デブ専とは二度と付き合わない。 5.5






5.5

 一番目立つように飾られたひな壇の傍で人形に目もくれず、ただひたすら美味しそうにあられを頬張るその姿が何よりも可愛かった。だから彼女が良いと思った。
男しかいないくせに桃の節句を大々的にやった理由はあからさま過ぎたし、恐らくその意図を隠すつもりも無かったんだろう。建前は、五条家に嫁いだ何代か前の嫁が持参した雛人形を公開するだとかそんなものだったはずだ。真面目に雛人形を見に連れてきた親なんていなかったように思う。親の思惑で目いっぱいに着飾れた女は上は20後半、下は5とその幅もえげつなかった。これが俺の婚約者候補たちで、家の奴らはにこにこ笑いながら「仲良くなった子はいましたか?」なんて聞いてくるのだから反吐が出る。数の少ない呪術師でさらに少ない女の術式持ちをかき集めたその会は、まぁ彼女を連れて来てくれたのだから感謝してやらなくもない。意気揚々と彼女を指名しようとした時には既に彼女は何故か帰ってしまっていたけれど。
それから暫らくは全然会えなくて、ただ一目見たあの美味しそうに食べる姿を繰り返し思い出して自分を慰めた。本当に俺って健気で一途。通う必要のない高専に行くことにした理由は色々あったけど、彼女が高専に入るという話を聞いた事もその一つだった。ただ楽しみだった。大好きな女の子が今どうなっているのか、もしかしたら俺の事を覚えていないかな、なんて胸を躍らせてみたり。
その期待は大きく裏切られてしまったけれど。
 数年ぶりに再会した彼女は何もかもが変わり果ててしまっていた。彼氏がいることもショックだったし、その彼氏の趣味に合わせて太っていたこともショックだったが、何よりも彼女があんなに苦しそうに食べ物を詰め込む姿がショックだった。頬を紅潮させて楽しそうに嬉しそうにあられを食べていた彼女の面影がない。傑も硝子も、「体に悪いからやめろ」と度々言っていたくらいには彼女は大分無理をして食事をしていた。彼女と再会したら食べさせてやりたいスイーツの数々をピックアップしていたのに、どこに連れて行っても太るための手段でしかなくて、そんな事を彼女に強いている彼氏に腹が立った。
 彼女が幸せなら、俺と一緒じゃなくてもいい。
 そんな殊勝な思いは全くなかった。どうにかして奪い取るつもりだったけど、自分を痛めつけてまで愛されたいと願う程彼女が男を好きなら入る隙間は非常に狭い。何とかならないか、と考えていた時だった。
 その女を見た瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。まさかこんな近くにこれ程の逸材が隠れていたなんて、と。
 その日は任務で、近場の住宅街に行った。俺が出向くまでもないほどの雑魚い任務。下級呪術師の引率の意味が強かっただろう。どこか遠くの観光地でもないから土産を物色する楽しみも無くて、やる気なんてこれっぽっちも無かったけれど。
 本当にたまたま、偶然、任務の相手が拾った一般人の生徒手帳を、警察に届ければいいのに住所が近くだから直接届けてあげようと随分なお人好しをそいつが発揮した。興味も無かったが、ちらりと見たその生徒手帳に、その高校の名前に、顔写真に釘付けになった。
 彼女に無理を強いてる男の高校だ。そして顔写真に写っている女は、顔を見るだけでを大きく上回る程ふくよかすぎた。
 本人から聞いていたから、の彼氏が所謂デブ専である事は承知の上だった。そのせいで彼女が苦労を強いられている。だから、その男にこの女を引き合わせてやりさえすれば男はすぐにこの女に夢中になるに違いないと踏んだ。
 実際、その通りだっただろう。
 学校祭で初めてまともに見たが、まさに骨抜き、という言葉がふさわしい状態だった。
 あの男がこの女に夢中になれば、いずれと別れてこの女と付き合いたいと言い出すだろう。何せ男はふくよかな体系であることにしか拘っていない。そうすれば堂々と俺はを取り戻すことが出来る。全く、最初に見つけたのは俺だったのに。まぁでもあの男がを愛しているわけじゃなかったのは本当にラッキーだ。に好きだと言われて好かれる努力をされて舞い上がらない男がいるなんて、と俺には信じられないが、今は都合がいい。
 ただ中々に難航した。
 男の方はテニスやらでアクティブに動くが、肝心の女が引きこもりの不登校だったのだ。しかもその理由は、虐めだとかではなくて出歩くことが大嫌いで面倒くさがりなだけだった。家から出すのも一苦労だった。まぁアレだけの巨漢、動かすのも億劫そうではあるが。
 呪術界の繁忙期で任務を詰め込まれつつも何とかして二人を引き合わせた。会わせてしまえば後は勝手に事が進んでいった。禄でもない男に一方的に別れを告げられたは、随分と落ち込んでしまって可哀想だったけど、あの男から解放されたのだしこれからは俺がそれ以上に愛していくから問題ないだろう、と思っていたのに。予想外だったのは、繁忙期が長く続いた事だった。梅雨が長く、台風も例年より大きいものが続いたせいで呪霊が湯水のごとく湧き出た。呪術師である俺は勿論、補助監督志望の彼女も何かと忙しくしていて全然会えなかった。たまに任務の隙間に高専に戻っても、彼女がいない。見事にすれ違っている。毎日電話もメールもして好きだと伝え続けたけど、その返事はどこか他人行儀なもので全然満たされない。あんなに酷い振られ方したのに、まだあの男の事が好きなのか、と苛立つこともあった。何より悔しかった。欠片も愛していない男に、愛している俺が負けるのが悔しかった。
 学祭の話が出た時、これしかないと思いついた。
 わざと、互いに夢中なカップルを見せてに諦めさせよう、と。酷いし狡い事をしている自覚はあった。傑達を誘った時もあまりいい顔をされなかったし、遠回しに窘められたけど、もうこれしかないと思ったのだから仕方がない。
 もしそれでまだ彼女があの男に思いを寄せていようが、知ったこっちゃないけど。
 そもそも最初から諦めるつもりなんかない。というか諦められるものなら最初からこんなことはしていない。俺がの事を好き過ぎただけ。
 このことを知られたら、に嫌われるだろうか。少しでも可能性のあることは潰しておきたいから傑にも硝子にも何も言わないように言ってあるし、俺も絶対にに俺のやった事をいう事は無い。
 何も知らずに俺の胸に顔を埋めるの髪を撫でてから顎に手をかけて上を向かせる。すんなり目が合って、その目が俺には期待に熱を帯びたものに見えたから唇をそのまま寄せた。瞳が閉じたのを視界の端で捉えた時、唇に柔らかい感触。夢にまで見た瞬間だった。想像なんかよりずっと柔らかくて甘い。
 最初は様子見で軽く触れ合わせただけだったけど、に嫌がる素振りが無いからつい舌を入れた。戸惑うの舌を絡めとって舐めて。上顎の裏を舌で擽るとの身体が震えて、ぎゅ、と抱き着く指に力が入って頼られている気になって気分がいい。舌先を軽く吸ってから唇を解放すると、の息はすっかり上がっていた。
 ……これ以上はダメだな。キスだけじゃ終われなくなる。
 目的は全て果たしたからさっさと寮に戻ってこれまでと一緒に過ごせなかった分を取り戻そう。