元より貴方しか見ていない 01








 どうして誕生日が日曜日ではないのか何度恨んだことか。誕生日に好きな子に祝ってもらいたい、という些細な願いがどうして叶わないのか。「誕生日おめでとうございます」という目文字も何もない、ただ送れと言われ送っているに過ぎないメールにですらめちゃくちゃ喜んでいるのに。一度彼女の両親に誕生日に彼女を寄越すよう言ってみようか。
日帰りで来るには少し遠い所に住んでいる婚約者は、大型連休が来ないと会いに来ない。大型連休であっても、行事が無いとこない。だから繁忙期のGWや夏休みは来ない。繁忙期で親族も呪術師も忙しいから堅苦しいものは全て年末年始にまとめて行われる。ただ行事中は知らねぇおっさん達の挨拶に付き合わされて碌に婚約者と話すことも出来ない。イラついて退席しようとすると、咎めるように婚約者が裾を引いてくるからそれも出来ない。行事中は貼り付けた笑顔で会釈するだけの婚約者が、その時だけは面倒くさそうな顔でこちらを見るから、正直可愛い。
 婚約者は自分で決めた。
 家が用意した席で、「この中からなら誰を選んでもいい」と言われたから、勘で選んだ。選んでいいと言ったくせにやってくる女たちは全員何メートルも離れた先で挨拶させられていくだけで大した話を出来るわけでもない。選びようも無いから顔と雰囲気だけで選んだ。勘というものは馬鹿に出来ない。選んだ婚約者はこちらに興味を示してくれないこと以外は大満足の相手だ。五条家に比べれば呪力も術式も大したことない家で、それについて難色をしめす雑魚はそれなりにいたが、彼女は頭もよくそれでいて決して出しゃばってこないから非常に評判が良かった。まるで呪術師の妻の鏡だと他家に褒められるくらいに。ただそれは決して性格が大人しいとか気弱で人の言いなりでしかないという訳ではない。大人(特に彼女の両親)がいないところでは、俺に対する接し方も話し方も雑だし大分適当だ。基本的にこちらを見ない。例え俺に大した興味を抱いていなくとも、綺麗な着物を着て俺の横に立つは、自慢の婚約者だ。このまま進めば、何の障害も邪魔も入ることなく結婚できる。
 けれどそれは嫌だった。家の言いなりが嫌だという理由もある。一番は、彼女に愛されて求められて結婚したい。人間誰しも、好きな人に愛されたいという欲を持っているはずで、その欲は偽りなく俺にもあった。ただそれだけだ。
 十二月はいつも忙しい。誕生日を祝うという名目で色々な賄賂が届くが、それの選別は家のものにやらせているからいい。ただ、年末年始を一緒に過ごす婚約者の着る着物の用意がある。最初はただ、彼女に我儘を言われたいだけだった。何が欲しい、何をして欲しいと聞いても「特に何も」と答える彼女に、とりあえず着物を贈った。それを彼女は言われるがままに身に纏う。その内好みを言ってくれればいい、と思って始めた。着物全部反物から俺が選び、帯も帯揚げも帯締めも全部決めて用意させる。出来上がったそれらを彼女の部屋の箪笥にしまっておく。毎年彼女が来た色や好んで使った柄などの統計を取っているから、かなり彼女の好みのものばかりになっているはずだ。ただ、気に入ったか聞いても全部に頷くので本心は分からない。俺の選んだ反物で作られた着物を身に纏う彼女を隣に侍らせられる特権は勿論俺にしかないわけで、どこぞの呪術師が指をくわえて見ているだけなのだと思うと非常に気分がいい。残念だったな! はもうずっと前から俺のものなの、と鼻が高くなる。昔は「あんな地味な女」だとか負け犬の遠吠えをしていた女どもも、年々美しさに磨きがかかるを見ては悔しさに唇を噛み締めている。お前らじゃ一生、と同じ土俵には立てねぇよ。
 特に今年は重要だ。何せ俺が十八になる。ようやく結婚できる年になった。長かった。は二年前に結婚できる年になったし、正直焦ってもいた。何で男と女で結婚できる年が違うのか。いい加減法律変えろよ古臭いんだよ、と何度思ったか。
 でももう悩まなくていい。婚姻届を書いて提出すれば晴れて俺達は夫婦だ。学生結婚なんて別に珍しくも無い。経済的自立だってしているし、を養っていくだけの余裕がありすぎる。……は婚姻届を書いてくれるだろうか。いやきっと書くだろう。いつものように無表情でどうでもよさそうに頷いて迷うことなくペンを走らせるだろう。その姿が目に浮かぶ。
 今までどんなに傍において触れ合ってきても、一切、に好かれているという自信を得ることが出来なかった。虚勢を張ることも出来ないくらい、自覚している。は俺の事なんて何とも思っていない。嫌われていないけど、特に好かれてもいない。いてもいなくても同じ。だからと言って嫌われてる方がマシだ、なんて絶対に思えないから憎まれるようなことも絶対にしない。
 すんなり婚姻届を記入されたら。拒まれなかったことを喜べばいいのか、本当にどうでもいいと思われている事実を突きつけられたことを嘆けばいいのか、ちょっと迷う。いや、最終的には何をどう言われようが結婚するけど。二人だけのマンションに住んで新婚生活送るけど。でもどうせ結婚するなら仮面夫婦状態は避けたいじゃん。いってらっしゃいとおかえりのチューは絶対してもらいたいじゃん。欲を言えばおはようとおやすみのチューもしたい。毎日「悟大好き(はーと)」って言ってほしい。

