母が同担拒否の為、煉獄様には出来るだけ近づいてこないでほしい 壱







両親は言うなれば、ドルオタである。
もちろん、現在大正時代。『アイドル』なんて存在しない単語を私が使用しているのは、少しばかり未来の事を知っているからだが、その話はまた別の話だから今は気にしなくて大丈夫。
我が家は藤の花の家紋の家として鬼狩り達に無償で尽くしている。普段は呉服屋として営業しているが、それなりの大店なので、人を泊める事など造作もない。
両親は、『鬼殺隊』というアイドルグループをつまり推していて、その中の隊員を推しメンとしてファン活動をしている。そのファン活の一環が藤の花の家紋というわけらしい。いや、私が聞いた時はもっと真面目に言っていたけど、要約すればこういう事である。
父は鬼殺隊箱推しで、隊員が訪れる度に相好を崩してもてなす。母は箱推しではないが、鬼殺隊があるからこそ自分の推しメンが存在しているのだと言わんばかりに尽くしている。
そんな両親の元で育てられた兄妹もそれぞれなりに推しメンを見出しファン活に励んでいる。私以外。推しメンを前にひぃひぃ言ってる両親や兄妹を見て、(あぁはなりたくない)と冷静になってしまった為である。

箱推しの父はまぁ、置いておくとして、私を除いた家族の推しをお話しておこうと思う。

まず、私の一つ下の長男である弟は、鬼殺隊の蟲柱推しである。渡すでもないのに蝶の意匠の簪や飾りだのを集めている。数が多くなって収納に困ると、私や妹にお下がりされる。私は蝶モチーフが好きだから有難く使わせていただいているが、虫全般が苦手な妹は、一応兄からの贈り物だと気を遣っているらしいがしまい込んでいる。最近アゲハ蝶を飼い始めたようだ。
三つ下の妹は所謂ミーハーで、顔の良い隊員(男女問わず)を推している。ここ最近は音柱夫婦を激推ししているそうで、夫婦が仲良くしているのを見ると昇天する心持になるらしい。
そして母。母は代々の炎柱を推している。好きすぎて私達兄妹に炎を連想するような名前を付けたくらいだ。炎柱が訪れた時はさつまいもご飯だのさつまいもの味噌汁だとかを必ず出す。炎柱のお世話は誰にも譲らない。妹が持ち前のミーハーを発揮して、お食事を運ぼうとしたときの母ときたら、般若も逃げ出す形相で、妹は怯えて部屋に籠ってしまうほどだった。とにかく過激で、その上同担拒否なのだ。

母以外はそんなに過激ではなく、心穏やかにファン活動を行っているが、そんな家族に挟まれた推しのいない私は大変居心地が悪い。かつ、大店の娘である癖に、接客が苦手というか、愛想がいい方でもないので主に裏方の作業に当たっている。まぁ、家を継ぐのは弟なので、そこら辺は気楽な生活である。









買い出し等、外に出る用事は大体私が行っている。昔は仕入れも行っていたけど、今は後継ぎの弟の教育の為、着いていくこともあるけど、買い付けまではしなくなった。買い出しででも外を歩かないと、家に引きこもりがちになってしまうからだ。
天気も良く、気温も高め。夏もそろそろ本番といったところだ。今日は涼しげにそうめんにでもしようか、と考えながら市を歩いていると、徐に肩に手を乗せられた。誰だ、と見上げる前に声が掛けられる。一瞬で背筋が凍った。



