たった1日の出来事







降り続く雨の中、仲良く皆で傘を差しながら、お好み焼き屋さんに着いた。
火神君を背負う羽目になった黒子君は、体力の限界(笑)により、途中でドロベチャ(落っことす)してしまったけれど。



「すいませーん」



キャプテンを先頭に、順々に中に入る。



「あれ、でもそんな泥だらけで火神君、お店入って大丈夫かな」

「……。じゃあ、俺にどうしろってんだ……。黒子テメェ覚えとけよコラ……」

「すいません、重かったんで……」

「火神君背負えるのなんて、水戸部先輩か土田先輩くらいしかいないでしょ。まぁ、先輩に背負わせていいんですか、っていう後輩心ってやつだよね……。黒子君は頑張ったよ」

「ありがとうございます、さん」

「テメェらな……ん?」



今にも拳を振りかぶりそうな火神君はしかし、目線の先に何かを見つけたようで、動きが止まった。火神君の見る先を辿れば、



「お」

「ん」

「黄瀬と笠松!?」



絶賛お好み焼きを楽しみ中の、海常のキャプテンとエースがいた。何でも、我が誠凛の試合観戦に来てくれてたらしい。



「すいません、16人なんですけど」

「ありゃ、お客さん多いねー。ちょっと席足りるかなー」



店員さんが店の中を見回している間に、コガ先輩がさっさと小上がりに向かってしまう。



「つめれば大丈夫じゃね?」

「あっ、ちょっとまっ……座るの早っ!」

「もしあれだったら相席でもいっすよ」



何とか全員席に座ることが出来、注文した飲み物が回ってきた。



「ほら、火神君。席に座る前に泥拭いて。店員さんにタオル借りたから」



はい、と好意で相席させていただいてる席につかされた火神君にタオルを渡す。
若干2名、とても微妙な顔をしている。



「なんなんスか、このメンツは……。そして火神っち、なんでドロドロだったんスか」

「あぶれたんだよドロはほっとけよ、っち付けんな。席替わってくれ」

「無理」

「食わねーとコゲんぞ」



じゃーね、と言い残して自分の席に戻る。



「私のウーロン茶来てますー?」

「あれ、ないな。あ、もしかしてさっきのウーロンハイ、間違われたのかな」

「ウーロンハイ……。見るからに学生の団体に酒持ってくるとか、この店凄いな」



ついつい感心していると、その間に、ちゃんとウーロン茶が来た。



「揃ったわね」

「よしじゃあ……。カンパー……」

「すまっせーん。おっちゃん二人、空いて……ん?」



空気が固まった。



「なんでオマエらここに!? つか他は!?」

「いやー真ちゃんが泣き崩れてる間に先輩達とはぐれちゃってー」

「オイ!」

「ついでにメシでもみたいな」

「店を変えるぞ高尾」

「あっオイ」



しかし外は先ほどより雨が強くなっており、横殴りの雨に進化を遂げていた。呆然と立ち尽くしていたっぽい緑間君を放置しつつ、高尾君が海常のキャプテンに目を止め、一気にテンションが上がり、あっという間にこの祝勝会ムードをぶち壊して輪に混ざってきた。そのノリに抵抗することなくやってきた海常のキャプテンの分と、高尾君の分、新たに追加された二人を小上がりに収めるため、若干の席の移動が開始された。私の目の前に高尾君、斜め前に海常のキャプテンさん、隣に姐さん。お誕生日席に水戸部先輩だ。
そして、海常のキャプテンさんが座ってたところに緑間君が座らされ、黒子君たちがいた席がカオスと化した。



「ちょっとちょっと、チョーワクワクするわね!?」

「痛い痛いっ姉さん分かったから叩くな!」

「オマエ、これ狙ってたろ」

「えー? まっさかー?」



ちらりと後ろを見るが、会話すら聞こえてこない。まぁ、大きな喧嘩にならなきゃいいか、と思い直して、メニューを見る。ブタ玉かイカ玉か……。最後にデザートもんじゃ食べたいからな……。



決まった?」

「うーん、チョコかバナナか……」

「デザートは最後よ! ほら、私イカ玉にするから、あんたはブタ玉でいいわね?」

「うん、それで」



やってきたキャベツと豚肉をひたすらヘラで細かく刻み続ける。ある程度出来たところで、ドーナツ状にキャベツで土台を作って、真ん中の穴にタネを流し込む。あとはひたすらぐちゃぐちゃに混ぜ焼きだ。
姐さんのイカ玉も同じ様に焼いていると、向かいから視線を感じた。さっきまでPGについて何やら語っていたはずなのだけど。正直そんなに見られるような心当たりもないので、そのまま無視し続けることにした。
作り終わったもんじゃをつつく。猫舌のため、一気に食べられないのが辛いところだ。ちびちびとウーロン茶を飲んでいたが、ついに無くなってしまった。



