母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 幕間 壱





自分で言うのもなんだけど、私は美人だ。
買い物に行けば、割り引いて貰えたり、何かしらオマケがつくのが常だった。あまり賢い頭をしていたとは言えないけど、顔で食べていくに困らないだろうという自信すらあった。
だからだろうか。目を覚ました時、全く知らない時代の知らない場所にいたとしても、人並み以上の幸せを手に入れられたのは。素敵な旦那さんに、可愛い子供たち。人生に彩りを与えてくれる趣味の数々。それらを支えてくれる財力。幸運であると思っている。
いきなり知らない世界に飛ばされて途方に暮れていたところを、心優しい老夫婦に引き取られ、近くに住んでいた大店の息子は私に酷く優しくしてくれた。
そんな彼が鬼という人外に襲われ、その上、鬼殺隊という鬼狩りに助けてもらった時、まさかと思った。この世界に来る前に読んでいた漫画の世界に酷似していることに気付いた。
美人で、生きていくに困らない幸運を持っているとなれば、いつか読んだ物語の主人公のような活躍が出来るのでは、なんて思ったこともある。ただでさえ、例の漫画は多くの人が死んでしまう。私の好きなキャラクター達だって死んでいくし、死なずとも大きな怪我を負っていく。それを救えるのでは、と思ったけれど、私には力も度胸もなかった。ただただ平凡な人間だった。
これから傷つき死んでいく人の事を知っているのに、何も出来ない罪悪感に押しつぶされそうになっていた頃、幼馴染ともいえる大店の息子の子を身籠り、そのまま結婚した。
そして旦那となった彼は、救ってくれた鬼殺隊への恩返しに、と藤の花の家紋を掲げてたいと言い、私もそれに大いに賛成した。少しでもこの辛さを和らげられるのなら。救うことも何も出来ないけど、ただひたすら生きている間は安らかに過ごしてもらえるように、と。その過程で以前から好きだったキャラクターに必要以上に感情移入をしてしまうのは、ご愛嬌、ということにしてほしい。

一番最初に生まれた子は女の子で、私の美しさを引き継いだばかりか、夫の綺麗な絹のような髪と涼やかな雰囲気を併せ持った、子だった。と名付けたその子は、成長するにつれ、私にはなかった賢さも備え、私は大変に満足だった。才色兼備、自慢の娘だった。ただ時折、遠くを見つめて憂うような仕草を見せる事もあり、気にかかっていたが、ある時気付いたのだ。
どこか所作が、元々私がいた時代のものと被る。私と同じように来てしまったのか、と思ったけれど、間違いなく私が産んだ子供であるし、入れ替わった様子もない。だからきっと所謂転生者か、と当たりを付けた。そして、この世界が漫画として存在していたことは知らないようだ。気付いたところで、可愛い娘であることに変わりはないので、まぁ余計な知識で心痛めることが無いのは良いことだ、と思う。

そんなどこに出しても恥ずかしくない娘も成長し、適齢期となった頃、悪い虫がついた。
しかもその虫、あろうことか私の特に応援しているキャラクターだったのだ。そのキャラクターが私の娘を見初めたことは高く評価するが、でも駄目だ。そのキャラクター・煉獄杏寿郎様は、私が漫画を読んでいた頃から一二を争う推しキャラであったが、何分死んでしまうのだ。人間いずれは死んでしまうにしても、結構序盤、しかも彼の登場話数からみても速攻死んでしまうのだ。その死に様は漫画では屈指の名シーンとして人気もあったし、何よりその漫画の主人公の成長に非常に多くを占めているくらいの存在だ。
とてもいい人なのだ。だから推している。今生きて目の前に存在してくれていることが非常に尊い。数秒でも長くその生き様を目に焼き付けたいと思っている。そのくらい推している。
けれど、娘の相手としては駄目だ。私の可愛い娘と結ばれたとして、彼が死なないわけじゃない。死んでしまった彼を思って娘はきっと傷つき悲しむだろう。そんな思いはさせたくない。

だからこそ、必要以上に熱心に彼を応援し、娘が自分から彼と距離を取るようにしていたのに。
朝早くに任務へと向かう煉獄杏寿郎様を見送る娘の髪に見慣れない簪が挿さっていて、そしてその簪を挿した娘をとても愛おしいと言わんばかりに見つめている煉獄杏寿郎様を見て、その簪が煉獄杏寿郎様から娘への贈り物なのだと気付いた。

ねぇ。あなた私より賢いくせに、そういう事に関しては大層鈍いわよね。そうよね、これまで一生懸命アピールしていた煉獄杏寿郎様に気付いてなかったくらいだものね。その事に安心していた私が油断したのが悪かったのかしら。
あなた、男性から簪を贈られる意味を知らないの? そしてそれを受け取るという事がどういう事か知らないの?

あぁ、快活に笑っているはずの私の推しの笑顔が、どうにも勝ち誇ったような顔にしか見えない。私の被害妄想が見せる幻覚であればいいのに。