殿、久方ぶりだな! 息災だったか!」



現・炎柱、煉獄杏寿郎殿だった。母の推しメンである。母は今家にいるのでいるはずがないと分かっているのに視線を彷徨わせて安全を確認した。



「れ、煉獄様、お久しぶりですね。こちらには任務で……?」
「うむ! 今しがた任務が完了したのだ! 殿の家を訪ねようと思っていたところ、殿を見かけたのでな!」



声を掛けたのだ、と言われ、冷や汗が流れる。無理。これは、そう、一緒に行こうみたいな流れになるやつ。それが母に見つかって死ぬやつ。



「あっ、あぁー……うぅーん、そ、そうなんですかぁ。お、お勤めご苦労様です……。は、母も喜んで出迎える事でしょう」



買い物も終えて、私自身帰路についている所だった。けど、何とか理由を付けて離れなくてはならない。



殿は?」
「……えっ」



まだ買い物が終わってない体で離れるか? いや駄目だ。煉獄殿は大変お優しいので、きっと荷物持ちだかなんだか言って付き合ってくれそうだ。人を訪ねる用事があると言おうか。それなら遠慮してくれそうだ。ついでに「お疲れでしょうから、お先にお休みください」とでも言っておけばパーフェクトじゃないか。よしこれで行こう。
と顔を上げた途端に、だ。
大きな瞳に真っ直ぐ見つめられていた。『殿は?』?? 何のことだ?



殿は喜んでくれないのか?」
「えっ、あ」



正直なところ言えば、嬉しいとは思っていない。
家族の様に推しメンがいるわけじゃないとは言え、別に鬼殺隊員に対しどうとも思っていないわけじゃない。いつも守ってくださってありがとうございます、くらいの気持ちはある。
でも、炎柱だけは別だ。母の推しメンに関わると本当に碌なことがない。煉獄殿の御父上殿(同じ煉獄だけど)が柱だった時もそうだし、柱を突然をお止めになった時も、「私は信じてるんだから」と涙を流しながら過ごしていたし、煉獄殿が柱に就任された時は狂喜乱舞して家族を巻き込みお祝いをした。同担拒否のくせに、布教しようとする。面倒なのだ。



「そ、そんな……もちろん私も、う、嬉しい……です、よ?」



ははは、と笑ってごまかした。言葉がどもってしまった事には目を瞑ってほしい。



「そうか! では行こうか!」



そう言って私が両手で抱えていた荷物をひょいと片手で持ち上げ、もう片手で手を取られた。手を引かれるまま家へ足を進まされる。
家が近づく度に心臓の音が大きく聞こえる気がする。血の気が引いてきた気もする。何か頭の上で煉獄殿がこれまでに訪れた町だかの話をしているが、一向に頭に入ってこない。
とにかく、もう一緒に家に向かっているのは仕方ない。後は、出迎えに母が出てこない事、煉獄殿と一緒に来たことをバレないようにすることが第一だ。
もう祈るしかないのではないだろうか。もう本当に無理。ていうかこの手も離してもらわないと困る。見つかったらヤバイ。

藤の花の家紋がどでかく書かれた家の玄関の前では、妹が掃き掃除していた。まずは一安心だ。ということはきっと今母は店の方に出ているのだろう。ならワンチャンあるな。後は一緒に来たことをバレないようにするだけだ。まず煉獄殿に口止めを……出来るだろうか?



「あ、姉さん。お戻りです……ひぃっ煉獄様!」



妹は母の般若顔を見て以来、煉獄殿が苦手になってしまったのだ。



「私は母さんにお伝えしてくるから、煉獄様をお部屋にお通しして差し上げて。母がすぐ来るから」



母がすぐ来るから何もしなくていいよ、という意味である。本来であれば案内するのすら嫌な顔をされるだろうが、このまま玄関でお待たせするわけにはいかない。



「煉獄様。どうかお願いですから、私と一緒にここまで来たことは言わないでくださいませ」
「何故だ?」



私の命がかかってるので、とは言えない。



「何ででもです。本当にお願いします」
「そこまで言うなら構わんが! それより殿に渡したい物がある故、後で会えないだろうか」
「えっ」



無理だ。母の目を掻い潜って会う?? 殺されるけど。
しかし無碍に断ることも出来ない。口止めのお願いをしたばっかりだ。私のお願いを聞いていただいて、煉獄殿のお願いを聞けないっていうのは失礼だろう。
渋々、母の目が無いところなら何とか行けるかと思い、了承したけど、母にバレずに会いに行けるかどうか。だから申し訳ないけど、仕事が会って時間が作れないかもしれない、と防衛しておいた。
まぁきっと母が何か世話できることは無いか、と張り付くだろうから、会いに行ける事はないだろう、と安心していた。

風呂に入った後、自室前の縁側で涼んでいるところに煉獄殿が現れるまでは。