母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 陸








鬼殺隊というアイドルのファンである我が家族は、中々に勘違いされることがある。この時代、『ファン』や『推し』という言葉が無いため、『気が多い』と思われがちである。特に母など、あの美貌も手伝ってか妬みも買いやすい。それに母は炎柱推しなので、浮気していると言われたこともある。まぁ、そうは言われても恋愛感情は一切ないため、推しとどうこうなりたいという欲はない。強いて言えば、鬼殺隊の特性上、生きていてほしい、と思っているようだけれど。
さて、そんなファンライフを送っている家族たちではあるが、そのファン活動のルールとして『推しの私生活の邪魔をしない』というものがある。だから、どんなに家族に対し当たりの強い同担拒否過激派とも言うべき母でも、今我が家で繰り広げられている青春を邪魔したりはしない。……弟は青春だと言っていたからその言葉を使ったのだけど、私には青春には見えない。
今現在、我が家では現炎柱・煉獄杏寿郎殿と女性鬼殺隊員によるコキューホーのジョーチューというものの修行が行われている。女性隊員さんは骨を折っていて治ってすらいないのに、聞けばそのジョーチューというものは回復力を高めることが出来るらしい。私としてはゆっくり休んでほしいんだけど、その本人がやる気に満ち満ちているため、言っても柳に風といった感じ。煉獄殿にも言ってみたけど、何やかんや言いくるめられ全く違う話に変わっている。いつのまにか食事を一緒に取る約束と、街に買い物に出る約束をさせられた。何でだ。
とにもかくにも、私個人の考えとしては、怪我をした隊員さんにはしっかり休んでほしい。しかしながらジョーチューというのは常に行っていなければならないタイプの技? らしい。心配することが余計なお世話になってしまうらしく何かを言うのを諦めた。



「……それで、煉獄様。稽古をつけてらっしゃるならお弟子さんと一緒にお食事されなくていいんですか」
「共に居てもやりにくいだろうし、常中の指導は四六時中傍で見てなければならないものでもない! も言っていたように、彼女は未だ怪我人でもあるしな!」
「まぁ、それはそうですが……」



かといってこうして私と二人で食事をしなくてもいいと思うけど。
再三の誘いに、もう断るのも疲れ果てた。母の悔しそうな顔を見る度私の胃がキリキリする。ここ最近の食卓に私の苦手なものが一品は入っているが、全然可愛いものだ。それに、母の八つ当たりを受けるのも面倒だけど、煉獄殿の誘いを断るのも面倒なのだ。煉獄殿はこちらが「はい」と言うまで誘ってくるから。



「そうだ。の料理はいつ食べられるのだろうか!」
「え、いや……どうでしょう。今のところ予定はないですけど」



そう言えば前に料理を食べたいだの言っていたような気もする。そんなに期待され続けると下手なもの出せなくなる。逆に台所から遠のきそうだ。いや、もちろん振る舞ったっていい。別に自信が無いわけじゃない。女学校でだって「いつでも嫁に行けるね」という評価をいただいているのだ。味の好みは知らないけど、料理をお出しすることに問題はない。単純に今の状況で母を差し置いて料理を振る舞う度胸が無い。



「食べたら食休みに外へ出ないか。昨日気になる小物屋があるのだと言っていただろう。せっかくだし行ってみないか」
「これからですか? お弟子さんは」
は中々……意地が悪いと言われはしないか? 分からずそう言うのか……」
「私、品行方正だと評価いただいてます。煉獄様の仰ることがよくわかりません」
「分かっていようがいまいが、変わりはしないのだがな!」
「……はぁ……?」



所謂デートのお誘いだっていうのは分かる。何がどうしてそうなったのか分からないが、どうやら煉獄殿は私を好いているらしいし、ならばお誘いだって何らかの下心あっての事だろう。もうたくさんの贈り物を頂いてその上使って見せているし、其処に関しては手遅れ感が否めない。が、しかし、一度だって煉獄殿から先を匂わせるような言葉は聞いていないし、正直どうなりたいのか分からない。まぁお仕事も特殊だし、色々考えがあるんだろう。何か言ってくれれば答えを出せるから楽になると思うのだけど。



「そうだな……先日贈った赤い簪がいい。付けて見せてくれないか」
「……あぁ、あの。分かりました」
「うむ! では後程迎えに行こう」
















指定された簪を挿して、玄関に向かう前に、彼女の体調を伺ってこよう、と思い当たった。
ここ最近は修行だなんだとでしっかりお身体の調子を伺えてなかったし、ちょうどいい。



「鬼狩りさま、お身体の調子は如何ですか?」
「あ……いえ、おかげさまで……。最近は修行の成果が出始めたのか、回復も早くなってきたんです」



そう言えば先日来ていただいたお医者様も治りが早いと驚いていたな。



「それは良かったです。詳しい事はわかりませんが、鬼狩りさま方がお使いになる呼吸というのは、凄いのですね」
「はい。炎柱様が仰るには、何でも出来る訳ではないですが確実に強くなれると。日々精進あるのみ、です」
「素晴らしいですね。私達藤の花の家紋の家の者たちは鬼狩りさまにお守り頂いている身ですから、こう言ってしまうのもどうかと思いますけれど、皆様がそうしてお強くなってくださるおかげで今生きているのです。本当に感謝ばかりです」
「いえ、そんな……! こんなに良くしていただいて……」
「当家は昔、父が鬼に襲われていた所を鬼狩りさまに助けて頂いた縁により、こうして藤の花を掲げておりますゆえ。日々父より鬼狩りさまへの感謝を忘れぬよう教えを受けております。父を助けて頂いたおかげで私達姉弟が生まれたのですから」



実際その時の話を詳しく聞いた事は無い。父も「鬼狩りさまに危ないところを助けて頂いた」としか話さないから。父方の親族に会ったことが無いので、何となく考えつくことはあるけれど、憶測でしかない。
そうして話していているうちに大分時間を使ってしまったようだ。煉獄殿を待たせてしまっているやもしれない。もしかしたら探させてしまっているかも。



「すみません。長話をしてしまいました。鍛錬の邪魔をしてしまって……」
「いいえ、全集中の常中は常に体現していることが修行の一つになるんです」



奥の方から煉獄殿の声が聞こえてきた。



「あれ、炎柱様の声が聞こえますね。どうしたんでしょう……」
「あぁ……煉獄様とこの後街に行く約束をしておりまして。ちょっとお待たせしてしまったようです」
「え! 炎柱様と……お待たせしてしまっては」
「いいんです。煉獄様はいっつも私の話を聞いてくれませんから、たまにはいいでしょう。それに、煉獄様はこれくらいで目くじらを立てる程狭量な方ではないですし」



部屋を出て声の聞こえた方に向かう。



! どこへ行っていたのだ!」
「すみません。少し席を外していました」
「準備は出来ているか?」
「えぇ、お望みどおりに。どうですか?」



見せるように後ろを向く。言われた簪をしっかりと付けているはずだ。



「……あぁ、やはりよく似合っている」



見えないから分からないけど、髪を撫でられたらしい。



「行こう、。日が暮れてしまう」



街に行こうという誘いを断り続ける方が面倒だと思っていたのだけど、そうではなく。
煉獄殿と街に出て帰ってからの方がより面倒ごとが起こるのだということに気付けなかった。



「炎柱様と、街へ……。まさか、あの人と逢引……?」