母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 弐









両親がドルオタで、特に母は自分の推しメンを誰にも譲りたくない過激派同担拒否であった。
母の逆鱗に触れる事の無いよう私達兄妹は母の現在の推しである『煉獄杏寿郎』に必要以上に関わらないようにしていた。
そんなある時、家に訪れた煉獄杏寿郎が、私に「渡したい物がある」と夜に会う約束を取り付けてきた。しかしこれでのこのこと会いに行って母にバレたら殺される。私は渋々約束をしたものの、守る気はなく、一人優雅に月を眺めていたら、家人しか入らないはずの奥の部屋に例の煉獄杏寿郎が訊ねてきてしまった――……。今ココ。



「中々殿が現れないので心配した! 具合でも悪いのかと思ったぞ!」



お風呂上がりですっかりくつろぎモードに入っていた私は寝間着代わりの浴衣一枚なのに対し、煉獄殿はしっかり鬼殺隊の隊服に炎を思わせる羽織を羽織っていた。



「えっ、な、何故こちらに……?」
「煌殿に聞いたところ、ここを案内された。殿は風呂上りにはここで涼むのだと」



母に見つかればマズいと、さっさと口を割ったのだろう。いや、そもそも口止めも協力も要請してなかったのだから、責められない。
隣に腰を降ろした煉獄殿に、何と言って謝罪し誤魔化そうかと頭を悩ませていると、ふいに視界の端に光る何かを捉えた。煉獄殿が手に何かを握っている。



「先日訪れた町で見つけたのだ! これを付けた殿が見たいと思い、気付いたら購入していた! 良ければ付けて見せてくれないか」



渡されたのは枝垂桜の意匠の簪だった。控えめで上品に見える。言っちゃ悪いが、煉獄殿は脳筋族でこういったセンスは皆無だと思っていたものだから驚いてしまった。
付けて見せてほしい、と言われているのだし、と思い受け取って簡単に挿してみようかとしたところで、そう言えば現在髪をただ降ろした状態のままであることに気付く。ついでに浴衣一枚であることも。人前に出ていい恰好じゃないな、と思い当たった。ちょっと待っててください、と言いおいて自室に入る。まずは出したままになっていた羽織を羽織る。次に鏡台の前に座って、鏡を見ながら髪を纏める。人を待たせているのだし、あんまり時間をかけられないので、ねじるだけの一本刺しにした。普段簪を使って髪を纏めないので、少し手元が覚束ない。



「すみません、お待たせしました」



一応鏡で確認したけれど、暗い室内じゃ細部まで分からなかった。



「思った通りだ! 殿によく似合っている!」



俺の見立ても捨てたものじゃないだろう、とどこか誇らしげに笑う煉獄殿の顔をつい見つめてしまう。何と言うか、あまり見た事のない笑顔だ。いつも快活に笑っている人だとは思っていたけど、こんな笑い方もすることは知らなかった。まぁ、それもそうか。母の推し活の邪魔をしないように煉獄殿に関わらないようにしているのだし。そんな失礼な態度を取っているにも関わらず、家に寄った時は必ず話しかけてくれるし、こうして土産を持ってきてくれる。前は珍しいお菓子だった。何と言うか、本当にいい人だよなぁ、と何だか申し訳なくなってしまった。だからその罪滅ぼしも含めて、この簪を大切にすることにしよう。



「ありがとうございます。とても素敵な簪で気に入りました。これを機に簪で髪を纏めてみようかと思います」
「……あぁ、いいな! 本当によく似合っている!」



そうして笑いあっていて、ふと母の存在を思い出した。
こうして和やかに談笑している場合じゃない。やばい。忘れてた。



「煉獄様は明日の朝に出発されるのだと聞きました。朝早いでしょう。お休みになられた方が良いのではないでしょうか」
「むぅ。殿はつれないな。此度はよく話してくれると思えば、これだ。いつか一晩中二人で語り明かしたいものだな!」
「いえ流石にそれは……」



ご冗談を、と笑って煉獄殿を見上げれば、あの感情の読み取りにくい大きな瞳に見つめられていて、言葉が続かなかった。



「文を書く。それなら殿も人目を気にせず俺と話してくれるだろう?」



人目というか、母目を気にしているのだけど。というかそういう問題じゃない。
煉獄殿と文通してるとかマジで命の危機。けれど煉獄殿の雰囲気に呑まれていた私に返す言葉は出てこない。
ふっ、と煉獄殿は小さく笑って腰を上げた。それに倣って立ち上がって向かい合う。部屋まで見送ると言ったけれど、断られた。



「あまり体を冷やしすぎないようにな」



その言葉と共に、結い上げて顕わになった項を指で撫でられた。背筋が粟立つ。角を曲がって煉獄殿の姿が見えなくなったのを確認した途端、腰が抜けた。



「な、何なの、あれ……」



撫でられた項がやけに熱く感じた。