母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 幕間 弐
鬼殺隊炎柱・煉獄杏寿郎は悩んでいた。
恋仲であると結婚するにあたり、彼女の両親に承諾を得なくてはなるまいが、話が上手く進まないのだ。
柱である杏寿郎は鬼狩り以外にもその責務として行わなければならないことがあるし、継子である甘露寺蜜璃へ稽古を付ける時間も必要だ。煉獄邸から家は中々に遠いこともあり、そう頻繁に訪ねる訳にもいかない。本当は鬼殺を終え、帰る度にに出迎えてもらいたいのだが、結婚しないことにはそれも叶えられないので、杏寿郎はそれなりに急いでいた。彼女の両親に許可を貰えたら、今度は自身の家族にも紹介しなくてはならないし、その後は祝言の準備もある。どんなに早く見積もっても半年は掛かりそうだ。出来るだけ早く家に迎え入れたいので、お互いの家族さえ許せば、一緒に暮らしたいが、さてどうなるか。
まずはの両親の許可が必要だ。しかし、の父親にはもう話をし、すんなりとあっけなく、杏寿郎も驚くほどあっさり承諾された。の両親に話をする前に、杏寿郎は妻帯者に話を聞くなどして情報収集をした。その結果、『娘をいつ死ぬともわからない男になんぞやれるか』と言われた者が大半で、それを聞いた杏寿郎も、死ぬ気は勿論ないが、確かに可能性は市井の人々より格段に高いだろうことはわかっていたし、その分苦労や心労をかけるだろうことも改めて理解した。だからこそ誠心誠意、頭を下げてを頂戴しようと思っていたのだが、頭を下げる前に『構いませんよ。幸せにしてやってくださいね』と朗らかに笑って言われたのだ。殴られた隊士もいると聞いていたから覚悟をしていたというのに、何というか、拍子抜けした。
この日、の母親は急な外出により話すことは出来なかった。また次の機会に改めて話をしにこよう、と日程を合わせて辞した。はずだった。
ところが、何故かどんなに日を改めようとの母親と会うことが出来ない。これまで仕事帰りに家に寄れば必ずと言い程出迎え世話をしてくれたの母親が。全くというほど会わない。そんなに間が悪いのかとに相談すると、は口元を苦く引きつらせながら誤魔化す様に笑った。恋仲になる前から、自分に会うたびにがしていた顔に似ている。本音を隠し、何とか上手く丸め込もうとする時にする顔だ。
「な、何だかここ最近、母も忙しいようで……。私にも予測がつかないんです」
申し訳ありません、と苦い顔して言うに、また何か隠しているらしいと杏寿郎は分かったが、特に問いただすこともせず、今回の贈り物を広げた。
呉服屋の娘に着物類を贈るのは中々勇気がいったが、に似合うものは、と数時間悩んで決めた帯だ。
「先日贈った帯締めと帯揚げに合うのではないかと思ったんだが、どうだろうか?」
「煉獄様……あの、本当にもう贈り物とか気を遣わなくてもいいですからね」
「気を遣ってなどいない。贈りたいから贈っているのだから、こそ気にせず受け取ってくれ!」
が受け取ってくれないと着る者がいなくなる、と言えば少し言葉に詰まりはしたものの、大人しく受け取った。
たとう紙を開いて中の帯を取り出したは、その帯を見て頬が少し赤くなって喜んだように見えたのは杏寿郎のそうであってほしいという希望が見せたものなのか。何にせよ、がはにかみながら礼を言ってきたので、おそらく気に入ったのであろう、と思うことにした。
帯をしまってくる、と少し慌ただしくもが部屋を出たのとすれ違うように、部屋に布団を運んできたの弟である煌にも、自身の間の悪さについて聞いてみた。すると、
「……母は結婚を認めたくないんですよ。だから何かと言い訳をしては家を空けているんです。面と向かって話をされると、母は断れないと思っているみたいです」
「……よもや……」
父親がああもあっさりしていたものだから、順調に承諾を得られるのだと思っていただけに、まさか、という思いが強くなる。杏寿郎はもちろん、の母親と面識がある。なんならこの家で一番話すのは母親であったと思う。基本的にいつもの母親が対応に入っており、その間、はもちろん、の弟妹の姿を見ない。何ならの妹には何故か怖がられているくらいである。何をした覚えもないのだが。
とにかく、これまでの会話であったりを鑑みるに、決して嫌われていなかったと思うし、「こんなにいい男は中々いない」とまで褒めてもらったこともある。
「俺はの婿にふさわしくない、と思われているのだろうか……」
「うぅーん、そういう事ではない、と思いますが……。母にも母の事情があるので、ちょっと僕の口からは」
気になるなら姉に聞いてください、と言いおいて行ってしまったが、そのが既に口を噤んでいるからして、聞くことはできない。
予想外のところで躓いてしまった杏寿郎は、どうしたものかと頭を悩ませた。
⇔
「と、言うわけなのだが!」
「……はぁ!? つーか煉獄お前恋人いたのかよしかもの娘だぁ?」
柱合会議が終わった後、いつも食事を頂いている。そういえば、と既婚者がいることもあって、杏寿郎は相談してみることにした。母親から結婚を認めてもらうにはどうしたらいいか、と。