「今印鑑なんて持ってないけど」
「……書くの?」
「書いて、って言ったのそっちじゃない」
「そうだけど……いいの?」
「変なこと聞くんだね」

 本当に疑問に思っているらしい彼女にどうしても戸惑ってしまう。予想通り過ぎる。やっぱり嘆くべきなんだろうか。このまま書いた婚姻届を持って明日役所に提出すれば晴れて夫婦だ。些細な夢はやっぱり夢で終わるんだろうか。婚約者にちょっと愛されたい、叶わない夢じゃないはずなんだけど。

「大学、受験するんだろ」
「高専だってまだ後二年? あるよね。それとも私は大学行けなくなるのかな」
「いや……行きたいなら行けるよ」
「じゃあ行きたいかなぁ」

 じゃあ大学は絶対行かせてあげよう。だってが望んでいる事を言うなんて滅多にない。お願いは全部せーんぶ叶えないと。甲斐性があると思って欲しいし。
 このまま結婚してしまおうか。の希望大学は東京だし、上京したら一緒に住もう。一緒に住んだら、絶対手を出すけど。あぁでも最中にも無関心な顔されたら絶対凹む。絶対やめないけど。でも凹む。やっぱり愛されたい。好きって言ってほしい。
 じゃあどうするか。

「……が大学卒業したら、コレ出して式を挙げよっか」
「え?」
「だから、それまでに……」

 惚れてもらうしかない。
 書いてくれた婚姻届を返す。印鑑が押されていないそれは提出することが出来ないし。が大学卒業するまでに「好き」って言ってもらう。好きになってもらえなくても結婚は絶対するけど、好きになってもらえなかったらいってらっしゃいもおかえりなさいもおはようもおやすみのチューは諦める。仮面夫婦上等だ。でも。

「コレはに預けとく。無くしても別にいいけど……また書けばいいし。が大学卒業する前に出したくなったら、勿論出そう」
「……はぁ……?」

 意味が分からない、という顔してるに笑みが零れる。やっぱり可愛い。万が一早々にが好きになってくれて、「結婚しよ」って言ってくれる……そんな期待がちょっと出た。
 頑張るよ。絶対の事惚れさせてみせる。