マネ()デビュー














「…ん?」

「…ん? じゃないわ!」

「あれ?」

「何、堂々と寝とるんだキサマ!! あとで職員室来い!!」



海常高校との練習試合の次の日の授業。初っ端から寝ている火神君に先生はご立腹である。もうめちゃめちゃ怒ってる。まぁ、頭鷲掴みされたらそりゃあ、ね……しかもデリケートな髪の毛にダメージありそうだし。
しかしその後ろの席の黒子君はぐっすり夢の中だ。まぁ、練習試合でみんな疲れているんだろうけど。けど毎回こんな調子じゃあ、困ることは間違いないし、どうせ今頃リコ姉さんが体力強化メニューを考えている頃だろうと思われる。
休み時間に携帯を開けば、メールが一通。送り主はリコ姉さん。10:42である。授業中に携帯ちょしてんじゃねーよ……。言っても無駄だろうけど。



『1年生全員、昼休み2年校舎集合(はぁと)』



あぁ、アレか。とげんなりする。まぁ験担ぎっていうのを否定はしないけど。私もあの酷い人ごみに果敢にも挑戦せねばならないのかと思うと気が重くなる。行きたくないなーとか。
職員室に呼び出された火神君は有難いお説教とたくさんの課題を頂き帰ってきていた。








































「ちょっとパン、買ってきて(はぁと)」

「は? パン?」



昼休み、部員と連れ合って2年校舎に足を踏み入れると、結構すぐにリコ姉さん達が集まっていた。



「実は誠凛高校の売店では毎月27日だけ、数量限定で特別なパンが売られるんだ。それを食べれば恋愛でも部活を必勝を約束される(という噂の)幻のパン、イベリコ豚カツサンドパン三大珍味(キャビア・フォアグラ・トリュフ)のせ!! 2800円!!!」

「高っけぇ!! …し、やりすぎて逆に品がねえ!!」



ちなみに私の月のお小遣いは3000円(定期代・学習道具代別・お昼は弁当)である。そのパン買ったらお小遣い消える。でも高くても皆買いに走るんだよな、と呆れてしまう。馬鹿馬鹿しい。



「海常にも勝ったし、練習も好調。ついでに幻のパンもゲットして弾みをつけるぞ! ってワケだ!」

「けど狙ってるのは私たちだけじゃないわ。いつもよりちょっとだけ(・・・・・・混むのよ」

「………」

「ハハっ」



後ろで汗を流し黙り込むキャプテンと、姉さんの演技についつい実情を知っている私は乾いた笑いしか出てこない。去年、誠凛バスケ部の手伝いをしていた時に伊月先輩や小金井が教えてくれていたのだ。



「パン買ってくるだけだろ? チョロいじゃんですよ」



お前のその敬語は全然チョロくない。威張るな。



「ほい!」

「?」

「金はもちろんオレらが出す。ついでにみんなの昼メシも買ってきて。ただし失敗したら…釣りはいらねーよ。今後、筋トレとフットワークが3倍になるだけだ」



クラッチタイムに入ったキャプテンにみんなびびってるが、うちのバスケ部は結構頻繁にメニュー3倍されている気がする。原因は……まぁ姉さんの気分である。



「ホラ、早く行かないとなくなっちゃうぞ。大丈夫、去年オレらも買えたし」

「伊月センパイ……」

「パン買うだけ…パン…パンダのエサはパ「行ってきます」」



ギャグを言おうとした先輩に被せて、一年生は踵を返す。



「……よし、皆走ろう」

さん?」

「よく考えろって。あのリコ姉さんがやらせることに生半可なことがあったのかっていうね! 昨日のステーキなんかいい例っしょ」



ダッシュを始めた私に、みんな楽々追いつき、足の遅い私に合わせたペース走りやがる部員に少し腹立つが、まぁいいだろう。
中庭にある購買が近くなるにつれ、人の声がざわざわと聞こえてくる。