「……あぁ、あの呉服屋さんでしたか」
「あそこには確かに娘がいたが……今13くらいじゃなかったか。結婚するには早いんじゃね?」
「いえ、上に娘さんがいるはずですよ。確か……さんでしたよね。私と同じ16のはずです」
「あぁ? いたかぁ?」
「私もあまりお話ししたことはありませんが……」
「はあまり人前に出るのが得意ではないと言っていたからな! 覚えがないのも仕方あるまい!」
そもそも杏寿郎がと出会ったのは藤の花の家紋の家で、ではない。
先に言った通り、は人前に出たがらないので、基本的に表の仕事をしない。どうしても人手が足りない時には出てくるが、そんな機会は稀だと聞いていた。だからどうしても、鬼殺隊員との接点が薄くなる。
杏寿郎がと出会ったのは、雨の降る朝方、任務後に体を休めようと藤の花の家紋の家を目指していた時だった。その家がの家だったわけだが。
朝も早いというのに、人の少ない通りに、ポツンと一人軒下にて雨宿りしている女を見つけた。両手に抱えた荷物と止まない雨を焦ったように交互に見つめていた。降っている雨はつい先ほど降り出したばかりで、止む気配はない。その時たまたま傘を持っていた杏寿郎は、迷わず声を掛けた。目的地である家は鎹鴉によるとそんなに遠くないようであるし、傘が無くてもいいか、と思ったからだ。
傘を貸そうとすれば、雨宿りしていた女が顔を上げ、杏寿郎の来ていた隊服を見ると首を傾げ「鬼殺隊の方ですか?」と聞いてきた。そうだと答えれば、女は自分の名を名乗った後、自分は藤の花の家紋の家の娘なのだと告げ、そのまま一緒に向かうことになった。
その女――つまりが笠に入ってくるとき、本当に助かったのだと目じりを下げた笑顔を杏寿郎に向けた時、杏寿郎は強く胸を穿たれたと感じた。以降家に着くまで、傍らにいるを一滴たりとも濡らさぬようひたすら務め、家に着いた時再度深く礼を言われた時には満たされる心地だった。杏寿郎はすぐにその気持ちが恋慕であることに気が付いたし、それを隠す気は更々なかった。が賢く、大変気立ての良い娘であることは少し話しただけですぐ分かった。自身の知らない内に別の男に言い寄られては溜まったものじゃない。だからこそ、目に見えて分かるように装飾品などの贈り物を繰り返し、それは期待以上の効果をもたらしてくれたわけだが、それはまた別の話である。
閑話休題。
とにかく、何とかして母親と話をする。その前に何とかして母親と会えるようにしなくては、結婚がままならないのである。
「もう、ド派手に連れ去っちまえよ」
「宇髄さん、それは幾ら何でも……」
「それかさっさと子供作っちまうとか」
「宇髄さん! あまりにも無責任な発言ですよ」
いつの間にか杏寿郎の話を聞いて意見してくれるのは音柱である宇髄天元と、蟲柱である胡蝶しのぶのみとなっていた。
同じ部屋に他に何人かはいるにはいるが、我関せずといった体で、聞いているかも怪しい。
「既成事実作るってのは、効くぜ。つまりは可愛い娘を余所にやりたくないってんだろ? 子供が出来たらむしろ父親がいない状況になんか早々させられないだろ」
「だからといって、そんな方法で認めては貰えないと思いますけど」
実際、の母親が何を思ってそんなに逃げ回っているのは解りかねるのだが、恐らくそういう理由であると予想はしている。
「しかしだな、すぐに子が授かるかどうかは分からないだろう」
「……えぇ、煉獄さん……何故前向きに考えているんですか」
の気持ちも考えろ、としのぶは言うが、夜を何度も一緒に過ごしている時点で、の気持ちは推し量れている。と杏寿郎は思っている。
実のところ、に直接妻問いの言葉を贈ったことは無い。簪を贈り受け取ってもらえ、かつ床を共にしたこと数度。これで交際していないなどとは流石にも言うまい。そもそも、簪を贈るという行為が求婚のそれであることを、が未だに知らない方がいけない。はじめ贈った時はすぐに突き返されるとばかり思っていたのだが、何の衒いもなく受け取られたものだから拍子抜けしてしまった。だからこそ意味を知らないのだと気付けたのだが、それならそのまま丸め込んでしまおうと考えたのは、悪くない考えだったと杏寿郎は思っている。何せ簪を贈った時、に嫌われてはいなくとも、杏寿郎が向ける気持ちと同じ気持ちで好かれているということもないと知っていたからだ。だからこそこうして一生懸命外堀を埋めようとしているのだが。
「先ほどの会議でも話したが、ここ最近の鬼の出没地域が俺の担当地区に近い! 故に今無闇に離れるべきではない! だからのご両親から許しを得たらを家に迎え入れようとは前々から思っていたのだ!」
「お、おぉ……いいんじゃねぇか」
子を設けるにはまだ早いかとは思っていたが、一つの選択肢として有るのならば、それを選んでもよいだろう。実際、初めてを抱いた時は孕ませようという気持ちもあった。結婚して暫らくは夫婦二人での生活を楽しもうと思っていたが、そこに子が増えようと幸せであることに変わりはない。
「なれば善は急げ、だな!」
「……聞いているかわかりませんが、急がば回れ、という言葉もあるんですよ」
もちろん杏寿郎にその言葉は届いていなかった。