デブ専とは二度と付き合わない。 05








 最近流行りのJ-POPが繰り返し流れる中、ミス&ミスターコンの会場は非常に賑やかだった。観客に女性が多いし、先輩の名をよく耳にするので皆目当ては先輩なんだろう。今かいまかと先輩の登場を待ちわびている様だった。

「でも王子、もう新しい彼女いるんでしょ?」
「この高校の後輩だって話だけど、誰も見た事無いんだよね」
「えー、じゃあ今日来てるのかな」
「あ、ミスコンに出てるって。カレカノで参加、ってことで一緒に登場するらしいよ」

 音楽がどんどん小さくなり、壇上に司会者が立つ。ざわめきがすこしずつ収まっていった。

『そ、それではエントリーナンバー一番から登場です!』

 司会者の顔や声が少し引きつって聞こえたのは気のせいだろうか。そのまま先輩と彼女の名前が読み上げられる。名前を聞いても、「そんな子いたっけ?」とピンと来ている人は少ないようだった。
 司会者の言葉に、一体王子の心を射止めたのはどんなに美しい子なのかと期待しながら会場の人々が目を輝かせ、そして。

「――っ!」

 あまりの光景に言葉も出ないのだろうか、会場の全員が衝撃を受けているのが見て分かる。
 人々の視線の先には、仲睦まじく指を絡めあう先輩と太ましい彼女の姿。
 ……気のせいだろうか。何だか数か月前に見た時よりさらに彼女の重量感が増している気がする。「あ、あの子って入学以来ほぼ不登校だった子じゃない、もしかして!」あぁなるほど、だから彼女の認知度が低かったのか。何が原因で不登校なのか分からないけど。私が先輩に振られたあの日の彼女の勝ち誇ったような自信に満ち溢れた目を未だに夢に見るくらいよく覚えている。あんな目の持ち主が虐めだとかにへこたれそうとも思えない。
 そして会場にいる以前の私を知っている皆々様はお願いだから目を見開いて私と壇上のあの人を交互に見比べるのをやめてくれないだろうか。
 先輩と別れた後、すっかり痩せて細くなった私と、以前の私よりも二回りも三回りも大きくなった彼女。しかも先輩はいかにも彼女に夢中な様で、いちゃいちゃとこの凍り付いた空気も気にせず、むしろ甘い空気を周囲に振り撒いている。……今となってはもう構わないことだけど、太っていた私とあんなにいちゃいちゃすることがなかったのは、本当に私の太り具合が先輩のお眼鏡に適うレベルではなかったんだな、と実感した。もう私は例え誰を好きになろうと、あんなに振り切って太ろうとは思えなかった。それは私が私らしくあろうと決めたからだけど。
 会場の人々は、私と壇上の彼女の間で視線を何往復もさせた結果、何故私が先輩と付き合っていた頃あんなに太っていたのか理解したらしい。投げかけられる視線が馬鹿にするようなものから同情するようなそれに変わった。あの頃から、別に先輩はデブ専であることを隠していなかったのだけど、誤解が解けたようなこの状況はそれはそれで、何だか複雑な気持ちになる。
 ふと、隣にいる五条がやけに静かだと気付いた。先輩を見たかったのではないか、と思っていたけどあまりにも反応がないから、やっぱりただ学祭を体験したかっただけだったんだろうか。そう思って見上げた五条は、ただ無表情に壇上を見つめていた。私が見上げている事に気付いているのかも分からないけど、五条はまっすぐ壇上を見据えながら口を開いた。

「なぁ、はまだあの男の事が好き?」

 そう問われて再度先輩の姿を目に映す。以前は先輩を見かける度に騒いでいた胸が静かだ。むしろそれは今、五条を見る度にドキドキするようになっている。繋がれている五条の手を伝って心臓の音が届いていないか、なんて馬鹿なことを考えてしまうくらいには。

「先輩にはもう、お世話になったな、っていうくらいしか思わないかな」
「そっか。良かった。……もしまだに気持ちが残ってたらどうしてやろうかって今日ずっと不安だったから」

