母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 伍







家族全員鬼殺隊というアイドルオタクでそれぞれ好きにファン活動をしている中、群を抜いて母の推し活が激しいということはお判りいただいているとは思う。今回は推しである煉獄殿の他に、その煉獄殿を慕っているらしい女性隊員がいらっしゃっていることで、母は大人しく裏方で働いている。曰く、「推しももう恋人がいてもおかしくない年ごろだもの。邪魔をするなんてファンじゃないわ!(意訳)」である。貴女の推しの恋人候補は恐らく多分きっとそうであってほしくないけど、私っぽいよ、とは口が裂けようが言えない。
お医者様から診断を言い渡されて、そのまま女性隊員さんには今日は休むように伝えた。案の定、煉獄殿が明日訪ねてくれることを伝えたら大変に恐縮されて、安静に休むどころじゃない、といった体だったけれど、煉獄殿の言う通り「上官命令」を言えば大人しく引き下がってくれた。鬼殺隊って本当に上下関係しっかりしてるから助かる。毎回毎回上官と一緒に任務に当たってくれればいいのに、大体一人だもんね。全国津々浦々回すには人手が足りないって事なんだろうけど。


「母さん。女性隊員の方、あばら折れてたみたい」
「あらあら。それじゃあご飯柔らかくしましょうか。雑炊の方がいいかしらね? 、きちんとお休みくださるようお伝えした?」
「うん。お医者様は綺麗に折れてるから、全治1ヵ月くらいで済むって」
「そう……。鬼殺隊員様は特別な呼吸をお使いだから、もう少し早く治るかもしれないわね……」



そう言って母は片方の膳に並べていた碗をとり、鍋にあけた。



「いい機会だわ。燐にお手伝いさせましょう。、しっかり教えるのよ」
「それは構わないけど、高女は? 休むの?」
「どうせ行っても国語と裁縫ばかりでしょ。燐はともかく、は充分よ。あなたの器量ならとっくに退学しててもおかしくないのに……父さんが好きにさせろって言うから……。ねぇ、、まさか卒業面とか言われていじめられてないでしょうね?」
「ないよ。じゃあ燐連れてくるから」



この時代、女性は学校を寿退学する人が多く、学年が上がるにつれて級友は減っていく。そんな中、結婚が決まらず卒業するであろう大変ユニークな容姿の女子を『卒業面』と呼ぶ悪口があるのだけど、身内の贔屓目なしに見て、大層美しい母の血をふんだんに引いている私達姉妹は、たとえ長く在籍しようがそんな悪口を言われる筋合いはない、と思っている。
と、いうか。去年位から私に縁談が持ち込まれなくなったのだ。どういうわけか。
13歳くらいまで、打診はあったけど、年齢を理由に父が断っていたのは知っている。「せめて15歳までは家にいてほしい」という父の願いだ。まぁ、嫁ぎ遅れではないかな、という年齢だ。けれど、15歳になったというのに縁談が来ない。母に似た私は、客観的に見ても器量よしだし、家も呉服の大店の娘だ。条件いいのに何でだ、とまぁ別に結婚したいわけでもないからいいんだけど、疑問には思った。なんやかんやで16歳になってしまったし、まぁ高女での目が気にならないわけじゃない。小耳にはさんだところ、私が寿退学しないことは結構不思議がられているらしい。
私は着物に袴の女学生スタイルが好きなので、卒業してしまったら出来ないこの着こなしをもう少し楽しみたい気持ちもある。
閑話休題。
部屋に籠っていた妹を連れ出し、「煉獄様には会わなくていい」という言質を取らされはしたが、無事妹に膳を持たせて女性隊員の部屋に向かった。食事の手伝い位なら見ていなくても燐は出来るし、と離れて煉獄殿のところへ向かう。もう湯殿から上がっただろうか。結構母や燐と話し込んで時間を食ってしまった。煉獄殿は何度も家に来ているし、多分部屋に迷わず戻れるとは思うけど。とりあえず湯殿に向かっていれば、浴衣を着て部屋に向かっている煉獄殿と廊下で鉢合わせた。



「煉獄様! お食事を運んでもよろしいでしょうか」
「うむ! も一緒に食べてくれるな?」
「そうですねぇ……」



正直お腹も減ったし、時間も時間だから一緒に食べようかな、と思う。
……いや駄目だわ。食事の準備してんの母だったわ。二人分持って行ったら即効バレる。母に煉獄殿と一緒にご飯食べるとか知られたら私監禁されんじゃないかな。無理。



「今日は遠慮しておきます」
「遠慮などいらん! 俺がと一緒に食べたいと言っているのに、何を気にすることがある?」
「あ、いやえっと」



母の目を気にするんだけど、ていうか言葉選び間違えた。遠回しに言っても煉獄殿に基本的に通じないもんな。



「俺が食事している間、傍に控えていてくれるのだろう? なれば一緒に食べてくれた方が俺は嬉しい!」
「ですが……」



あまり固辞し続けるのも失礼かな、と思いはするがでもそれでも母の事を考えると頷きたくない。
どうしたものか、と悩んでいれば声を掛けられた。父の声だ。



「おや、鬼狩り様。ようこそいらっしゃいました。お怪我もないようで何よりです」
殿! 久しいな! ありがとう!」
、燐が探していたよ。薬がどうとか言っていたけれど」
「あら……何か分からなかったかな」



父は大変穏やかに話す人で、普段も朗らかに過ごしている。およそ商売人とは思えないのんびりさだが、父はまさかの帝国大を出ている所謂エリートである。留学こそしていないものの、外国語を理解し、父の書斎には西洋経済学の本が並んでいる。到底、一呉服屋の息子が持つ学歴ではない。だからなのか、父の友人は多岐に渡り、その伝手もあってかたまにとんでもない人が顧客として来ることもある。
父のおかげで私や燐が高等教育を受けているのだから感謝しなくてはいけない。



