることは少なく、ただ体育館の端っこに突っ立ってるよりももっと他にやれることがあると思い、着手したのが、部室内の掃除である。
まぁ、後に大掃除をすることになるし、部員個人のロッカー内に手を出すことはしない。出来ないし。だから資料整理をまめまめしくすることにした。
その中で見つけたのが、ジャージやTシャツのカタログだった。こっちで指定したデザインをプリントできるやつ。我が誠凛バスケ部のジャージやTシャツもここで頼んでいたはずだ。
何とはなしにそのカタログを捲っていく。
あの誠凛ジャージはデザインだけそのまま持ってきて、他の物にも使えるみたいだ。
……そうか……。
海常との練習試合で、私と姉さん以外の部員はみんな、誠凛ジャージを着ていた。あのジャージ、結構いいデザインだと思うんだよね。かっこいいっていうかさ。ね、ほら。ちょっと着ててもいいかなーって思えるくらいにはいいと思ってるんだよね。うん。
つまり、何が言いたいかっていうと。まぁ、その、欲しいってことなんだけど。
「そんなわけでね、ジャージよりかはウィンドブレーカーがいいんでないか、って思ったんだけど……」
「好きにしなさい。別にジャージでもいいと思うけど」
「うーん。ウィンドブレーカーの方が暖かいし、制服の上から羽織れるし……」
「ま、いいんじゃない? あってもいいと思うし」
「そう? じゃあ姉さんのサイズは」
その日の部活終わりにとりあえず打診してみた。その結果、案外あっさりオーケーが出た。
「あ、私はいいわ」
「え、何で?」
「だって、私一応カントクだもの」
「え? ……あー……なるほど?」
すっかりリコ姉さんも着るのだと思ってたから断られて驚いた。けど、よくよく思い出してみれば、他の学校でもマネージャーはともかく、監督が部のジャージを着てたイメージはない。そもそも指導者と生徒が同じユニフォーム着るのって学校祭や体育祭のみだな、と何となく思い出す。
「うん、でも姉さんは生徒でもあるんだし、いいかなーって思うけど」
「着たくないとかそういう意味じゃないのよ? ただ、画面的にね、全員が同じ服ってどう?」
「……うん、でも、まぁいいかな、って……。あー、どう、かな」
「でしょ? それに私、あんたみたいに走ったりもしないし、必要ないのよね」
「そう言われちゃうとなー……」
注文表に数量1と記入する。
「どのくらい時間かかる?」
「まぁ、10日かかるかかからないかくらいね」
「そっかー」
仕方ない。私一人で着てるかーと少し残念に思いながら、自分も荷物をまとめて、部員のもとに行く。
「さん、帰りませんか?」
「ん? うん」
「一年だけなんですけど、マジバに行かないか、って降旗君が言ってるんですが、どうでしょう?」
「いいね」
いつものように部員がそれなりに固まって待っていった。
鍵を返してきたキャプテンが合流し、みんな歩き出す。
今日は降旗君発マジバのお誘いがあったので、そのまま1年と2年で別れて帰った。
「と黒子と福田は席取っといてよ。俺らで買ってくるから。注文何がいい?」
「俺、チキンバーガーのセット。コーラで!」
「僕はバニラシェイクで」
「あー、ほら、アレ、何かエビのやつ……あったよね? で、オレンジで」
「、サイズは?」
「……Mかな」
「わかった。じゃあ席よろしくな!」
6人座れるところに陣取る。
福田君による、ちょっとわからない親切心で、奥の席を勧められ、窓側に座る。私の隣に黒子君がきて、向かいに福田君だ。
「……結構みんなでマジバ来るんだね」
「え?」
「だって、サイズ聞かれたの私だけだし」
「あぁ、なるほど。そうですね……、全員でというのはあまりないですけど」
「べ、別にをハブってるとかじゃ……」
「いや、そこまで邪推してないから……そんな慌てなくても」
ただ単に、部員同士仲がいいみたいで結構結構、というニュアンスでだったんだけどあらぬ誤解をさせてしまったようで……何だか申し訳ない。
「そういえばさん、さっきカントクと何話してたんですか?」
「ん? あぁ……コレ」
黒子君に言われ、テーブルの上にさっきのカタログをカバンから出して広げた。
「我が部のジャージかっこいいと思って」
「いいですね。同じの」
「いや、私のはウィンドブレーカーで注文するんだけど」
「ウィンドブレーカーで?」