 ようやくこちらを見た五条の目は、確かに熱情を孕んでいるように見えた。そうだ、ずっと聞けなかったことを聞き返すチャンスは今なんじゃないだろうか。

「例えが太ったままで、そのせいでどんな悪意を向けられようが俺が守ってやる、ってそう思って学祭に行くって言った。最初っからきっとは嫌な思いをするだろうな、って分かってた。ごめん。でも長い任務明けでようやく会えたお前は、俺が小さい時に恋したあの頃のの姿をすっかり取り戻してて、むしろあん時よりもっと綺麗になってて。それで浮かれて……」
「ちょっと待って。小さい頃って」
「うん。高専で会った時から俺はすぐ気付いたし、が覚えてないってことにも気付いた。別にそれはいいんだけど。小学校に入る前の話だし。俺の実家でさ、大規模な桃の節句をやったんだけど、その時に会ってる」

 小さい頃に会ったことがある、なんていうのも中々衝撃だけど、それよりも。
 五条は一体何を話そうとしているんだろう。今の話だと、まるで五条は以前から私の事を……。
 息を呑んでその先の言葉を待った。

「でもは俺に守られるどころか、綺麗になったその姿でこれまでの悪評を吹き飛ばして、その上周囲の野郎どもまでに夢中になって。俺がどれだけ一生懸命牽制してたか、気付いてなかっただろ? お前がその姿を取り戻したりしなきゃずっと俺だけのものだったのに。……幻滅した?」

 一部五条の気のせいと思える個所はあったけど。でもあの時の言葉は聞き間違いじゃなかった。私、もしかして自惚れていいのだろうか。
 緊張で縺れそうな舌をどうにか動かして言葉を紡いだ。

「あの、もし勘違いだったら遠慮なく言ってほしいんだけど……。五条ってもしかして、私の事を好き、だったりする……?」

 弱々しいその声を聞いた五条は、とても美しい目を大きく見開いて信じられないものを見るかのように私を見返した。

「はぁ!? 当然だろ! 今それ言うの!? お前に告白した時からずっと好きだって言い続けてたじゃん、まさか信じてもらえてなかったってこと!!?」

 その声に思わず肩を竦ませて、上目遣いで言い訳をする。

「だって……お世辞かな、って。五条が『今の姿のままでいてほしい』って言うからてっきり五条も先輩と同じようにデブ専なのかな、って。私が好きなんじゃなくて、私の体型が好きなんだとばっかり……」

 まさか毎日繰り返されるあの「好き」って言葉が本当に本心からだったなんて思いもしなかった。

「そりゃあ! あのぷくぷくしてたもめちゃくちゃ可愛かったけど!!」

 五条がその大きな手で顔を覆ってしまったからその表情を窺うことは出来ない。
 申し訳なさで身体を縮こませながら、私は熱くなった頬にそっと手を当てた。
 そっか。そうだったのか。
 五条が、私を、好き。まるで夢みたいだ。
 しばらくしてからようやく顔を上げた五条が私の両手をがっつり掴んで、大きな手で優しく包み込んだ。精神的な衝撃もあってか冷えていた私の手と比べて、五条の手はとても暖かい。

「悪い。不安だったよな。改めて言うけど、俺はが好き。ガキの頃からずっと好きだった。初恋は叶わないっていうし、高専で再会した時お前彼氏いたから何も言えなかったけど」

 包まれた両手が強く握られる。そのまま私を覗き込んでくる蒼い瞳は真剣そのもので、見つめ返す私の目も段々と潤んでいく。

の事が好きで、ようやく手に入ったお前をどうしても手放したくなくって、だからいっそあのままの方がライバル減るしって思ってああ言った。でも本当に俺はお前が太っていようが痩せていようが、であればそれでいい。どんなお前でも俺にとっては世界で一番魅力的だ」

 最後の言葉に、とうとう堪え切れず私の目からぽろりと涙が零れてしまった。それを五条がくすりと笑って優しく人差し指で拭ってくれた。
 はっきりと気持ちを言葉にしてくれた五条に、今度は私が向き合う番だ。顔を上げて五条に向き直る。

「私も……五条が好き。好きだから、本当の私を好きになってほしくて。ただ見た目の好みだけで愛されるのが嫌だったから、だから私、元の私がなりたい姿に戻ろう、って……っ」

 また新しい涙が零れそうになった時、突然、息が詰まった。視界が薄暗くなる。頬に当たる、滑らかな布の感触。
 気付けば私は五条に抱きしめられていた。

「ご、五条っ……!?」
「悪い。嬉しすぎて我慢出来ねぇわ。ちょっとだけこうしてたい。だめ?」

 力強い腕と熱の籠った声に、ただこくこくと首を縦に振る事しか出来ない。
 まるで夢ようだ。けれど押し当てられた胸から伝わる五条の鼓動が、これが夢ではない事を確かに教えてくれていた。