「やっぱいつもより人多いみてーだな」

「ハハッ」



そんな生半可なもんじゃないってば。



「パン買うだけって…マジかよ?」

「ほとんど全校生徒いねぇ!?」

「ほら、ね? 生温いことなんかさせないんだって。……メニュー3倍かぁ……正直私はいいんだけどね」



マネージャーだし。
私の言葉にびくりと肩を震わせた彼らは、震えている。



「とにかく行くしかねー。筋トレフットワーク3倍は…死ぬ!!」

「いや死なないよ」

「よし…まずはオレが行く…。火神ほどじゃねーが、パワーには自信があるぜ…」



そう言って河原君が雄叫びを上げて突っ込んでいくが、結果は惨敗。続いて火神君も突っ込むが、もちろんダメ。



さんは危ないですから、ここで待っててください」



いきなり声をかけられ、「お、おぅ……」としか返事できなかったが、黒子君がゆっくりと生徒団子の中に入っていった。それに気付かなかった他の1年が全員による突入作戦を開始するが、みんな弾き飛ばされる。



「あの…買えましたけど……」



もしやメニュー3倍の道をたどるのか、と半分涙目の彼らの元に救世主が帰ってきた。



「なっ…オマ…どうやって!?」



胸ぐらを掴まれているというのに、黒子君は一切の表情を変えずに、



「人ごみに流されてたら、先頭に出ちゃったんで、パンとってお金置いてきました」



思うのだが、黒子君が本当に良識のある人間でよかった。だって、それ悪用したら万引きとか……余裕でしょ。本当に黒子君がいい人でよかった。



「パンはこれでいいかもだけど、後みんなの分のお昼も調達しないとだね」

「えっ」



その時の火神君達の表情は見ものだった。写真とればよかったな、と本当に後悔している。
それにしても、本当に。この学校の生徒はちょっと変だ。パンがきっとおいしいのであろうことはまぁいいとしても、新設校なのに恋愛やら部活やら必勝できるなんて噂、どこにも信ぴょう性がないと思うのだけど。
全員でお昼確保のため、再び購買に挑む姿を見て、ついついため息が出る。本当、ご苦労さまです。



「買ってきま…した…」

「おつかれー、ありがとっ」



屋上へ向かう途中、ついでに教室によって持参しているお弁当を回収する。どうやら私以外の1年生は購買で買っているらしい。



「こ…これ…例の…」

「あーいーよ。買ってきたオマエらで食べな」

「え? いいんですか!?」

「いいって。遠慮するなよ」



目の前の三大珍味に、みんな興奮しているようだ。



「じゃ順番に…誰からいく!?」

「いやー今回はやっぱ黒子だろ」

「待て待て。その前にの分ちぎっとかねーと」

「私、気にしないよー。ていうか私フォアグラ好きじゃないからいらないし……遠慮なく黒子君からかぶりつきなよ」

「…じゃあ…いただきます」



私はさっさと姉さんの隣に座り、買ってきてくれていたジュース(お気に入りの500ml紙パック紅茶)を貰ってお弁当を広げる。



「で、。どうだった? 噂でしか聞いてなかった27日の購買は」

「うん。噂と違わぬ盛況ぶりだったよ。火神君でさえぶっ飛ばされてたからね。本当、先輩達もよく買えたね」

「ふふふ」



ジュースを飲みながら姉さんは不敵に笑う。


「これね、1年生の恒例行事にするのよ」

「毎月?」

「馬鹿。毎年よ。毎月なんてやってたらお金なくなっちゃうでしょ!」

「そりゃそうだ」



向こうではおいしそうにパンにかぶりついている黒子君達が騒いでいる。相当美味しいらしい。



「で、今日の練習なんだけど。近くで予選1回戦の相手が練習試合やるらしくって、見に行ってくるから、よろしくね」

「私行かなくていいの?」

「いいわ。ビデオ撮るのくらいは一人で十分だし、生で見たほうがいいから」



はい、と渡されたのは予選トーナメント表だった。



「部活始まる前にコピーしてみんなに渡してあげてちょうだい。で、こっちがメニューねー」



東京の高校ってこんなに数あるのか、とびっくりである。
北海道なんかと比べものにならないのはまぁ、当然だけど。こんなにたくさん高校あるのに、夢の舞台にたどり着けるのはほんのひと握り。現実の厳しさを改めて実感した。











END


2013/10/20 up...

来週のアニメにお待ちかねの花宮が出るんでテンション上がって書く気になりました。
つっても花宮さん出てくるわけじゃねーんだけど!!