カタログのページを指差しながら先程姉さんと話したようなことをまた話す。
「ジャージでもいいけど、マネージャーで仕事内容は雑用だから、防寒用でいいかな、と」
ほら、コレちゃんと裏地ついててね……なんて話をしていると、大量のバーガーを抱えた3人がやってきた。
「おまたせー。これが黒子の分。シェイクだけじゃアレだし、もっと食えよー?」
「で、こっちがのな。セットのポテト、Lにしたから。多かったら俺らに回して」
「あ、じゃあ最初っからみんなで食べようよ」
トレイを受け取って、すぐに真ん中あたりにポテトを広げる。
「で、こっちが福田のな」
「サンキュ」
福田君の隣に降旗君。そして河原君。黒子君の隣に火神君が座った。
私たちの席の横を通っていく人たちみんな、火神君のトレイを見てビビってる。
てか、よくそんだけの山のようなバーガーをお店の人は用意できたな……と感心した。
「……ってアイスコーヒーのイメージだったんだよなー」
「何それ?」
火神君のバーガーの山を凝視してたら、河原君がぼそりと言った。
せっかくだからと私に話しかけてくれようとしたんだろうか。まぁ、会話がないより断然いいので、素直に乗っておく。
「私、アイスコーヒーなんて飲めないよ」
「そうなんですか? でも前缶コーヒー飲んでませんでした?」
「……いつ? あ、あぁ、先輩におごってもらった時のか。だって奢ってもらったし先輩だし」
「コーヒーダメなの?」
「苦いのヤなんだよね。ガムシロとか有っても無理」
「甘党?」
「甘党だねぇ……。苦い辛い酸っぱい全部ヤダ」
いわゆるお子様味覚なの。と言えば、意外だとみんな言う。
どこら辺が意外なのか聞きたいが、まぁいい。
オレンジジュースをすする。
「って好き嫌いないのかと思ってた。大体なんでも食べてたし」
「そう? 結構嫌いなもの多いよ。偏食気味だし」
「何キライなんだよ?」
肉食リスが参加してきた。その頬袋はどうなってんのか知りたい。
「魚はほぼ嫌いだね。特に鯨。酢の物もヤダ。野菜も食べなくていいなら食べたくない。もやしとか。肉も、牛肉はそんなに好きじゃない。ステーキとか。漬物煮物もあんまり。ソースとかも好きじゃない。牛乳も無理」
「多っ! つーかほぼダメじゃん! 逆に何食べれんの!!」
「いや、食べれるけど好きじゃないの。……そうだなぁ、食べたくもないってのなら魚・漬物・牛乳……あたり?」
「じゃあ、一番好きなのは何ですか?」
「……エビ、らしい。うん、エビ好きかな」
「何その曖昧な感じ」
「いや、あんまり好きなもの分かんないんだけど、前に先輩……あ、他校なんだけど。好き嫌いの話になったことあって、その時に「お前大体エビついてんの頼んでんじゃねーか」って言われて。あぁそうか私エビ好きなんだーと」
そう言えばちょっと呆れたような顔で降旗君が笑った。ここら辺、誠凛バスケ部って優しいと思う。何てったって、私にエビ云々と言った先輩は心底馬鹿にして「お前、自分のことなのにそんなこともわかんねーのかよ」だなんて言ってるのだから。一々心がささくれ立つ言い方をすんだから……。
そのままみんなの嫌いなものを散々言い合っていると、今度は火神君がテーブルに置かれたままだったカタログに気付いた。
「なんだ、これ。ジャージ作るのか?」
「さんが自分用にウィンドブレーカーを作るそうですよ」
三回目にもなると、かくかくしかじか、で済ませてしまいたいけれど、聞いてきた火神君は大して興味もなかったらしく、パラパラとカタログを捲って「へぇー」と声を漏らすだけに終わらせた。
それはそれで寂しいものはあるけど、まぁ、いいとする。
「うん、マネも同じの着てるっていいよね。一体感があるっていうか」
火神君の横からカタログを覗いていた降旗君が笑った。
「まぁ、姉さんは頼まないんだけどねー……。残念ながら、結構外から見た絵面気にする質みたいで」
「カントクだもんなー」
それからは、このデザインがいいだの、どれがかっこいいだの、という話題に移った。女子一人という集まりで、あまり疎外感を感じない。何というか、別に嫌と思ってたわけじゃないけど、部活仲間がいてよかったなー、と実感した。
今度は私からみんなを誘ってみようか。
2015/12/31 up...
書き上げるのに時間を掛けすぎて、結局どんな話にしたかったのか忘れた。