母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 幕間 伍
明治大正にアイドルもオタクも概念は存在しないから、仕方がなく未来の言葉を使っているが、両親弟妹揃ってドルオタである。このドルオタであったり推し活であったりに中々理解を得られることは無く、鬼殺隊の支援として藤の花の家紋の家を始めた当初、両親は中々苦労をしたらしい。私が物心ついた時にはもう、ご近所の皆々様は『あそこの家はちょっと特殊だから……』みたいな感じで生暖かく見守られていた。
「今日、が生まれた日だと聞いてな、せっかくなので会いに来たんだ」
いつもの鬼殺隊の隊服ではなく、大人しめの着流しに、刀も履いていない。珍しい出で立ちで炎柱である煉獄殿が私の通う女学校の門の前にいた。級友や後輩たちに祝いの品や手紙を沢山いただいて風呂敷がパンパンになっているのを見て、煉獄殿が小さく笑いながら私の腕から取り上げた。
格好もそうだが、今日の煉獄殿は静かだ。いや、実際の声量的には一般人と変わらないのだけど、普段の煉獄殿からしてみれば物凄く静かだ。体調が悪いのではないだろうか、と思うくらい。
行こうか、と腰に手を添えられ移動を促される。一体どこへ行くのかと思いつつ、後ろから上がった悲鳴に振り返った。慕ってくれている後輩たちが今にもハンカチを噛みちぎりそうな顔で煉獄殿を睨みつけている。その尖った視線を向けられている煉獄殿は何というか、苦虫を数匹は噛み潰したような顔をしている。私の視線に気づくと苦笑いに変わったけれど。
「いや……は随分慕われているのだな。待っている間、代わる代わる女学生達がの素晴らしさを語っていくんだ。俺の知らないの事ばかりで、どうにも悔しくてならん」
「……はぁ……?」
一体何の話をしているのか。
二人で話す機会というものは早々ないというか、言い方が悪いが家に煉獄殿がいるときは避けるように過ごしているので、煉獄殿と会話した数は絶対的に少ないのだけど、そんな中でも、私が煉獄殿の考えていることや意味しているであろうことをしっかりと分かっていたことなんてほぼほぼ無い。煉獄殿は満足するだけ私に何事かを言って、それで楽しそうにしているように見えるから、まぁいいかと思っている。
だから何というか、こうして苦笑いだの悔しいだのといった表情を見たのは初めてかもしれない。いつも快活にしている印象だったのもある。そうはいっても、詳しく聞き出すつもりもないので、左様ですか、と言って話を切った。
それよりも促されて歩いてはいるが、一体どこに向かっているのか。
今日が私の誕生日だから、会いに来たと言っていたくらいだし、何か祝ってくれるのだろうとは思うけど。あぁそういえば祝いの礼をしていない……いやまだ祝われてはないな。
「どちらに向かってるんです?」
「この先に湯豆腐の上手い店がある。家紋こそ掲げてはいないが、鬼殺隊の協力者が営んでいる店だ」
「え! もしかして大通りから一本奥の通りの?」
「知っているか」
学校に通っているのもあり、近辺の店情報は把握している方だ。もちろん、今煉獄殿が仰った店にも覚えがある。
確か、京の本店からのれん分けされた名店で、一見お断りだと聞いた事がある。行ってみたいと思っていた店ではあるけど。
だとしたらちょっと着替えたい。こんな……袴姿で行くにはちょっと。あでも一度帰宅したら母に知られるし……豆腐食べたい……。
「あぁ、気にしなくて大丈夫だ。今日行くことは伝えてあるし、連れが学生である事も知っている。安心していい」
煉獄殿を見上げ、自分の格好を見比べていたら気付いたらしい。気を遣っていただいてしまった。
「誕生日祝いだと言ったら、何やら特別なものを用意してくれるらしい」
「……ありがとうございます。お忙しいのに」
「気にするな! 俺がしたいからするのだ。祝われてくれると嬉しい」
たまに利用する藤の花の家の娘に随分優しい、とまで思い至って、それ以上考えるのをやめた。今日はせっかく煉獄殿がご厚意で食事に連れて行ってくれるのだし、ゆっくり楽しもう。
「遅くなってもしっかり家まで送り届けるから、安心してくれ!」
いえ、母に見つかると事なのでそれは勘弁してください。
楽しそうに笑う煉獄殿に何と言って断るか、豆腐を食べながら考えよう……。