「飲み物頼みますけど、一緒に頼む人いますかー?」



先輩達にそう言えば、数人から返事が返ってくる。合わせて6つ飲み物を注文して席に戻ると、そこでついに向かいに座っていた高尾君と目が合ってしまった。心の中で舌打ちしてしまったのが、つい顔にも出ていたらしい。高尾君が苦笑気味に声を掛けてきた。



「あんさ、さっき見た時から思ってたんだけど……前にさ、チャリ漕いでて、目ぇ合わなかった?」



それだけで、はいそーですねっていう馬鹿がいるはずないと思うし、たかが目が合っただけでそんな記憶に残るわけないじゃないか。まぁ、今回に限っては、私も記憶あるんだけど。



「あ、前っていうのは、インハイ初日ね! 誠凛ジャージ着てんのに別会場の方から来てたから、すっげぇ覚えてて」

「……。桐皇の試合ビデオ撮りに行ってたんです」

「え、誠凛の試合見てなくてよかったの?」

「いいわけじゃないですけど。でも桐皇の資料欲しかったし。ウチの試合はこれから先、もっと見れますから」

「へー、マネってそういうのもあるんだ?」



知るか。多分基本的には同じ会場でしっかりマネジメントしてるんだろうけどね。私に限ってはそうじゃないだけだ。それに、どうせ勝つだろうっていう思いもどっかにあるんだけど、別にそれは言う事じゃない。



「あ! 俺、高尾和成ね。そー言えば自己紹介、してなかったな、って」

「……」



試合相手の名前と顔くらいは覚えている。特に、今日は試合も見てるんだから。ただ、「はい、知ってますよ」で躱せない。これは暗に、「名前教えて」って言われてるんだから。んだよ、めんどくせーなぁ……。



です。誠凛のマネージャー」

「よろしくでっす☆」



悪い人じゃないのは分かってるんだけどなぁ。きっとクラスにいたらムードメーカーの男子でしょ。誰とでも仲良くなれちゃう、コミュ力カンストってヤツ? 他校のマネージャーにも発揮されるなんてすげぇな。そのまま流れでラインも交換しちゃって、あっという間の出来事にただただ感心してしまった。横でニヤニヤしてる姉さんの視線もいい加減鬱陶しい。……まぁ、後々にでも連絡取りあうことになるかもしれないし、いっか。
連絡先の交換も終わったところで、いよいよ鉄板の上ではテクニカルお好み焼きひっくり返し大会が始まっていた。アクロバティックにお好み焼きをひっくり返し、かつ、受け止められるかを競う。姉さんが食べ物で遊ぶな、と怒っているが……男子高校生の耳には届かない。まぁでも、特に高尾君はマジで気を付けた方がいいと思うけど……私はそこまで親切ではないので、目の前のデザートもんじゃ作成に力を注ぐ。
そしてついに、高尾君が振りかぶったお好み焼きが勢いよく、緑間君の頭に飛んでいった。



「高尾、ちょっと来い」

「わりーわりー……ってちょっスイマッ……なんでお好み焼ふりかぶってん……だギャー!!」



だからやめときなって言ったのに。……いや、言ってなかったか。まぁ、因果応報ってことで、ふざけるのも程々に。言わないけど。



「お。雨やんだんじゃね?」

「ホントだ」

「じゃーいい時間だし、そろそろ帰ろかー」



皆が帰り支度を始める。さっきまであんなにすごい雨だったのに、今じゃあ星が見えるくらいだ。
会計担当の伊月先輩に付き添ってお会計の伝票を見ると、そこには



「5万……ええ!?」



およそお好み焼き屋で払う金額とは思えない額が出てきた。



「あの火神(バカ)、何枚食ったんだ!!」



火神君には加減ってのと自制っていうのをよくよく教え込まないと、このままじゃ部の財政が破綻してしまう。
伊月先輩と、顔を見合わせる。先輩の顔が青くなっていた。多分私の顔も同じ状況になっているはずだ。
店の外では「次は決勝リーグだ!!」「おおう!!!」なんて意気込みを叫んでいるけど、そんなバヤイではない。



「このままじゃ、部費が食費になっちゃいますよ……」

「全くだ……。カントクに一応言っとくよ……」

「私も、火神君にそれとなく、言っておきますね……」

「……頼む」



前を行く火神君の背中を恨めし気に見るが、そんな私の視線に一切彼は気付くことはなかった。







2017/07/08 up...

しばらく試合無いな、と思うとちょっと安心します。