「鬼狩り様、お食事はお済ですか?」
「いや、まだだ! 殿と一緒に食べようと誘っているんだが頷いてくれなくてな!」
「左様ですか。、せっかくお誘いいただいているんだから、ご一緒させてもらいなさい。膳は運んでおくから、燐のところに行っておいで」
「……わかりました」
「……ふむ。ならば俺もついていこうか! 隊員の様子も見ておきたい。何、見るだけだ。長居はしない!」
「構いませんが……」



父が言うのであればもう私が断る理由もない。
女性隊員さんも煉獄殿にあんなに会いたがっていたのだから、まぁいいだろう。燐は大層嫌がるだろうが。



「お食事は鬼狩り様のお部屋にお運びします。、冷めない内にね」
「はい」



結局燐の用事はどの薬を飲んでいただくか分からない、との話だった。発熱していないので痛み止めだけ飲んでもらうことにして、今にも逃げたそうにしている妹を下がらせてやり、白湯を持って女性隊員さんの部屋に向かった。後ろから煉獄殿がついて来ている。



「彼女の様子はどうだろうか!」
「全治1ヵ月と聞いておりますけど」
「うん! 彼女は見たところまだ全集中の常中が出来ないようだったからな!」



ぜんしゅうちゅうのじょうちゅうが何なのか分からないけど、多分母が言ってた特別な呼吸ってヤツなんだろう。専門的な話は私には分からない。弟は蟲柱様の呼吸がどうとか言っていたから多分何かしら分かるのだろうけど、オタクにこの手の話を振ったら長くなるからやめておこう。
部屋を訪ねれば、女性隊員さんは煉獄殿を見て大変畏まってしまい、体に良くないな、と思ったので早めに出よう、と決めた。
彼女の側に白湯と薬の準備をしている間、煉獄殿は身体への労りを述べた後、呼吸がどうとかこうとか言っていた。それを彼女が大変真剣に頷きながら聞いているので、きっと鬼殺に関わる何やらなのだろう。



「炎柱様はいつまでこちらにいらっしゃるのでしょうか……?」
「ふむ。今のところ次の指令は来ていないが、担当地区の警備もしなければならないからな! あまり長居するつもりはないが……」



そこで言葉を切った煉獄殿がちらりと私を見た。何だ、と首を傾げるが私に何か言うでもなく言葉を続ける。



「君に常中の指導を少ししていこうと思う!」
「い、いいのですか!」
「あぁもちろん! 、構わないだろうか?」
「鍛錬されるということでしたら、中庭をお使いください。そこそこの広さはあるかと思います」
「ありがとう! 今日はゆっくり体を休めるといい! では、俺たちは食事にしよう」



前に怪我人がいるからか、幾分か声量を抑えたらしい。それでもやはり大きく聞こえるけど。
家族5人にしては大変広いこの家は、中々立派な庭がある。たいして使われるでもなく、隅の方に母と妹がちょっとした花壇を作っている程度だ。藤の花の家紋の家として、専ら鬼殺隊員へ解放している。怪我などで休んでいた隊員達が体の感覚を取り戻したり鍛錬したりと使われている。



「も、申し訳ありません! まだお食事を取られてなかったのですね……お時間を取らせてしまってすみません……」
「気にすることは無い! 君には早い休息が必要だ。寝る前に訪ねてすまなかったな!」
「そんな事……!」



これ以上続けても彼女が謙って話が終わらないだろうと、薬を差し出した。



「さぁ鬼狩り様。お医者様から頂いた痛み止めをお飲みになってください。眠りに付きやすくなりますから」
「あ……ありがとうございます」
「いいえ。横になるお手伝いいたしましょうか?」
「あ、いえ、大丈夫、です」
「失礼致しました。ごゆっくりお休みください。……煉獄様、行きましょう」
「うむ! も腹が空いただろう! ……それでは、君は無理をしないようにな!」



彼女が飲み干した湯呑を受け取り、部屋を出る。



「夕餉はなんだろうか!」
「煉獄様のお好きなさつまいもの味噌汁を作ってましたよ」
「それは嬉しいな! は作っていないのか?」
「今日は何も」
「作らないのか?」



普段は作っているが、煉獄殿がいらしたときは母が張り切るため、一切手を出していない。
そんな事を馬鹿正直に話せるわけでもないし、万が一「作ってくれ」と言われたとして、母を押しのけて作る度胸などあるわけがない。
まぁ、つまり私が煉獄殿に料理を振る舞う機会なんてこの家で起こりうるわけがない。



「機会がありましたら、その時は煉獄様のお好きなものをお作り致しますよ」



けれど普段から色々な贈り物を頂いている身だし、お礼として何かしなくてはな、と考えてもいた。
母の目を盗んで出来るのなら、煉獄殿に料理を振る舞うくらいいくらでもするのだけど。所詮絵に描いた餅、ってやつ。




























客間に一人、敷かれた布団に横になって天井を見つめた。
思い返されるのは、先ほどまで部屋にいらっしゃった炎柱の言葉。
『俺たちも食事にしよう』『も腹が空いただろう』……というのが世話をしてくれた女の人の名前なのだろう。
炎柱の煉獄様があんなに気安く名前を、しかも下の名前を呼んでいるだなんて。
それに、あの言い方だと一緒に食事をするのだ、という様に聞こえた。
藤の花の家紋の家の家人が、一緒に食事を取るだなんて見た事も聞いた事もない。彼彼女らはいつだって何歩も引いて見守るかの如く鬼殺隊員の世話を焼く。そういうものだと思ってたのに。



「どうして……?」